第24話 我慢比べ

 昼休みの屋上は誰もいなく、時折吹くそよ風が気持ちよかった。

「初めてここに来てみたけど、開放感があっていいね」

 俺の前には、楽しげに周りを見渡す白瀬の姿。

「いや、そもそもさ」

「何かな? 成瀬くん」

「屋上はいつも、鍵がかかってただろ? いったいどうやってさ」

「それは、森山先生に借りてきたんだよ」

 白瀬は言うなり、担任から手に入れたであろう鍵を見せつけてくる。

「いや、森山がそう簡単に貸してくれるか?」

「簡単だよ。『たまに屋上で昼寝してますよね?』って言えばいいんだよ」

「白瀬、それ、単なる脅しだよな?」

「脅しじゃないよ。ただ、聞いてみただけだよ」

 さらりと口にする白瀬に対して、俺は恐怖感を覚えた。ちょっとした隙を作ったら、白瀬はすぐに気づいて、それを利用してくるに違いない。

 白瀬は着ている制服のスカートにあるポケットに鍵をしまうと、金網の方へ向かう。

「聞きたいことがあるって言われたから、こういうところで二人っきりで話した方がいいかなって、わたしは思ったんだよ」

 白瀬は言うなり、そよ風でなびく艶のある黒髪を手で押さえる。

「まあ、二人で話すのにはいいところだけどさ」

「それで、話って何かな?」

 振り返ってきた白瀬は俺の方へ視線を向けてくる。

 対して、向かい合う俺は、頬を掻きつつ、どう切り出そうか頭を巡らせる。

「その、ほらさ、三崎のことだけどさ」

「充のことかな?」

「充? ああ、三崎の下の名前か」

「そうだよ。フルネームは三崎充だよ」

 口にする白瀬はなぜか、何歩か俺に詰め寄ってくる。

「昨日、ファミレスで一緒だったのに、下の名前を覚えていないんだね」

「いや、覚えてはいたけどさ、そのさ、ずっと苗字で呼んでると、そのさ、忘れっぽくてさ」

「それはダメだよ。そういうのはちゃんと覚えておいてあげないと」

「まあ、そうだな。その、悪い」

「反省してるなら、いいんだよ、成瀬くん」

 白瀬は俺の謝りに納得をしたのか、表情を綻ばせる。いや、三崎の名前について、話すんじゃなくて。

「白瀬は、三崎とは今のクラスになって初めて知ったのか?」

 俺はあえて、変化球に近い質問で攻めてみる。

 さて、返事は。

「そうだよ」

 あっさりと答える白瀬。ということは、小学校で仲が良かった三崎のことは覚えていないのだろうか。

「それがどうしたのかな?」

 首を傾げてくる白瀬に、俺は次にどう出ようか、考える。

「いや、その答え、本当かなあって思ってさ」

「どういうことかな?」

 見つめてくる白瀬は、本当に何のことかわからないといった様子だった。

 なので、俺は、「ウソついてるだろ?」と問いただす勇気が持てず。

「いや、何でもない」

 と、曖昧な返事をしてしまった。

「もしかして、成瀬くんがわたしに聞きたかったのはそれだけなのかな?」

「まあ、そうだな」

「だけど、変な質問をするんだね、成瀬くんは。充とは今のクラスになって初めて知ったかどうか聞くなんてね」

 白瀬は背を向けると、おもむろにとある方へ足を進ませていく。

 先には屋上にある真四角なコンクリートの構造物がある。奥に回れば、校舎内の階段へ続くガラス扉があるはずだ。俺や白瀬が入ってきたところとは別の奴だ。

 白瀬はそこにある壁に寄りかかるかと思いきや。

 あろうことか、近くにある梯子を使ってよじ登っていく。

「お、おい。白瀬」

 俺が声をかけるも、白瀬は止まらずに進んでいき。

 気づけば、構造物の上に着いていた。

「成瀬くんもおいでよ。見晴らしがいいよ」

 白瀬の呼びかけに、俺はため息をつく。

 俺は渋々と梯子を登り、白瀬と同じ、屋上より高い位置にやってくる。

 確かに、白瀬の言う通り、見晴らしがいい。

 学校の周りに広がる住宅街。さらには、白瀬が電車に飛び込もうとした鉄道の駅。もっと奥には山々が連なり、学校がある市内を望むことができた。

「確かにな」

「わたしは嬉しいな。こういうところで、成瀬くんと一緒にいられて」

「俺は別に嬉しくも何ともないけどな」

「冷たいね、成瀬くんは」

「俺はぼっちだからな」

「それは理由になってないよ」

「そうかもな」

 俺は適当に相づちを打ちつつ、吹いてくる風に当たり続ける。

 と、白瀬が俯き加減になり、かと思いきや、俺の方をチラ見してきた。

「成瀬くん」

「な、何だ?」

「やっぱり、わたしと付き合ってくれないかな?」

 唐突に告ってくる白瀬。あまりにも急で、俺は心の準備ができていなかった。いや、受け入れる方ではなく。

「だ、ダメだ!」

 俺はつい、間を置かずに言葉を発してしまった。

 だが、時すでに遅かったらしい。

「成瀬くんはわたしのことが嫌いなんだね」

「えっ?」

 俺は聞き覚えがある白瀬の声に驚いてしまう。確か、夢で見た時と同じで。

「成瀬くんは、わたしが告白を断られたら、どうなるか、わかってるよね?」

「いや、わかってるってさ、ここは駅のホームでもないしさ……」

 俺は言いつつ、あることに気づく。

 屋上より高さがある構造物の上に立つ白瀬。

 下なら金網が張り巡らされており、飛び降りるという心配はない。

 だが、今いるところはどうだ。

 四方八方、金網どころか、手すりすらない。しかも、構造物は校舎の片側に沿ってあり、とある方から飛び降りれば。

「やっと気づいたみたいだね」

 白瀬は四角い場の端っこまで後ずさっていた。

 彼女の後ろは足場がなく、四階分以上の高さより下に広がるコンクリートの地面しかない。落ちれば、確実に命はない。

「白瀬、やめろ!」

「わたしは成瀬くんにフラれちゃったんだもんね。しょうがないよね。これだと、リストカットでは済まないかなって」

「落ち着け、白瀬。そんなことしたらさ」

「そんなことしたら、何があるのかな?」

「俺も飛び降りる」

「えっ?」

 意外そうな表情をした白瀬に対して、俺は距離を取りつつ、同じように端っこまで足を進ませる。

 お互い、一歩踏み外せば、地面に真っ逆さまに落ちてしまうほどの状況。

 白瀬は俺と向かい合うなり、笑みをこぼした。

「まるで、我慢比べみたいだね」

「そうかもな。けどさ、下手すれば、お互いに落ちて、あの世行きってこともあり得るな」

「そうかもしれないね」

 口にする白瀬は楽しそうだった。だが、俺にとっては、急に強い風が吹いて、バランスを崩したらととか、不安が脳裏で渦巻いている。

「成瀬くんは無理をしてるよね」

「いや、無理はしてないな」

「ウソだよ」

「いや、本当だ」

「そういう、意地を張るところも好きだよ、成瀬くん」

「知るか」

 俺が適当にあしらうも、白瀬は嬉しそうな表情を浮かべていた。

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