第34話 食べかけのサンドイッチ
「おい」
食堂から離れた校門前にて、俺は追いついた白瀬の肩を掴んだ。
「何かな」
白瀬は問いかけてくるも、顔は向けようとしない。今日はさっさと帰りたい気持ちが強いようだ。
「逃げるのか?」
「逃げてなんかないよ。急な用事があるんだよ」
「それもウソだろ?」
俺の追及に、白瀬は体をびくつかせた。
「何で、わたしの記憶喪失がウソだって思うのかな?」
ようやく振り返ってきた白瀬は俺と目を合わせてきた。
俺は白瀬の肩から手を離し、ふうとため息をつく。
「さっきも話しただろ? 交通事故に遭って、学校に戻ってきた時には、俺は引きこもりの暗い男子だっただろ? そんな俺に、白瀬が好きになる要素がどこにもないって思っただけだ」
「わたしが物好きでもかな?」
「ああ。第一、俺は学校にいなかったんだからさ、記憶喪失の白瀬からすれば、俺のことは赤の他人どころか、名前や顔すら知らない状態なんだからな」
俺は口にすると、手持ち無沙汰になり、頬を指で掻く。
対して白瀬は黙っているかと思えば、にこりと笑みを浮かべた。
「さすが、成瀬くんだね」
「いや、今のところで褒められる要素なんて、どこにもないと思うが」
「あるよ。成瀬くんは見事、わたしのウソを見破っていたんだよ」
声をこぼす白瀬は、俺にウソがバレた状況を楽しんでいるかのようだった。
「成瀬くんの言う通り、わたしは記憶喪失なんて、してないよ」
「だったら、三崎のことも本当は覚えたっていうのか?」
「そう、だね。最初はちょっとわからなかったけど、段々と思い出してきたかなってところかな。充は男の子っぽいところがあるかもしれないけど、中身は純粋な乙女みたいな感じだよね。そこは前と変わらないかな」
白瀬は言うと同時に、俺に詰め寄ってくる。
「だけどね、わたしは疑っているんだよ。成瀬くんが充と付き合っているんじゃないかなって」
「そういうのはない」
「じゃあ、二人でいるのはどういう関係なのかな?」
「いや、それはさ、三崎が小学校の時みたいに、白瀬と仲良くなりたいっていう話があってさ、で、俺が白瀬と二人でいることを目撃されて、それでさ」
まさか、夜道で殺されそうになったことは伏せておいた。だが、それを除けば、ウソはついていない。より詳細に話せば、三崎は友達としてというより、恋愛感情ありきで仲良くなりたいのだが。
「もしかして、わたしがホームから飛び降りようとした時のことかな?」
「そうだな」
「そういうところを見られてたんだ、充に。何だか、恥ずかしいな」
白瀬は言葉を漏らすと、頬をうっすらと赤く染めた。俺からすれば、まずいところを見られて、焦るところかと思うが。
「とりあえず、三崎には打ち明けるのか? ウソをついたことをさ」
「それはいいかな」
「何でだ?」
「今まで、周りの人みんなに、そういうウソをついてきたんだよ。だから、成瀬くんは特別だから、いいけど、それ以外の人に知れ渡るのはまずいかなって、思っているんだよ」
「俺はいいのか?」
「だって、彼氏になる人に、そういうウソをつくのはあり得ないもん」
平然と俺と付き合うことになること前提に話をする白瀬。まあ、そういうのは自分でも嫌に感じてしまうほど、慣れてしまっていた。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
「何かな?」
「何で、そんな記憶喪失をしたっていうウソをついたんだ?」
俺が質問をすれば、白瀬は間を置くなり、俺をじっと見つめてくる。
「それに答えるなら、成瀬くんが何で、引きこもりをやめたのか、教えてくれたら、教えてあげるよ」
「そう来たか……」
俺は頭を掻きむしるなり、悩んでしまう。いや、別に大したことでもないし、打ち明けてもいいのだが、どこか癪に障る。まるで、白瀬に踊らされてるかのように思えてしまうからだ。
「そんなに教えるのが嫌なのかな?」
「まあ、そんなところだな」
「わからないね、成瀬くんの考えることは。でも、そういうところが好きだよ」
白瀬は当然のごとく言うと、提げている学校の鞄から何かを取り出す。
目をやれば、ラップフィルムに包まれた食べかけのサンドイッチだった。
「あげるよ」
「いや、俺はラーメンがあるしさ」
「女の子の食べかけだよ」
「いや、普通そういうこと言うか?」
「成瀬くんが特別だからよ。他の男子なら、こういうことなんて、言わないよ」
白瀬は言いつつ、俺にサンドイッチを突き付けてくる。
結局俺は断り切れず、受け取ってしまった。
「嬉しいな。わたしの手作りサンドイッチを好きな成瀬くんに受け取ってくれて」
「あのな」
「これなら、食堂で充と成瀬くんが二人でいても、大丈夫かな」
「何が大丈夫なんだ?」
「だって、充の目の前で、わたしの食べかけのサンドイッチを食べるんだよね?」
「いや、それはわからないだろ? 家に帰って食べるとかさ」
「それは衛生的によくないと思うよ」
「いや、さっきまで白瀬、持ち帰ろうとしただろ?」
「何のことかな? わたしはこうして、成瀬くんが追いかけてくることを期待していたんだよ」
白瀬のとぼけたような調子に、俺は戸惑ってしまう。まさか、俺は白瀬の思惑通りに事が運ばれてしまったということなのか。今さら悔やんでも遅いが。
「わかったよ」
「充には、本当に急な用事だったとかって言ってもらえないかな」
「ああ。後、記憶喪失がウソだったっていうことは」
「それを言ったら、わたしはショックで何をするかわからないかな」
白瀬の言葉に、俺は再びため息をついてしまう。数日後に白瀬のお通夜へ参列をするとかは考えたくない。
「わかった」
「ありがとう、成瀬くん。それじゃあ、またね」
「ああ」
俺が手を振ると、白瀬は綻ばした顔で手を振り返し、校門を出ていく。
相手の姿がいなくなると、俺は踵を返して、食堂へ戻ろうと足を進ませようとする。
だが、何歩か行ったところで、俺は立ち止まってしまう。
「三崎」
俺の前には、両腕を組んで、鋭い眼差しを送ってくる三崎の姿があった。
「成瀬」
「な、何だ?」
「その手元にあるサンドイッチはどういうわけ?」
案の定というか、三崎は白瀬食べかけのサンドイッチに目敏く気づいたようだった。
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