第35話 ナイフは護身用
再び、学校の食堂にて。
俺は残していたラーメンの麺を箸で啜っていた。
で、テーブルを挟んで反対側から俺のことをじっと見てくる三崎。
「言いたいことがあるなら、言えばいいだろ?」
俺は痺れを切らして、口を動かした。
対して三崎はそっぽを向くかのように、ラーメンを食べ始める。
俺のそばには、白瀬からもらった本人食べかけのサンドイッチがあった。
「なあ、三崎」
「何?」
「いるか? これ」
「はっ?」
三崎は箸を動かす手を止め、俺とようやく目を合わせてきた。
「あんた、志穂からもらったんでしょ? それを易々と他の人に渡すなんて、志穂の気持ちを考えた上でそういうことを言うわけ?」
「いや、そのさ、三崎なら、そう言われたら、どう答えるかと思ってさ」
「そんなの、本音を言えば、もらいたいわよ。でもね、それをしたら、志穂のことを裏切るような感じになるかもしれないから。正直悩むけど。だいたい、あんたはどうなの?」
「俺か?」
「そう。まさか、あたしがもらわなければ、捨てるとかしないでしょうね?」
「バカ。そんなことできるか。仮にバレたりでもすれば、どっかの駅のホームから飛び降りるに決まってるし」
「なら、それをわかってて、あたしにそういうことを言ったわけ?」
「まあ、そのさ、とにかく、今のは悪かった。忘れてくれ」
俺は軽く頭を下げると、三崎は肘を突くなり、訝しげな視線を送ってくる。
「だいたい、さっき校門前で、成瀬は志穂と何を話してたわけ?」
「まあ、その色々だな」
「記憶喪失はウソでしたとか?」
「それはノーコメントにしてくれ」
「肯定も否定もしないのね」
淡々と口にする三崎。何だか、気まずい。
「まあ、志穂が記憶喪失かどうかよりも、これからのことを考えれば、いいだけだしね。今は友達同士だから、過去のことを気にしても、しょうがないかなって思うところもあるし」
「そうか……」
「でも、あんたの過去は気になるわね。変な正義感で喧嘩沙汰をするかと思えば、それで引きこもって、かと思えば、何かのきっかけか知らないけど、立ち直ったりして」
三崎は肘をテーブルから離すと、ラーメンを再び食べ始める。
「とりあえず、LINEとかで志穂から何か聞かれても、特に何もなかったということだけは答えておくから」
「何だか悪いな」
「別に謝られるようなことじゃないから。それに、何かのきっかけで志穂がこの世からいなくなったりでもしたら、それこそ、謝るどころで済まなくなるから」
「俺の命で償えってことか?」
「そうね。けど、そうなったら、あたしひとりになるわね」
「意外だな」
「何がよ?」
「いや、そういう、感傷的に浸るようなところが三崎にあるんだなって思ってさ」
「あんたね、あたしのことを人間の感情がない極悪非道な殺人鬼みたいに思ってたとか言いたいわけ?」
「いや、そこまでじゃないけどさ……」
「そう。まあ、成瀬はもうわかってるかもしれないけど、あたしは常にナイフを携帯してるから、何かあれば、すぐに殺すから」
「怖いな」
「今さらな感想ね」
「ってかさ、それ、学校で持ち物検査やられたら、すぐに引っかかるよな?」
「その時はそうね。最近は物騒だから、護身用に持っていましたとか言い訳するわね」
「いや、その物騒な感じにしたのって、三崎が俺を襲ったからだよな?」
俺は突っ込むも、三崎は聞き流すだけで、ラーメンを食べ終えていた。箸を器の上に置き、プレートを手に立ち上がったからだ。
「それじゃあ、あたしは先に帰るから」
「お、おう」
俺が相づちを打つと、三崎は何かを思い出したのか、顔を向けてくる。
「そういえば」
「何だ?」
「あんた、明日の日曜日、奈帆ちゃんと遊びに行くみたいね」
「何で知ってるんだ?」
「知ってるも何も、奈帆ちゃんからLINEで聞いたから」
「ああ、なるほどな」
「奈帆ちゃん、すっごく楽しみにしてるような感じだったから、あんた、ちゃんと仲良くしなさいよね」
「いや、三崎が何で、俺と奈帆とのことを突っ込んでくるんだ?」
「当たり前でしょ? あんたの妹、奈帆ちゃんはあたしの友達なんだから。友達のことを気にかけてあげてもおかしくないでしょ?」
三崎の強い語気に、俺は圧される感じで、つい、うなずいてしまう。
「言っとくけど、あたしは志穂とも奈帆ちゃんとも友達だから、それはつまり、あんたとは無関係ではいられないってことだから」
「何が言いたいんだ?」
「つまりは、あんたがあたしに気に入らないような行動をしたら、その時はどうなるかわかるわよねってことよ」
三崎は言いつつ、片手でスカートのポケットあたりを手で叩く。おそらく、中にナイフが折り畳んで入っているのだろう。まるで脅しだ。殺られる前に殺るかという判断もあるが、それはとてもじゃないが、できる勇気がない。
「まあ、奈帆とかいるしな」
「何か言いたいわけ?」
「いや、別に。ひとり言だ」
「そう。とりあえずは、奈帆ちゃんとはもっと仲良くした方がいいわよ」
「余計なお世話だ」
俺が何とか言い返すも、三崎は気にしないといった感じで背を向け、去っていく。奥にある返却口へ器とプレートを戻すと、食堂を出ていった。
俺はふと、テーブルに置いていた白瀬手作りのサンドイッチを手にした。包んでいたラップフィルムを開け、食べかけのものを手に取る。
俺は喉をごくりと鳴らしつつも、意を決して、頬張ってみた。
中身は卵の白身と黄身が混じったもので、コンビニで売ってるのと味は遜色がなかった。
「うまいな」
俺は口にしつつ、スマホを取り出すなり、白瀬にLINEを打った。
サンドイッチの感想を伝えるために。
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