第36話 ゆるオタ
「何かなあ……」
俺は帰宅後、家にある自分の部屋にて、ベッドで仰向けになっていた。
目の前には手にしているスマホの画面がある。LINEのやり取りが映っており、相手は白瀬だ。サンドイッチの感想を伝えたら、『今度、作ってあげるよ』と返事があった。後は何回かやり取りして、スタンプの絵とかも混じった雑談みたいな感じ。明日、奈帆と出かけることを話すと、『妹さんと仲良くなってきたんだね』という言葉もある。
「気になるな。白瀬が何で、記憶喪失っていうウソをついたのか」
俺はつぶやくなり、スマホを枕元に置き、天井を眺めた。
気になって、どこか落ち着かない。校門前で白瀬と別れた後は、食堂で三崎と話すことで特に考えるところはなかった。だが、ひとりになると、頭に引っかかりがあることを感じてしまうのだ。
「このままじゃ、明日の奈帆と出かける時も中途半端な気持ちのままだな……」
俺はため息をつくなり、どうしようかと悩み始めそうになった。
と。
「お兄さん、今よろしいですか?」
部屋のドアをノックする音と奈帆の声が聞こえてきた。
俺が「ああ」と返事をすると、ドアが開き、奈帆が入ってくる。セーラー服姿で学校の鞄を提げた状態で。
「もしかして、お兄さんは今、お昼寝中だったでしょうか?」
「いや、単に考え事をしていただけだ」
俺は口にするなり、ベッドから起き上がると、奈帆と正面を合わせた。
「奈帆は今帰ってきたのか?」
「はい。ちょっと、寄り道してて、遅くなってしまいました」
奈帆は頭を下げようとしたので、俺は寸前に手で制した。
「別に俺に謝ることじゃないだろ? そのさ、家族なんだしさ、そういうのは、何かいいと思うしさ」
「そう、ですね」
「それに、別に夜遅くじゃなくて、まだ夕方前だろ?」
俺は言うなり、部屋の窓ガラスへ視線を移す。日は傾き始めているものの、暗くはなく、別に遅いと咎める時間でもない。
「お兄さんは優しいですね」
「いや、これくらいは普通かと思うけどな」
「それでしたら、奈帆もその、これは普通だと思うようにします」
変に律儀な妹は、わざわざこくりとうなずいた。
「で、帰ってきてすぐに俺のところへ来たのは、何か用があるからとかか?」
「は、はい。そのですね、今日、奈帆が寄り道をした理由なのですが、実はクラスメイトに相談に乗ってもらっていました」
「相談?」
「はい」
首を縦に振る奈帆。何か悩み事でもあるのだろうか。俺が今抱えてるくらいのものを。
「もしかして、奈帆」
「はい」
「誰か、好きな人でもできたのか?」
俺が問いかけると、奈帆は途端に顔を真っ赤に染めてしまった。
「そ、それは、お兄さんが言う、『好きな人』という意味は、恋愛感情的な意味でのことでしょうか?」
「まあ、そうだな」
「そ、そんな、奈帆にはまだ、そんな人はいないです。というより、そういうのはまだいなくて……」
「まさか、好きな人が出来ずに悩んでいるとかか?」
「それも違います!」
奈帆は珍しく、強い語気で叫んで否定をした。俺が驚くくらいに。
だが、奈帆は自分の出した声の大きさに気づいたらしく、口元を手で覆った。
「ご、ごめんなさい、お兄さん。つい、取り乱してしまいました」
「いや、別にそこは気にしなくてもさ。というより、そういう反応もするんだなっていう驚きとそういう一面もちゃんとあるんだなっていう嬉しさが混じり合ってさ、何か、その、まあ、いい。気にしないでくれ」
「お兄さん?」
「いや、いい。それで、本当はどういう相談をしたんだ?」
俺は場を誤魔化そうと話を促そうとする。
対して奈帆は首を傾げていたが、特に突っ込もうとはせず、口を開く。
「相談内容は明日のことです」
「明日? ああ、俺と奈帆がどこへ行くかってことか」
「はい」
「昨日の夜中に色々話したけどさ、結局、行く場所はまだ決めてなかったよな」
俺は言いつつ、兄として、情けないなと思ってしまう。加えて、奈帆がクラスメイトに相談をしてまで、どこへ行くか決めようとしていて。
