第5話 階段でのぼっち飯
昼休み。
俺はため息をつくなり、母親が作ってくれた弁当に箸を進ませる。
校舎内ながらも、照明がついておらず、薄暗い。
唯一、屋上に続く施錠がされたガラス扉から、外の陽光が降り注いでいた。
俺はそばにある階段に座り、ひとり、弁当を食べている。
いつもなら、教室でぼっちを貫いて取る。だが、今では長い時間、同じ場所に白瀬といることに耐えられないからだ。
「今日からこんな感じで昼だな。後はトイレか、はたまた学食か」
俺はつぶやきつつ、朝会った白瀬のことを思い出す。
結局、学校の最寄り駅まで一緒だった白瀬は、以降は女友達と登校をしていった。
まあ、俺にとってはありがたいのだが。
「明日から二人っきりで登下校しようね。成瀬くん」
別れ際に言った白瀬のセリフは、俺が今日、告白の返事をオッケーすること前提だろう。
いや、ぼっちを続けたい俺としては、そういう気はまったくない。
「さて、どうするかだな」
俺は箸を弁当の上に置き、おもむろにスマホを取り出そうとして。
「寂しそうだね、成瀬くん」
もはや聞き慣れてしまったとある人物の声。
俺は嫌々ながらも、視線を動かす。
下から昇ってくる人影ははじめ、照明がついてないせいか、誰だかわかりづらかった。
だが、相手は見当がつく。
「昼は友達と一緒じゃないのか?」
「それはさっき済んだから、大丈夫だよ」
返事と同時に、屋上へ続くガラス扉から差し込む日の光が当たる部分に彼女は現れる。
白瀬は手ぶらで、両手を後ろへ回し、覗き込むように目を合わせてきた。
「その弁当は手作り?」
「ああ。親のな」
「そうなんだ。大変だね。両親とも共働きなのに」
「お前、何でそれをさ」
「だって、幼稚園からずっと一緒なんだよ。それくらい、知ってて当然だよ」
躊躇せずに答える白瀬はさらに階段を一歩ずつ昇り、さらに俺との距離を縮めてくる。
「言ってくれたら、成瀬くんの分、わたしが作ってあげたのに」
「弁当をか?」
「うん」
「いや、お断りだ」
「何で? これは善意だよ」
「白瀬にとっては俺に対する善意と思ってもな、俺にとってはありがた迷惑っていうもんだしな」
「そうなんだ。それは、今のぼっち状態を保ちたいがために?」
「まあな」
「本当にひとりでいることが好きなんだね」
気づけば、白瀬は俺の真ん前で詰め寄ってきていて、俺は身構えそうになる。
だが、白瀬は横切るなり、俺の隣に制服のスカートを片手で押さえつつ、座り込んだ。
「わたしにはわからないな。成瀬くんがどうして、そこまでひとりで居続けたいか」
「別に、白瀬にわかってもらう必要はないけどな」
「必要あるよ。これから、わたしたちは付き合っていくんだもの」
「それは、白瀬の希望的観測だろ?」
俺は突っ込むと、白瀬はおもむろにため息をついた。
「強情だなあ、成瀬くんは。昨日、わたしが電車に飛び込もうとしたのに、まだ、わたしの気持ちを受け入れる心構えができていないんだね」
「あのな、白瀬。白瀬にとっては、好きな人と付き合えて、確かに嬉しいだろうけどさ、ぼっちでいたい、かつ、ましてや、幼稚園からずっとクラスが一緒だったことすら覚えてない相手がさ、すぐに付き合うことをオッケーすると思うか?」
「すると思うよ」
「何でだ?」
「だって、わたしはモテるもん」
当然のように答える白瀬。
で、俺が断ったりしたら、現実逃避のため、電車にまた飛び込もうとするのだろうか。
「あっ、そうそう。昨日、成瀬くんは大変だったみたいだね」
「まあな」
俺が夜、何者かに襲われたことは朝のホームルームで担任の男性教師、森山が伝えていた。
「いや、待て。森山は俺のことは言ってなかったよな?」
「後でこっそりとね」
「クラス委員長という権限でか?」
「そんな、まるで、わたしが脅したような言い方はひどいよ、成瀬くん」
俺の質問を受け流すように反応を示す白瀬。まあ、担任の森山が自ら教えた可能性も否定はできない。クラス委員長の白瀬に対して、信頼をしているような気がするしな。
「で、襲われた相手に心当たりとかあったりとか?」
「ないな」
「本当に?」
「ああ」
「何か、怪しいね、成瀬くん。何か隠し事してない?」
「気のせいだ」
俺は白瀬の追求を誤魔化そうと、弁当に箸を再び進ませ始める。卵焼きを味わい、冷凍食品の唐揚げにかじりつく。
「それじゃあ、相手は単なる通り魔とか?」
「かもな」
「それなら、いいんだけどね」
「それとも何だ? 白瀬に心当たりとかあるのか?」
「ううん、ないよ。ただね、そんなことで成瀬くんを失ったりしたら、わたしは悲しくなるなあって」
「ああ、そういうことか」
俺は弁当の白米を食べ、中身を空にしていく。
「もし、その通り魔に成瀬くんが殺されたりでもしたら」
「したら、何だ?」
「わたしは後を追おうかなって」
白瀬の言葉に、俺は思わず咳き込んでしまう。白米が喉に詰まってしまいそうだった。
「大丈夫?」
すかさず、白瀬が背中を手でさすろうとするが、俺は片手で断るジェスチャーを示す。
「白瀬さ、それはやめとけ。そんなことしても、誰も幸せにならないからな」
「どうして?」
「いや、どうしてってさ……」
「取り残されるわたしにとっては、そんなの、生きてるだけでも辛いことだよ」
真面目そうに声をこぼす白瀬。どうも冗談でないことは確かなようだ。
俺は弁当を食べ終え、片づけ始める。傍らにある水筒はあまり飲んでいないが、まあいい。
「だいたい、俺以外にもいい男はいくらでもいるだろ?」
「それは謙遜し過ぎだよ、成瀬くん」
ナフキンで包んだ弁当箱と水筒を手に立ち上がる俺に、白瀬も遅れて腰を上げる。
「もしかして、成瀬くんは、わたしが冗談半分で告白したとか思ってる?」
「いや、それはない」
「根拠は?」
「昨日の駅のホーム」
俺は言うと同時に、電車に撥ねられそうになった白瀬の姿が脳裏に浮かぶ。
あれが冗談で起こした行動というなら、正気の沙汰ではない。
「今日、返事待ってるからね。もちろん、LINEとかでも」
白瀬は言うと同時に、俺の行く手を遮るようにして、正面へ回り込んでくる。LINEは今朝、白瀬から半ば強引にアカウント交換をさせられていた。
俺はしばらく黙った後。
「そうだな」
「もし、今日中に返事がなかったら」
「それは言われなくても、何となくわかるから、いい」
俺は口にすると、白瀬のそばを横切り、階段を降りていく。
「約束だからね」
奥で白瀬の声が聞こえたものの、俺は返事をせずに場から立ち去った。
さて、どうしたものだろうかと。
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