第22話 突然の訪問者、再び
映画を観に行った休み明けの朝。
俺は欠伸を催しつつ、自宅のリビングにて、朝食の食パンをかじっていた。
「お兄さんは眠そうですね」
「まあ、ろくでもない夢を見たせいかもな」
俺が答えると、テーブルの向かい側で座るパジャマ姿の奈帆が、興味深そうな視線を投げかけてくる。
「お兄さんはどのような夢を見たのでしょうか」
「まあ、一言で言えば、悪夢だな」
「悪夢、ですか」
「ああ。ほら、前会った白瀬が出てきてさ、目の前で電車に飛び込んだっていう夢だよ」
「それは、あまりいい夢ではないですね」
「まあ、普通にそう思うよな」
俺は言いつつ、現実でも起きそうなことがあったというのは伏せておいた。後、リストカットのことも。朝から暗くて重い話になりそうだしな。だったら、電車に飛び込んだことも黙っていればよかったのだけれど。まあ、愚痴りたかっただけかもしれない。
「お兄さんはその夢の中で、白瀬先輩を助けられなかったのですか?」
「残念ながらな。足が動かなくて、何もできなかったな」
「それは、仕方がないことですね」
「まあ、あくまで夢だからさ」
俺は大したことがないように言うも、内心は不安で仕方がなかった。下手をすれば、現実になりかねないことだ。加えて、リストカットは既に昨日、三崎とともに目撃をしているのだし。
もしかして、俺の今抱えている心理状況を夢が克明に描いたということなのだろうか。白瀬を死なせるようなことがあってはならないという緊張感を反映したとか。
「お兄さん?」
「な、何だ? 奈帆」
「顔色が悪そうですが、大丈夫ですか」
「いや、別に大丈夫だ。まあ、ちょっとした考え事をしてただけだ」
「考え事ですか」
「ああ。今度の中間、いい点取れるかなあとかさ」
俺が口にすると、奈帆は笑みをこぼした。
「お兄さんなら、大丈夫です。奈帆と違って、勉強ができますし、そういう心配をする必要はないかなと奈帆は思います」
「いや、それは奈帆の買い被り過ぎだ」
「そうでしょうか。前回のテストは、学年でもトップテンに入るくらいの成績だった気がします」
「まあ、それはな」
俺は耳のあたりを指で掻き、何も抗えなくなってしまう。自分で言うのも何だが、勉強はそれなりにこなしており、奈帆の言葉にウソはない。学年で一桁順位の常連だ。
「まあ、あれだ。今度は頑張れば、学年トップ取れるかなあっていう考え事だ」
「そういうことですか」
「だからさ、奈帆も勉強頑張れよ」
俺が話の流れで励ましを付け加えると、奈帆は「そう、ですね」と反応を示す。なお、奈帆の成績は中の上くらいだ。
にしてもだ。
奈帆は俺に対して、よく喋るようになった気がする。今までの朝は、お互いに黙っている時間が流れていた。やり取りとしては、「おはようございます」「いただきます」「ご馳走様でした」くらいだったのだが。
「お兄さん?」
気づけば、俺はぼんやりと奈帆を眺めていた。
「今度はどうしましたか?」
「いや、そのさ、奈帆は前より、俺と話すようになったなって」
俺がぽつりと声をこぼすと、奈帆はうっすらと頬を赤く染めた。
「それは、そうかもしれません」
奈帆は口にすると、手前にあったコップの牛乳を飲む。照れ隠しだろうか。
後ろのキッチンでは、母親が俺と奈帆の弁当作りに勤しんでいた。
俺は食パンを食べ終え、牛乳を飲み干すと、立ち上がる。
「それじゃあ、着替えるか」
俺は立ち上がり、二階にある自分の部屋へ向かおうとして。
それを遮るかのように、インターホンの電子音が家中に鳴り響く。
まさか。
俺は嫌な予感がした。前にも急に訪ねてきた人がいたような。
俺がどうするべきか悩み、足を止めていると、奈帆が席を立ち、そばを横切っていく。
向かう先は、リビングの壁についているインターホンのパネル。
奈帆は何事もないかのように、パネルに映る玄関前の画面へ視線を移すなり。
「お兄さん」
「何だ? 白瀬か?」
「違います」
「それじゃあ、三崎か?」
「違います」
「えっ?」
どれも外れたことに、俺は驚きを隠せずにいた。
「じゃあ、誰なんだ?」
俺が問いかけると。
奈帆は俺と目を合わせるなり、口を開いた。
「知らない大人の人です……」
戸惑ったような表情を浮かべる奈帆に、俺はどう返せばいいかわからなかった。
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