第46話 足を向けて寝られない
「で」
三崎はいつものパーカー姿で俺を睨みつけていた。
「奈帆ちゃんの映画はそこそこに、志穂のところへ行ってきたそうね?」
「まあ、そうだな」
「あっさり認めるのね」
三崎は呆れたような表情を浮かべる。両腕を組み、俺とリビングのテーブルで向かい合いつつ。
ちなみに、今いるところは三崎ではなく、俺の家だ。つまり、自分の家で、他人から問い詰められている状況だ。
「その、充お姉さん」
「奈帆ちゃんは黙ってて」
さらには三崎の隣には、映画の後で別れた奈帆が座っている。俺に対して、何か助けてあげようとしているようだが、ただ、見守ることしかできないようだ。いや、俺としてはそれだけでも充分ありがたい。気持ち的に。
「奈帆ちゃんからのLINEを見て、正直呆れたわね」
「いや、けどさ、これは何とかしておかないといけない問題だと思ってさ」
「へえー。それで、奈帆ちゃんを置いてけぼりにして、志穂のところにねー」
「充お姉さん。それは誤解です」
「誤解じゃないよ、奈帆ちゃん。ここはきつく、言っておかないと」
三崎は奈帆に言うなり、俺に鋭い眼差しを送ってくる。
「というわけで、志穂と会ったわけ?」
「まあ、会えたな」
「それで、その後、何をしたわけ?」
「白瀬の姉さんに会った」
「志穂のお姉さんに?」
三崎の問いかけに、俺は躊躇せずにうなずいた。
「というよりさ、三崎は知ってたのか? 白瀬に姉さんがいたことをさ」
「当たり前でしょ?」
三崎の答えは、俺の想像通りだった。
「だよな。好きな相手に対して、そういうことを知らないわけないもんな」
「好きな、相手ですか?」
「あんたね、さらっとそういうこと言うもんじゃないでしょ? 奈帆ちゃん、今のは気のせいだから」
三崎は取り繕うように話すと、奈帆は首を傾げたものの、さらに突っ込もうとしなかった。
「というよりね、志穂のお姉さんは中高で生徒会長やってたのよ。同じ学校に通うあんたなら、それくらい知っててもおかしくないと思うけど」
「悪い。そういうのは疎いというか、興味なくてさ」
「これだから、ぼっちは」
「あのな」
俺は文句をぶつけたくなったが、話がこじれそうになると感じたので、寸前で堪えた。
「で、その志穂のお姉さんに会って、どうだったわけ?」
「あまり、上手くはいかなかったな」
「上手くいかなかった?」
「ああ」
俺はうなずくなり、白瀬妹と佳穂さんの間であったことをありのまま、伝えた。佳穂さんのアパートを訪ねたこと、途中で白瀬妹が出ていってしまったこと。そして、佳穂さんが親の期待に応え続けるように頑張っていたことなどをだ。
ひとしきり話し終えた俺に対して、三崎は考え込むように黙り込んでしまった。
「三崎?」
「それは色々と複雑ね」
「奈帆もそう思います」
「それよりも、志穂のお姉さんにあんたが変に期待されてることが気に喰わないわね」
「そこかよ」
「当たり前でしょ?」
三崎は当然のように、言い放つ。おそらくだが、今は奈帆がいるので、ナイフを出せないのだろう。まあ、持っていることは確実だろうが。
「で、まさか、志穂のことはそのままってわけではないわよね?」
「ああ。それは」
俺は続けて、帰る前にLINEで白瀬妹とやり取りしたことを伝えた。
「白瀬は生きてたな」
「あのね、死んでもらったら、それは困るから」
三崎の反応に対して、横にいた奈帆が彼女の袖を軽く引っ張る。
「奈帆ちゃん?」
「それは、どういうことでしょうか? 白瀬先輩は何か重い悩みでも抱えているのでしょうか?」
「あのね、奈帆ちゃん。そういうのじゃなくて、その、これは色々とあってね」
「奈帆」
俺は三崎の声を遮る形で奈帆に呼びかけた。
「お兄さん?」
「奈帆はちょっと、席を外してもらってもいいか?」
「あんた、奈帆ちゃんを除け者にするわけ?」
「別にそうじゃない。ここからは二人で話した方がいいっていう意味だ」
俺は真剣さを交えた口調で答えると、三崎は察したのか、「わかったわよ」と言う。どこか悔しげな顔をしていたが。
「ごめんね、奈帆ちゃん。その、ちょっとここからは色々とね」
「何を話されるんでしょうか?」
「それは後で俺から言うからさ」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
「そうですか」
奈帆は声をこぼすと、おもむろに立ち上がった。
「では、奈帆は二階にいます」
「悪い、奈帆」
「いいえ。これはお兄さんがいいと思って判断したことですので、奈帆はそれでいいと思います」
「奈帆ちゃんはいい子ね。それに比べて」
三崎は俺の方へ鋭い眼差しを送ってきた。
「とりあえず、奈帆ちゃん。今度、また、どこかに行こっか。映画でもいいし、それ以外でもいいから」
「それは嬉しいです」
奈帆は嬉しそうな表情をすると、俺と目を合わせる。
「とりあえず、その、お兄さん、頑張ってください」
「お、おう」
急に励ましの言葉をかけられたので、俺は戸惑い、口ごもった反応をしてしまう。
最後に奈帆はお辞儀をすると、リビングを出て、階段を昇っていった。
「あんた、奈帆ちゃんに足を向けて寝ることなんてできないわね」
「三崎もだろ?」
「あたしなんて、あんたを殺そうとしたくらいだから、それ以前の問題ね」
「どういうことだ?」
「あんたが死んだら、奈帆ちゃんは悲しむ。そんなことしたあたしが死んだら、確実に地獄行きってことよ」
「なら、俺のことを殺さなければいいだけのことだよな?」
「それは、これからの話次第ね」
三崎は言うなり、俺に真っすぐな瞳を向けてきた。
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