第2話 夜道は危険です。
その日の夜。
俺は母親から頼まれ、スーパーまで買い物に向かっていた。
言伝としては、夕飯のクリームシチューを作るため、牛乳を買ってきてというもの。
だが、薄暗くなった住宅街を歩く俺は、今日ホームであったことを忘れずにいた。
「白瀬って、ああいう奴だったのか……」
俺は危うく電車へ飛び込みそうになった白瀬を思い出してしまう。ああいうのが、いわゆるヤンデレというものなのだろうか。てっきり、フィクションの世界だけかと思っていた自分が嘆かわしい。
「とりあえず、今日切り抜けたとはいえ、明日からだな、問題は」
俺は口にしつつ、ため息をこぼす。
「返事は明日聞かせてくれたら、嬉しいかな」
はにかんだ顔で言ってきた白瀬の姿が記憶に蘇ってくる。白瀬への返事は待ってくれたものの、この言葉なら、明日が期限だろう。
あいにく、相談をできるような友達はいない。何せ、ぼっちなのだから。
「というか、付き合ったとしてもだ。他の男子連中からの妬みがヤバい気がするな」
先ほどから悪いことしか頭に浮かばず、どんよりとした気分が拭えない。
とりあえず、今は買い物を済ませ、ソシャゲにでも勤しむしかないようだ。
俺は気を取り直して、スーパーへさっさと足を進ませていく。
と思ったのだが。
「動かないで」
いつの間にか、俺は両手を後ろに回され、身動きが取れない状態に陥っていた。
加えて、俺の首元にはキラリと光るものが突きつけられている。
「成瀬直樹よね?」
「そうだけどさ、これっていったい」
「あんた、志穂とどういう関係なわけ?」
「どういう関係って、単なるクラスメイト」
「とぼける気?」
相手は語気を強めると、きらりと光るもの、つまりはナイフをより首元に近づける。何かの拍子とかで当たってしまうかもしれないほど近い。
「しらばっくれても、あたしには誤魔化せないから」
「誤魔化すも何もさ」
「あんた、駅のホームで志穂と何してたわけ?」
相手の問いかけに、俺は何となく事情を察する。
どうやら、相手は何か勘違いをしているかもしれないと。
「誤解だ。俺はあの場で白瀬さんに告られた。けどさ、オッケーはしてないからな」
「告られた!?」
なぜか、俺の両手首を押さえる手の力を強くしてくる。いや、痛いんだけどさ。
「何で、あんたが志穂に告られるわけ?」
「そんなの、俺が知りたいくらいだし」
「この期に及んで、まだとぼけるわけ?」
相手は怒りを隠そうとしないらしい。口調を荒げ、俺を自由にしようとしない。
「さては、あんたね」
「何がだよ」
「志穂が好きな人って」
「それがどうした?」
「志穂がいつも男子を振る理由よ」
「いわゆる、『好きな人がいるから』とかか?」
「それがあんたってわけね」
「だったら、それが本当に何だって言うんだ? だいたい、その張本人の俺は告られても、返事は」
「返事云々は関係ないわね。そもそも、志穂から告られたこと自体があたしにとって、許せないから」
「いや、それは理不尽過ぎるだろ」
「とにかく、あたしはあんたを許さない」
相手は俺を許す気はまったくないらしい。ナイフの刃先は相変わらず首元近くにあり、いつ切られてしまうかわからない。まあ、既に絶望に近い状況だろうけど。
「だいたい、お前は誰なんだ?」
「わざわざ、あんたに正体を教える理由なんてないから」
「もしかして、俺のクラスメイトか?」
俺が意を決して聞いてみれば。
ナイフを持つ相手の手が一瞬だけ止まった。
俺はその隙を見逃さず、イチかバチか、背中を思いっきり、後ろへ倒した。
相手は動揺をしたのか、急な俺の動きに対応ができなかったらしい。
俺の攻撃にナイフを落とし、かつ、掴んでいた俺の両手を解いてしまった。あまりにもあっけなく逃れることができたので、俺は拍子抜けしそうになる。
いや、俺を殺そうとした奴だ。とりあえず、さっさと逃げないと。
「あんた、待ちなさいよ!」
走り始めてすぐに、後ろから甲高い女子の声が耳に届く。俺は相手の正体を確かめたい欲から、振り返ることも考えた。だが、それで逃げるのに遅れて、再び捕まってしまう恐れもある。今はとにかく逃げることだ。
しばらくして、俺は走り続け。
元々の目的地だったスーパーの入り口前まで着いていた。
俺は足を止め、肩で息をしつつ、おもむろに後ろへ顔をやる。
スーパーに出入りする客以外に、怪しげな人物はいない。
「助かったか」
俺は言うなり、安堵のため息をこぼす。
で、持っていたスマホを取り出し、警察に電話をかける。
「実はその、さっき、ナイフを持った人に襲われまして……。はい、今は逃げて、何とか」
俺は念を押して、決していたずら電話でないことを伝えた上で、先ほど起きたことを話す。
白瀬のことや「俺のクラスメイトか?」という問いに対する反応を示したこと以外は。
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