ぼっちの俺が告白を断ろうとしたら、クラス委員長の彼女は電車に飛び込もうとしたんだが。
青見銀縁
第1話 まもなく、電車が通過します。
学校の最寄り駅にはまだ、ホームドアが設置をされていなかった。
「遅かったか」
俺こと、高校一年の成瀬直樹は舌打ちをする。で、走り去っていく電車を見送るなり、近くのベンチに腰掛けた。
各駅停車しか止まらないので、次の駅で急行に乗り換えなければならない。じゃないと、帰宅にかかる時間が増える。なので、次の電車を待つのは無駄にしか感じられなかった。
「まあ、ついてないと思うしかないっか」
俺は口にするなり、スマホを取り出し、ソシャゲに興じようとする。
「成瀬くん」
不意に、前から呼ぶ声が聞こえ、俺はおもむろに顔を動かす。
視界には、俺と同じ学校の制服を着た女子がひとり立っていた。
「白瀬?」
「あっ、わたしのこと、覚えててくれていたんだね」
白瀬こと、白瀬志穂は俺のクラスメイトだ。といっても、それだけの関係で話したことはほとんどない。雰囲気を和ませるように綻ばせる顔、そよ風でなびく艶のある黒髪を手で押さえる仕草。教室では誰にでも優しく接し、クラス委員長に選ばれるのも当然の結果だろう。
対して、常にひとりで過ごすことをモットーに友達を作ってこなかったぼっちの俺。
言うならば、陽と陰といった関係。ちなみに、後者が俺だ。
で、白瀬はさも嬉しそうな様子を保ち、さらに歩み寄る。
「成瀬くんはいつもひとりだよね」
「まあ、ひとりの方が気楽だからな」
「そうなんだ」
「そう言うクラス委員長はひとりでいるなんて、珍しいな」
「まあ、うん。友達とはさっき別れたから」
白瀬は口にするなり、なぜか、頬をうっすらと赤らめ、目を逸らす。もしかして、恥ずかしがっているのだろうか。単にクラスでぼっちになっている俺といることが。
「クラス委員長が俺と関わっても何もメリットなんてないと思うけどな」
「成瀬くんはどうして、そう卑屈なことを言うの?」
「俺がか? まあ、そういうことを言って、自分を低くしてる方が楽だからな。変に相手より上から目線で話したらさ、変に面倒事に関わるだけだからな」
「つまりは、リスク回避ってこと?」
「クラス委員長は変に、そういうビジネスっぽい言葉を言うことがあるんだな?」
「わたしだって、それは、みんなが思ってるようなイメージと違うことを言うことだってあるよ」
「そっか」
俺は相づちを打つと、スマホに視線を戻す。会話としてはもう終わりだろう。おそらく、クラス委員長として、ぼっちの俺に声をかけてあげただけのはず。
だと思ったが。
「成瀬くん」
再び顔をやれば、白瀬は両手をいじったりして、挙動不審そうな動きをしていた。目は泳いでいるし、頬はさっきより真っ赤だ。
まさかだが、俺に誰も言えない秘密でも打ち明けようとしているのだろうか。だとしたら、なぜ、相手が俺なのか。
「白瀬?」
俺がおもむろに問いかけると。
白瀬は真剣そうな眼差しを俺の方へ送ってきた。
「わたし、成瀬くんのことがずっと好きだったんです!」
口にした白瀬は俺から目を離そうとしない。
いや、待て。白瀬は今、何を口走った?
