第31話 正しいことは求められてない。

「みんなさ、大久保に謝れよ」

 小学四年の俺は、午前の休み時間に声を張り上げた。

 周りは俺から距離を取るようにして、クラスメイトらが囲んでいる。

 そして、俺のそばには、苗字を呼んだ男子が腕を掴んでいた。

「もういいよ、成瀬くん」

「いや、俺は許せないからな。みんな、コソコソとさ、上履き盗んだり、机やノートに落書きしたりしてさ」

 俺は言いつつ、クラスでガキ大将的な存在だった小太りの男子に視線を向ける。

 相手は既に喧嘩をする気満々で、睨みつけた。

「成瀬、お前、ちょっと生意気だよな?」

「大久保をいじめる奴に何を言われようと、俺は知らないけどな」

「お前さ、別に大久保のことを考えてここにいるみんなに怒鳴ってるんじゃないよな?」

 小太りの男子が口にする言葉を、俺ははじめ、理解ができなかった。

「大久保もさ、みんなにビクビクしないでさ、何とか言えよ」

 俺は体を震わせ、怯え続けているであろう大久保に声をかける。

「成瀬くん、だから、もう、いいよ」

「何がだよ」

「今、成瀬くんがしていることだよ」

 声をこぼす大久保は、俺とは目を合わさずに言った。

「成瀬くんは僕のためにみんなに言っているみたいだけど、僕にとってはそういうのは求めてないんだよ」

「求めてない? だってさ、大久保はもう、いじめられたくないだろ? それをやめるように、みんなに言ってることはおかしくないだろ?」

「それはその、おかしくないと思うよ。でも、こうやって、大ごとにしてまでそういうことをしてほしいなんて、僕は頼んでないんだよ」

 懸命そうに話す大久保。

 対して、俺は自分が今していることをやめようとしなかった。

 小太りの男子がやり取りを見てか、嘲り笑う。

「おいおい、成瀬。大久保にもそういうこと言われてさ、お前、いったい何してんだ?」

 俺の方を指差す小太りの男子に対して。

 俺はどこかで堪忍袋の緒が切れたらしい。

 気づけば、俺は相手に向かっていき、こぶしで顔を思いっきり殴っていた。

 小太りの男子は油断をしたのか、避け切れず、倒れ込んだ。勢いで周りの机が動いてしまう。

 他のクラスメイトらは驚いたのか、立ち止まっていたり、悲鳴を上げたり。あるいは、「いけいけ」と盛り上げたり。

「てめえ、成瀬」

「来いよ」

 俺が挑発をしてみれば、相手は目を吊り上げ、俺と取っ組み合いの喧嘩になった。

 その後のことは、俺はうっすらとしか覚えていない。

「もうやめてよ」と泣き叫ぶ大久保。

 様子を伺うように居続けるクラスメイトら。

 そして、誰が呼んだか、止めに入る二人の男性教師。

 俺は片方の男性教師に押さえつけられ、教室から職員室へ連れて行かれた。

「成瀬くんは他の人と違うね」

 途中、クラスメイトの女子から囁かれた言葉。

 俺は当時、聞き流すだけのことだった。

 だが、高校生になり、最近、ファーストフード店で似たようなことを耳にしている。

「成瀬くんは他の人と違うからだよ」

 それは、白瀬が俺のことを好きな理由として伝えた内容だった。

 ということは、誰だか覚えてない当時の女子は白瀬だったのか。

 俺は今になって、ようやく気づいたのだった。

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