第47話 取り調べと慰め
「さて」
三崎は座り直すなり、頬杖を突いた。
「で、あんたはどうするわけ?」
「どうするって?」
「決まってるでしょ? 志穂と付き合うか、はたまた、きっぱりと付き合うことを断るか」
「けどさ、それはどっちを選んでも、よくないことが起こるってことだよな?」
「そうね。志穂と付き合えば、あたしがあんたを殺す。かといって、志穂と付き合うことを断れば、志穂は電車に飛び込むかもしれない。ううん、絶対に飛び込んで死ぬ。そしたら、あたしはあんたを殺す」
「どっちも俺は死ぬっていうことだよな、それ」
「そうね。だからといって、どっちも選べないっていうこともないかもしれないわね」
「どういうことだ?」
「志穂がそう気長に返事を待ってくれると思う?」
三崎の問いかけに、俺はすぐに答えが出ない。リストカットをしているのだから、どこか不安な点は掻き消せないといったところだ。だが、意外に何もないことがずっと続くのではという変な期待も抱いていた。
「あたしはね、志穂のお姉さんが成瀬と会ったことで、何かまずいことが起こるんじゃないかなって思うけど」
「まずいこと?」
「そう。例えば、志穂があんたと一緒に心中するとか」
「はっ?」
俺は突飛な言葉に驚いてしまった。
「どうして、そうなるんだ?」
「志穂はもしかしたら、あんたがお姉さんと会ったことで、盗られるんじゃないかって、焦り始めるかなって」
「盗られる? 俺が白瀬の姉さんに?」
「つまりは、あんたが志穂のお姉さんを好きになるかもしれないってこと」
三崎は口にするなり、つまらなそうな顔をする。
「まあ、あたしにとっては、どうでもいいことにしたいけど、それで、志穂があんたと死ぬなんて、本当は考えたくもないけど」
「いやいや、俺は別に、白瀬の姉さんのことなんてさ」
「でも、志穂はどう思うかわからないでしょ?」
三崎の指摘に、俺は何も言えなくなる。
「つまりはあれか? 俺が白瀬の姉さんを好きじゃないって否定してもさ、白瀬は俺の言葉を信用しないで、段々と疑り深くなってきて、それで」
「最悪は人気のないところに呼び出されて、ナイフとかでグサッとかっていう最期なんじゃない?」
三崎は途中の擬音語を強く口にした。おまけに、片手でナイフを刺すような動きを見せつつ。って、本物は持っているはずだから、妙にリアリティがある。
「ってことになるかもね」
「他人事かよ」
「当たり前でしょ? だいたい」
三崎は立ち上がるなり。リビングのテーブルを回り、俺のそばまで近寄ってくる。
「そういう危険性がありながら、あんたは白瀬のお姉さんに会ったっていうことよ。もう、後戻りはできないから」
「それは何だ? そういう危険性をわかっていなかった俺の自業自得って言いたいのか?」
「まあ、それはそうかもしれないけど、けど、あんたは自殺願望があったから、志穂のお姉さんに会ったわけじゃないでしょ?」
「それはまあ……」
「どうせ、志穂のことが心配だからとか、そういうことでしょ?」
三崎に視線を向けられ、俺は逃げることもできずに、ただうなずくしかなかった。
「でだけど」
「何だ?」
「そこまでして、あんたが白瀬のお姉さんに会った理由を知りたいわね」
三崎は言うなり、テーブルの角に片方の手のひらを押し付けた。まるで、刑事から取り調べを受けている容疑者みたいだ。
「実はさ」
「志穂の記憶喪失に、お姉さんが関係あるとわかったから?」
「まあ、そうだな」
「で、実際、どういう関係があるわけ?」
「それは」
俺は悩んだ末、意を決して、三崎に白瀬妹が記憶喪失というウソをついていることを話した。加えて、その理由として、姉の佳穂さんに対するコンプレックスだということも。
話を聞き終えた三崎はしばらく黙っていた後、先ほどいた椅子に戻り、座り込んだ。
「そしたら、何? 志穂はあたしのことも実は覚えてるかもしれないっていうわけ?」
「それは、かもしれないな……」
「そのこと、志穂には確かめたわけ?」
「いや、まだだ」
「そう……」
三崎は声をこぼすと、額にこぶしを当てて、悩むような仕草をする。
「やっぱり、あれかな。小学校低学年の時でしかも、男子っぽい感じだったから、志穂はその時のあたしと今のあたしが同一人物だって気づいてないだけだったのかな」
「三崎?」
「でも、昨日食堂で遊んだことあることを話した時には特に驚きもしてなかったわよね。それほど、記憶喪失っていうウソを貫き通したかったってこと? 志穂は」
三崎はしんみりとした調子で言うと、おもむろに僕と目を合わせてきた。
「あたしの存在っていうのは、志穂にとってはその程度の人間だってことなのかもね」
「落ち込んでるのか?」
「バカ。変に慰めようとしてもダメだから。それで、あんたを殺すっていうことは何があってもしないなんていう約束とかなんてしないから」
「いや、俺はそこまでのことは言ってないんだけどさ」
「なら、何?」
「ただ、単純に心配になっただけだ」
「あっ、そう……」
三崎は意外といったような顔をしつつも、反応をした声はか細かった。
「その、成瀬」
「何だ?」
「あんたは相変わらず、誰かを好きになったりとか、しないわけ?」
「いや、俺はいつもの日常を平穏に過ごせれば、それだけで十分と思ってるくらいだな」
「安い男ね」
「それはバカにしてるのか?」
「そうね。あんたのことをバカにしてるわね」
三崎は言いつつ、組んだ両腕をテーブルに置き、片頬を乗せた。
「成瀬」
「何だ?」
「しばらく、ここでじっとしていたいんだけど。ひとりで」
「それは、俺もリビングから出て行けってことか?」
「そうね。簡単に言えば」
三崎の返事に、俺はため息をつきつつも、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、俺も二階にいるからさ。部屋のドアは開けておくから、終わったら、来てくれってことでいいか?」
「そうね。人の家だけど、悪いわね」
「というよりさ」
「何よ?」
「三崎がそこまで落ち込んでるところって見たことなかったからさ」
「そう?」
「ああ」
俺はうなずき、三崎は気力がなさそうな瞳で見やるも、すぐに逸らしてしまった。
その後、三崎は瞼を閉じ、何も喋らなくなってしまう。
俺は頭を掻きつつ、足音をできるだけ響かせないようにしつつ、リビングから出ていった。
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