第32話 半分冗談、半分本気

 午前の休み時間、屋上近くの階段前にて。

「つまりは、記憶喪失になる前から、志穂は成瀬のことを知ってたのは間違いないって言いたいわけ?」

「ああ」

 俺がうなずくと、目の前にいた三崎は近くの壁に凭れて、両腕を組んだ。

「で、その、LINEで話してた、大久保くんだっけ? その、別の男子と喧嘩した後にまた、喧嘩したわけ?」

「まあな」

 俺は気まずくなり、目を逸らしてしまう。小太りの男子と喧嘩後、今度はいじめられっ子だった大久保と殴り合いをした俺。あの時の自分は何だったのだろうかと思わずにいられない。

「呆れたというか、あんたは大久保くんを助けたいわけじゃなくて、単に自分が抱いてる正義を振りかざしたいだけだったんじゃない?」

「まあ、そうかもな」

「それで、その正義が否定されたら、八つ当たりみたいに大久保くんと喧嘩するなんてね……」

 三崎は他に色々と言葉をぶつけたいようだったが、付け加えることはなかった。

「でも、そういうところも、志穂は知ってて、成瀬のことを好きになってる」

「そうかもな」

「あたしには理解ができないけど」

 三崎は言うなり、俺と目を合わせてきた。

「とりあえずは、今のところはそれだけ?」

「記憶喪失のことはもうちょっと聞いてみるけどさ」

「そう。といっても、交通事故に遭ってそうなったっていうのはわかってるんだから、まあ、これ以上聞いても、あたし的にしょうがないかもしれないけど」

「本人に直接聞こうとかは、とりあえずする感じなのか?」

「さあ、どうだか。タイミングいい時があれば、しようかなって。あたしと志穂は友達なんだから、そういう機会くらい、いくらでもあるから」

 三崎は壁から背を離すと、俺と向かい合う。

「で、成瀬」

「何だ?」

「あんたが引きこもったのは、大久保くんと喧嘩して、もう、何が何だか分からなくなってきたのが原因なわけ?」

「わからん。あの時は色々とイライラしていたっていうかさ、まあ、クラスのみんなに見られるのが嫌になってきてさ。それで不登校、引きこもりになったって感じだ」

「で、その間に、志穂が交通事故に遭って、記憶喪失になったってわけね」

「だな」

「何か不思議よね」

 三崎がぽつりと漏らした言葉に、俺は「何がだ?」と問いかける。

「志穂のこと。そこで記憶喪失になったのに、何で、成瀬のことを好きになれたんだろうって」

「どういうことだ?」

「だって、記憶がない状態で学校に戻るでしょ? そしたら、あんたのことなんて、初対面になるじゃない? でも、あんたは実際、色々と喧嘩沙汰を起こして、家で引きこもってるってわけでしょ? そんな男子、あたしだったら、すぐに距離を取るけど」

「単に、白瀬が物好きな性格だったとか?」

「まあ、その可能性もなくはないけど……」

 三崎は声をこぼしつつ、どうにも腑に落ちないような表情を浮かべる。

「まあ、記憶喪失がないのなら、成瀬のことを幼稚園からずっと好きで、そういう喧嘩沙汰くらいで嫌うようなほどじゃないくらい、気持ちが強いなら、わからなくもないけど。まあ、それはそれで、あたしにとっては、認めたくない現実よね」

「三崎のことを覚えてないことをか?」

「当たり前でしょ?」

 強い語気で返事をする三崎。俺はつい、三崎がナイフを出してくるかと身構えてしまう。

「まあ、あたしとしてはどこかで挽回すれば、それでいいんだけどね。後はあんたを殺すとか」

「何か、自分でも怖いくらいに慣れてきたな」

「何がよ」

「三崎に、『殺す』とか言われることをさ」

「なら、今ここで、本当に殺してほしいわけ?」

 三崎は制服のスカートにあるポケットから何かを取ろうとする。やはり、常に持ち歩いているのか。

 俺はすぐさまかぶりを振り、「勘弁してくれ」と口にする。

 すると、三崎はナイフを出さずに、「半分冗談よ」と言う。ということは、残りが本気ということか。

「俺としては、ぼっちでもいいからさ、平穏に日常を送りたい。ただ、それだけだからな」

「そう。あたしとしては志穂と付き合えるようになれば、それだけでいいのにね。こうお互いの望むことを考えると、上手く行きそうに思えるけど、志穂の気持ちがそれを複雑にさせてるってところよね」

「まあな」

 俺はうなずきつつ、白瀬は俺のことを諦めて、三崎と仲良くならないだろうかと考える。

「まあ、あたしとしてはまず、志穂が死ぬようなことはごめんだから」

「いや、それは俺も同感だ」

「で、万が一、志穂が死ぬようなことがあれば、あたしは逆恨みにあんたを殺すから」

「それは同感できない」

「そうよね。そこでも同感するなら、成瀬は自殺志願者かもしれないわね。まあ、一度は首吊ったんだから、それも不思議じゃないと思うけど」

「あれはあくまでパフォーマンスみたいなもんだからな」

「ならいいけど」

 三崎は言うと、背を向けて、階段を降り始める。スマホを取り出してみれば、もうすぐ休み時間が終わる頃だ。

「あっ、そうそう」

 三崎は何かを思い出したのか、足を止め、振り返ってくる。

「志穂から、放課後、一緒に昼を誘われたんだけど」

「そういえば、俺も白瀬に誘われたな」

「行くわけ?」

「まあな。断ったら、何があるかわからないしな」

「そう。まあ、その気持ちはわからなくもないけど」

 三崎は言うなり、つまらないといったような顔を浮かべた。で、俺から目を逸らし、立ち去っていく。

 ひとりになった俺はため息をつくと、遅れて、ゆっくりとした足取りで教室へ戻った。

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