第40話 罪滅ぼしと不公平感の解消

 映画が終わるなり、奈帆は満足げな表情を俺に向けてきた。

「よかったですね、お兄さん」

「そうだな」

 映画館を出て、ショッピングセンターへ入るなり、俺は相づちを打つ。青春もののラブコメで人気があるラノベの劇場版アニメは、テレビ版の続編だった。なので、初見の人ではなかなかわかりづらいものがある。だから、観ようとするのはちょっとしたファンくらいだろう。

 で、俺や奈帆みたいなテレビアニメから入った者としては、満足がいく内容だった。まあ、ダブルヒロインで最後には片方へいってしまうのは仕方がない。ネットの評判では、どっちのヒロインが好きかで賛否が分かれている。

「これで終わりなんでしょうかね。奈帆としては、報われなかった幼馴染の方が気になります」

「まあ、幼馴染はいつも、こういう不遇な運命になるのが常だからな。まあ、最近はそうでもない感じでもあるけどさ」

 俺が口にすると、「そうなんですね」と奈帆は何回も首を縦に振る。

 さて、お昼を済まして、映画も観たのだから、もう、家へ帰ってもよさげかと思うのだが。

「お兄さん」

 不意に奈帆は足を止めると、俺の方へ視線を向けてくる。

「どうしたんだ? 奈帆」

「お兄さんは何か、考え事をしてるみたいですね」

「そうか?」

「はい。おそらくですが、充お姉さんのことか、白瀬先輩のことかと思います」

 奈帆の鋭い指摘に、俺は何も言えない。後者が正解なのだが、はっきりと伝える勇気がない。

「奈帆は、ここからでもひとりで帰れます」

「何言ってんだ?」

「そういう悩んでいるお兄さんを見続けているのは、奈帆としては心苦しいです。なので、そういう問題は片づけた方がいいかと思います」

「奈帆……」

「本当は、そういう問題をなくして、映画を観た後はもう少し、お兄さんと二人っきりで過ごしたい気持ちはありました。ですけど、お兄さんが何かしらの悩みを抱えていて、それが奈帆には打ち明けられないようなものでしたら、奈帆はそれの手助けをするだけです」

 淡々と口にする奈帆に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 俺は意を決して、奈帆の前に回り込むなり、歩み寄った。

「お兄さん?」

「実はさ、奈帆」

 俺は奈帆の両肩を掴み、目を合わせる。

「白瀬だけどさ、どうも、姉さんがいるみたいなんだよな」

「白瀬先輩の、お姉さん、ですか?」

「ああ」

 俺はうなずくも、奈帆は戸惑ったような表情を浮かべている。意味がわからないといった感じだ。まあ、反応としてはそうならざるを得ないだろう。

 なので、俺は付け加える形で。

「その姉さんが、まあ、白瀬のことで色々と関係があるみたいでさ」

 と声を漏らす。

「だからさ、昨日、白瀬からそれを聞いてさ、その時からそれが頭にこびりついて離れなくてさ……」

「そう、だったのですね」

 奈帆はぽつりと言うなり、間を置くと、ゆっくりと頭を下げた。

「奈帆?」

「ごめんなさい、お兄さん。奈帆はそんなにお兄さんが悩んでいるとは思いませんでした。奈帆に言ってくれましたら、今日の映画は別の日にしてもよかったです」

「いや、そこは奈帆が謝るところじゃないだろ?」

「ですが、お兄さんを多少なりとも困っている状況に対して、何もしなかった奈帆に、何も悪くないということは言えないと思います」

 奈帆は言うなり、俺の方へ真っすぐな眼差しを送ってくる。

「ですから、ここはせめての罪滅ぼしとして、お兄さんは今から、白瀬先輩のところへ行ってください」

「いや、待て。それで何でそういう話になるんだ?」

「お兄さんは、白瀬先輩のお姉さんが気になっているんですよね?」

「そうだけどさ、別に白瀬のところへ行けば、姉さんに会えるとか、そういうわけじゃないかもしれないからさ……」

「それでもです」

 俺の言葉を制するように、奈帆は強い語気で言う。

「わずかに会える可能性があるのでしたら、今からでも行く価値はあると思います」

「だけどさ、それだと、奈帆は」

「奈帆のことは気にしないでください」

 かぶりを振る奈帆の顔は真剣味を帯びていた。

「それにです」

「それに?」

「奈帆は今日、お兄さんと映画を観られて、よかったです」

 おもむろに頬を緩ませた奈帆は嬉しげな調子に変わる。

「ですから、今日はこれでも奈帆としては充分なくらいです。欲を言えば、もう少し、お兄さんと二人っきりで過ごしたかったとは思いますが、それは次回の機会ですればいいと思います」

 奈帆は言い終えるなり、俺と改めて目を合わせる。

 どうも、俺は今の場にとどまり続けるのは、奈帆にとって、失礼に値する感じのようだ。

「わかった。奈帆と過ごす時間はどこかで埋め合わせするからさ」

「嬉しいです、お兄さん」

 奈帆は笑みを浮かべると、顔を赤くして、両手で指をいじる。照れてしまっているようだ。

「じゃあ、そのさ、悪いけどさ」

「はい。行ってきてください。奈帆もその、白瀬先輩のことが気になってきましたので」

「なら、何があったかは帰ってから、奈帆にも教えるからさ」

「いいのですか?」

「ああ。というより、もう、隠し事はなしでもいいかと思ってさ。何かさ、こうも奈帆が俺のことを考えて、色々今言ってくれたしな。それでいて、こっちは何も言わないっていうのは不公平って思うしさ」

「お兄さん……」

「じゃあ、奈帆。俺はちょっと、白瀬のところへ行ってくる」

「はい。奈帆は家でお待ちしています」

 奈帆は声をこぼすなり、ぺこりとお辞儀をする。俺は見るなり、背を向けて、場から駆け出していく。

 俺は振り返らずにショッピングセンターを出るなり、白瀬へLINEで連絡を取り始めた。

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