第29話 お互い、ぼっちを既に卒業?

 深夜、俺がキッチンへ行こうとすると、隣にあるリビングの明かりがついていた。

 入れば、奈帆がテーブルの椅子に座り、パジャマ姿でコップの麦茶を飲んでいる。

「奈帆も喉が渇いたのか?」

「お兄さんもですか?」

「まあな」

 俺がキッチンへ向かおうとすると、奈帆が先回りして、冷蔵庫を開ける。麦茶が入った容器を手に取ると、近くの食器棚から俺がいつも使うコップを出し、中に注ぐ。

「お兄さんがこんな時間にここに来るなんて、珍しいです」

「そういう奈帆もだろ?」

「そうですね」

 奈帆は返事すると同時に、俺に麦茶が入ったコップを渡してくる。

「悪いな」

「いえ。奈帆がただ、したいと思ってしただけのことです」

 奈帆は言うなり、元の椅子に座り直す。

 俺は奈帆と向かい合う形で反対側に腰を降ろす。

 麦茶を口につけ、ふうとため息をつく俺。

「もしかして、昨日と同じような悪夢を見たのですか?」

「いや、それはないけどさ、何となく眠れなくて、それで、何か喉が渇いてきたから、ここに来たってところだ」

「それは、奈帆と同じですね」

 奈帆はどこか嬉しそうな表情を浮かべつつ、コップの麦茶を飲む。

「朝に警察の人が来るなんて、奈帆はびっくりしました」

「まあ、それは誰だって、思うことだろうな」

「お兄さんは警察の人と何を話したのですか」

 朝、奈帆は俺が警察と話をする前に、先に登校をしていた。変に時間を割いて、遅刻とかしたら、まずいと思い、俺が促したからだ。実際、俺はギリギリ間に合ったからよかったのだが。

「まあ、前に襲われたことの話だな」

「でも、お兄さんは犯人の顔を見ていないんですよね」

「まあな」

 顔は目にしてないものの、声は覚えている。おまけに、正体は三崎だってことは既にわかっていた。というより、本人か名乗り出てきたようなものだしな。まさか、奈帆の友達がその犯人だとは口が裂けても伝えられない。

「早く捕まるといいですね」

「そう、だな」

 気持ちとしてはぎこちない返事をせざるを得ない俺。

「奈帆もお兄さんも、もう、お互いにぼっちではないですね」

「そうか?」

「はい。お兄さんは白瀬先輩や充お姉さんとお友達みたいですし、奈帆は充お姉さんとお友達になれましたし」

「お友達、か……」

「お兄さんにとっては、お二方はお友達ではないのですか?」

「お友達というか、何だろうな。かといって、赤の他人でもないしな。あるいは、単なるクラスメイトと片づけるわけにもいかないしな……。まあ、お互いに事情を抱えて、それを打ち明け合う仲っていったところか」

「何だか、難しい関係ですね」

「そうか?」

「はい」

 こくりとうなずく奈帆。まあ、放課後もその三人とファーストフード店で過ごしていたけど。途中、白瀬が死にそうな感じになったが。

 と、奈帆は空になったコップを置くなり、俺と正面で向かい合う。

「奈帆は、お兄さんともっと仲良くなりたいです」

「いきなりどうしたんだ?」

「お兄さんは、奈帆ともっと仲良くなりたいとか思わないのですか」

「いや、それはさ……」

 妹の奈帆から直球な質問を投げつけられ、俺はどう受け止めればいいか、戸惑う。今までは、奈帆にどこか遠慮をしている自分がいた。変に距離を縮ませ過ぎると、嫌われるのではないかと危ぶんでいたからだ。だから、ある程度の接し方にとどめようと思っていたのだが。

「それはまあ、兄としては、妹の奈帆とはより仲良くなりたいっていうかさ、まあ、色々と言い合える仲にはなりたいと思うけどさ」

「それは奈帆も同じです」

 奈帆は気持ちが高まったのか、前のめりになった。

「親の再婚という形でこうして、お兄さんと会えたのはどこか運命なところもあると思います。奈帆は、その運命に対して、お兄さんとの関係を大切にしたいと思っています」

「大切にって、奈帆は、俺のことをどう思っているんだ?」

「それはその、奈帆にはわかりません」

「わかりません?」

 俺が問い返すと、奈帆は困ったような表情をする。

「奈帆にはわからないのです。お兄さんともっと仲良くなりたい気持ちは強いのですが、ただ、それだけなんです。ただ、ひとつだけ言えるのは、前みたいに、距離感のある関係には戻りたくないのです」

 首を何回も横に振る奈帆。どうも、俺との関係をもっと進展させたいと感じているようだ。それは兄妹としてか、はたまた、ないとは思うが、恋愛としてのことか。

 どちらにしても、奈帆は俺に嫌われることを一番避けたいのだろう。

 俺は麦茶を飲み干すなり、こくりとうなずいた。

「なら、明後日の日曜は、俺と二人でどこか行くか?」

「いいのですか?」

「だって、俺と奈帆は兄と妹だろ?」

 当然のごとく聞いてみる俺。

 対して奈帆は、口元を綻ばせて、嬉しそうな顔を浮かべた。

「そうですね。奈帆、今度の日曜、楽しみにしています」

「そうと決まれば、今度はどこ行くかだな。前は映画とショッピングだったから、今度は違うところだな」

「はい」

 うなずく奈帆は明日出かけるかのように楽しそうな様子を見せる。

 深夜だというのに、俺と奈帆はその後、日曜に行く場所を一時間近く話し合っていた。

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