第15話 ぼっちな兄とぼっちな妹

「もっと、奈帆のことを考えたらか……」

 俺は公園で三崎に言われたことを思い出しつつ、家にある自分の部屋にいた。

 勉強机の椅子に座り、ぼんやりと天井を眺める。

「奈帆の気持ちがわかればな……」

 と、不意を突くように、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

「お兄さん、今よろしいですか?」

 奈帆の声が聞こえ、俺は「ああ」と返事をする。

 間を置いた後、ドアが開き、パジャマ姿の奈帆が入ってきた。さっき、風呂に入ったばかりかもしれない。

 奈帆は部屋の真ん中までやってくると、足を止めた。

 俺は椅子から立ち上がると、膝下くらいの高さあるテーブル前のクッションに腰を降ろす。

 奈帆も遅れて、向かい側にある別のクッションに座り込む。

「どうした?」

「今日会ったお姉さんのことです」

「白瀬のことか」

「あの人は本当に、お兄さんの彼女さんなのでしょうか?」

 奈帆の質問は、三崎が話していたことだった。想像をしていたことが現実で起きたということだ。

「何で、そう思うんだ?」

「何となくです」

「何となくか……」

「もし、そうだとしましたら、お兄さんは奈帆を安心させるためにやったのではないかと思いました」

 図星だ。物静かな奈帆だが、俺のことはちゃんと見抜いているといったところか。

 俺はちゃんと向き合わなければならないのではないかと、強く感じた。

「奈帆はさ、友達とかっているか?」

「いえ、いないです」

 かぶりを振る奈帆。

「だったよな。俺ももちろん、いないけどな」

「どういうことですか?」

「いやさ、俺が友達できたらさ、奈帆と向き合う時間が減るんじゃないかと思ってさ」

「お兄さんはそういうことを考えていたのですか?」

「いや、まあ、何かさ、奈帆と会ってからさ、その、どう接すればいいかわからなかったりしてさ、とりあえず、そういうのも気になったりしてさ」

 俺はふと、父親の再婚相手が一緒に連れてきた奈帆のことを思い出した。都内のホテルにあるラウンジで会ったのが初対面だったが、まともな会話はほとんどなかった。そもそも、父親の再婚自体も寝耳に水だったので、それを受け止めるのに必死だったからだ。奈帆に至っては、終始目を合わせてくれず、今後やっていけるか不安を抱くほどだった。後で、ただ恥ずかしかっただけと本人から聞いたので、よかったけれど。

「ですけど、お兄さんはわたしと一緒に暮らす前からも、友達はいなかったと聞いています」

「そうだな。その時はまあ、面倒事に関わりたくないっていう一心で、ぼっちを貫いてたってところだ」

「でも、今は違うということでしょうか」

「多少はな」

 俺は答えると、恥ずかしくなってきて、顔を逸らしてしまう。

 まさか、奈帆という妹ができたからと真正面で認めるのはどうも照れ臭かった。

 だが、奈帆は理解をしたらしく、頬をうっすらと赤く染めた。

「お兄さんは変に、奈帆のことに対して、気を遣い過ぎてる気がします」

「そこはまあ、俺個人の勝手なことだからさ」

「でも、それでお兄さんがぼっちを続ける一因になるのはよくないと思います」

「でもさ、奈帆は」

「奈帆はこれから、友達を作ろうと思います」

 見れば、奈帆の表情は真剣そうで、軽はずみに発した言葉ではないようだった。

「なので、その、お兄さんはわたしのことに気を遣わずに、どうか、お兄さんなりの学校生活を送ってほしいのです」

「それって、奈帆。俺のことをさ」

「わたしは、お兄さんにこれ以上、ぼっちでいることは避けてほしいです」

 切実そうに声を漏らす奈帆。口元は震えていて、今にも泣きそうな雰囲気だった。

 一方で俺は、奈帆に正直な気持ちをぶつけられ、戸惑っていた。

 俺はこれからどうすればいいのだろうか。

「そういえば、明日は休みでしたね」

「そうだな」

「お兄さんは明日、用事とかあったりしますでしょうか?」

「いや、ないけどさ」

「それなら、奈帆は映画を観に行きたいです」

「映画?」

「はい。最近公開された恋愛映画です」

「ああ、CMとかでやってる奴か……」

「その、ダメでしょうか」

 顔をやれば、奈帆が潤んだ瞳を向けてくる。俺が断れば、気持ちが沈んでしまいそうな感じだ。

 俺は両腕を組み、唸りつつ、「ああ、わかった」と首を縦に振る。

 瞬間、奈帆は両手を重ね、嬉しそうな表情を浮かべた。

「お兄さんは優しいですね」

「いや、優しいも何も、兄妹で映画を観に行くとか、普通にあるだろうしな」

「でも、今まではそういうこと、あまりありませんでしたよね」

「まあ、それは、確かにな……」

 俺は痛いところを突かれたなと思うも、内心は認めざるを得なかった。

 親の再婚同士で、お互いにどう接すればいいか困っていた俺と奈帆。

 今はわずかであるが、距離が縮まったような気がした。

「じゃあ、俺がスマホで予約しておくか。当日だといい席が埋まるかもしれないしな」

「助かります」

 奈帆に頭を下げられ、俺は歯がゆい気持ちになってしまう。同時に畏まったような接し方に、まだまだ足りないのだろうなと思った。

「とりあえず、奈帆は、明日お兄さんと映画を観に行けるのでしたら、それでいいかと思います」

「それでいいって、白瀬と付き合ってるかどうかとか、ぼっちでいることは避けてほしいとか、そういうのは」

「いいんです。そういうのはお兄さんが自分で考えて、行動することだと思いますから。妹の奈帆が口出しするようなことではないかと思いました。なので、その、先ほどの奈帆の発言は、ひとり言として受け取ってもらえればと思います」

 奈帆は淡々と言うなり、こぼれそうだった涙を手で拭った。

 俺は妹の姿を見るなり、しばらくじっとしていたが。

「わかった」

 と声をこぼした。

「なら、俺もさ、奈帆が友達を作るということに対して、特に口出しとか、しないってことでいいか?」

「もちろんです、と言いたいところですが……」

 奈帆は口ごもり、自信なさげに俯いてしまう。

「友達をどう作ればいいのか、奈帆にはよくわからないのです」

「もしかして、教室ではずっとひとりで過ごしてるのか?」

「はい。お兄さんに色々と言っておきながら、奈帆もぼっちなので」

「それは大変だな」

「はい」

 返事をする奈帆は本当に悩んでいるようだった。

「そうか……。そしたら、兄の俺として、ほっとくわけにはいかないよな」

「何か、いい方法とかあったりしますでしょうか」

「いや、それは俺もぼっちだからな。けどさ、何もできないわけじゃないかもな」

「どういうことでしょうか?」

 問いかけてくる奈帆に対して。

「明日にちょっとな」

 と俺は意味深で曖昧な答えをするのだった。

 とりあえず、今とっさに思いついたことをやるというのを予告するために。

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