「白瀬?」
「成瀬くんはわたしのこと、ずっと知ってるよね?」
「ずっと知ってる?」
「うん」
うなずく白瀬。
対して俺は頭を巡らし、意味を掴もうとするも。
「悪い。白瀬が言っている意味がわからない」
俺が申し訳なさそうに返事をすると。
白瀬は落ち込んだような表情をし、ため息をつく。
「成瀬くんは覚えていないんだね。こういうことは予想してたけど、実際に起きると、その、悲しいかな」
白瀬の悲しげな反応に、俺は戸惑いを隠せない。
何か、俺は重要なことを忘れているのか。
「悪い、白瀬。俺はいったい、何を忘れてるんだ?」
「幼稚園は無理だとしても、小学校からは忘れないと思うよ」
「小学校?」
「中学校も」
「中学校?」
「本当に覚えてないんだね」
白瀬の反応に、俺はとある可能性を思い立つ。
「まさかだけどさ」
「そのまさかだと思うよ」
「ずっと学校同じだったのか?」
「惜しい」
「惜しい?」
「もっと、同じだよ」
「もっと?」
「もっと」
「もっとって、えっ? まさかだけどさ」
「そのまさかだよ」
白瀬の言葉に、俺はとある結論に達した。だが、ぼっちを続けてる俺としては、考えれば、覚えていないのは致し方ないと思う。
「幼稚園から今の高校一年まで、ずっと同じクラスだったってことか?」
俺の答えに対して。
白瀬は不満げな顔をしながらも、ゆっくりとうなずいた。
「成瀬くんはひとりでいることが多いから、周りのことは興味を示さないと思ってたけど、ここまでとは思わなかったかな」
「まあ、それは、何も言えないな。友達とか作ろうとしなかったし、ずっと自らぼっちを続けてきたからな」
「ましてや、彼女なんて作ってないもんね」
「まあな」
首を縦に振る俺。
で、さっき、白瀬は何を告ったんだっけ?
「というわけで、付き合ってください、成瀬くん」
「はっ?」
「言葉の意味がわかりませんか?」
「いや、俺はそこまでバカじゃない」
「なら、話は早いよね。今からわたしの彼氏になってください」
急な頼みに、俺は驚いて、座っていたベンチから立ち上がった。
「気は確かか? クラス委員長」
「正気だよ」
「いや、ぼっちの俺と付き合ってどうすんだ? だいたい、俺とそのさ、幼小中高とクラスが同じだったとしてもだ。まともに話したのは今日が初めてだろ?」
「男の子を好きになるのに、話した時間とか関係ないと思うよ」
「いや、けどさ……」
「それとも、成瀬くんはわたしのことが嫌いなのかな?」
鋭い眼差しを向けてくる白瀬に対して、俺は思わず後ずさりそうになる。
「いや、嫌いだなんてさ……」
なるわけがない。噂では、といっても、クラスメイトの話を盗み聞きしただけだが、白瀬は人気がある。告った男子も二桁いるとかいないとか。で、皆玉砕をしていることも。
「いや、待てよ?」
「成瀬くん?」
「白瀬ってさ、男子から結構告られてるよな?」
「うん、そうだけど」
「けど、皆フラれてるっていう噂があるけどさ、それの理由って」
「それ、成瀬くんにわざわざ言う必要ある?」
白瀬は機嫌を損ねたような調子で問い返してくる。
信じたくはないが、現実を受け入れるしかないようだ。
白瀬は本気で俺のことを好きになっている。今すぐにでも付き合いたいと感じているほど。
俺は頭を抱えた。
「ちなみにさ、白瀬」
「何? 成瀬くん」
「もしも、俺がそのさ、白瀬のその告白をさ、ここで断ったらさ」
「成瀬くんはそこまでして、ぼっちを続けたいんだね」
ぽつりと声をこぼした白瀬は寂しげな横顔を見せた。
と、ホームの音声自動案内が流れる。
「まもなく、電車が通過します」
俺と白瀬がいる駅に急行は停まらない。
なので、先に発った各駅停車を追う形で、急行が通過をするわけで。
「成瀬くんは気になるんだよね?」
不意に、目の前にいる白瀬が俺に呼びかけてくる。
「わたしの告白を断ったら、どうなるか」
「いや、まあ、そうだな」
周りには電車が近づくことを知らせる警告音が一定間隔で鳴り響く。
顔をやれば、ホームの奥から、電車が向かってくる。警笛を出しつつ。
そして、白瀬は一歩ずつ下がっていき、さらにホームの端っこまで行く。先は下が線路だ。
「おい!」
俺は思わず、白瀬に駆け寄り、手首を掴み、自分のところへ引き寄せた。
目の前に白瀬の顔や胸、手足が覆い被さり、俺は耐えきれずにホームに倒れ込む。
同時に、そばを電車が速度を上げて横切っていった。
気づけば、俺は白瀬を抱きつく形で、仰向けになっていて。
一方で白瀬は体を起こすと、俺を見上げるような形で目を合わせる。
「わかった、かな?」
笑みを浮かべて口にした白瀬は、俺にとって、背筋に寒気が走る印象しか持てなかった。
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