「だけどさ、クラスメイトに相談したって、そのさ、奈帆はそういう話せるような相手がいたんだな」
「いえ、そういう相手は、奈帆にはいませんでした」
「じゃあ、どうやって相談したんだ?」
「勇気を振り絞りました」
奈帆は口にしつつ、片手で握りこぶしを作った。
「前にもお兄さんにはお話ししましたが、学校にはそういう相談をできるような友達がいません。ですけど、お兄さんと二人っきりでお出かけする貴重な機会です。それを無駄にしないためにも、奈帆は頑張りました」
「何か、その、悪い」
俺は段々と自分の不甲斐なさに腹が立ってきて、自然と頭を下げてしまった。
対して奈帆は、「謝らないでください、お兄さん」と慌てたように声をかける。
「これは奈帆の出しゃばった行動みたいなものです。ですから、お兄さんが気にするようなことではないと思います」
「けどさ、場所を今まで決めてなかった俺の責任がないというのはさすがにさ」
「その時は、当日、奈帆と一緒に決めればよかっただけの話です」
きっぱりと言い切る奈帆。妹の頼もしさを感じつつも、兄としての俺はどうなのかという虚しさを嫌でも噛み締めてしまう。
「まあ、とりあえずは、その、奈帆が勇気を出してクラスメイトと相談した結果、どうだったのか、それはまあ、気になるな」
「明日は映画を観に行こうと思っています」
「映画?」
「はい」
「前も観たよな?」
「はい。ですけど、今回はまったく別のジャンルのものを観ようと思います」
「別ジャンル?」
俺が問い返すと、奈帆はとある映画のタイトルを答えてくれた。耳にすれば、それは、青春もののラブコメで人気があるラノベの劇場版アニメだ。
「奈帆」
「はい」
「知ってたのか? 俺がそのさ、そういうの好きだっていうのを」
「何となくは知っていました」
「けどさ、奈帆はそういうの」
「実はちょっとそういうのは気になっていましたので、この機会にお兄さんと観に行くのはいいかなと思っていました」
奈帆の答え方は、俺が見る限り、ウソをついてるようではなかった。本心だろう。
「そっか。けどさ、奈帆」
「はい」
「テレビで放映された全十二話、観てないよな?」
「実は……」
「えっ? まさかだけどさ」
「はい。こっそりとスマホで観ました。毎週最新話が無料で配信しているところがありましたので……」
奈帆は言いつつ、照れてしまったのか、頬をほんのりと赤く染めた。
俺は妹の反応を目にするなり、思わず吹き出してしまう。
「お兄さん? 奈帆は何かおかしなことを言いましたでしょうか?」
「いや、奈帆は何もおかしなことは言ってない。たださ、さっきまで考え事をしていた自分がバカバカしく思ってきただけでさ」
俺は口にすると、枕元に置いてあったスマホを取り、LINEを再び使い始める。
「お兄さん?」
「いや、ちょっとさ、明日、すっきりとした気持ちで劇場版を観るために、ちょっとな」
「そうですか」
「ちなみに奈帆」
「はい」
「その劇場版を教えてくれたのは、さっき相談したクラスメイトからか?」
「はい。その子はアニメとかそういうのに色々詳しそうなのは、教室での話し声からわかっていましたので」
「ちなみに、これは個人的な興味だけどさ、その子は週にどれくらいアニメを観てるかとか話してたか? 後はラノベとか」
「そうですね。アニメは週に五十本、ラノベは一日一冊とか話していました」
「それは、俺みたいなゆるオタとは大違いだな」
「そうなんですか?」
「ああ。とりあえず、悪い。ちょっと出かけてくる」
俺はベッドから出ると、スマホ片手に奈帆のそばを横切る。
「お兄さんも誰かに相談をしに行くのですか」
「まあ、ちょっと違うけどさ、似たようなものかもな」
俺は答えると、自分の部屋に奈帆を残して、足早に二階から階段を降り、家を出た。
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