第38話 強いコンプレックス

「成瀬くんは、何で、わたしと付き合ってくれないのかな?」

 カフェ店内でぽつりと漏らした白瀬の声は寂しげだった。

 俺は間を置くなり、口を開く。

「俺はただ、ぼっちでいたいだけだ」

「本当かな?」

「何で、そこで疑うんだ?」

「成瀬くんが色々とひとりでいたい、ぼっちでいたいっていうのは、ずっと見てきたから、わたしには何となくわかるよ。でもね」

 白瀬はおもむろに目を合わせてくる。

「それだけじゃない理由もうっすらと何かあるんじゃないかなって、わたしは思うんだよ」

 白瀬の言葉に、俺はどきりとする。

 まさかだが、俺が白瀬と付き合えば、三崎に殺されることを知っているのか。

 いや、そんなわけない。

「適当なことを言うな」

「女の勘っていう奴だよ」

「そういうのはさ、俺が既に彼女がいるみたいな疑いをする時に働くものじゃないのか?」

「もしかして、付き合ってる子とかいるのかな?」

 白瀬の質問に、俺はすぐに首を横に振った。

「怪しいね」

「だいたい、いると仮定してもさ、相手は誰かとか、予想つくのか?」

「充だよね」

 白瀬の即答に、俺はどう反応をすればいいか、困ってしまう。

「一昨日にファミレスで会ったもんね。充と二人でいるところ」

「だから、あれはさ、妹と三人で来てただけでさ」

「それだけなら、いいんだけどね」

 白瀬はやたらしつこい気がする。どうも、俺が隠し事をしているのではないかと疑っているらしい。確かにそれは事実。なのだが、付き合ったら、三崎に殺されることを教えれば、白瀬はどういう行動を起こすのかわからない。俺が告白を断ろうとしたら、電車に飛び込もうとした前科があるし。

「わたしはね、成瀬くん。悲しいんだよ」

「俺が付き合わないからか?」

「そうじゃないよ。それに、わたしは成瀬くんにフラれていないんだよ。まだ、告白をしていないっていう状態。そういう膠着した状況が続くっていうのが色々と苦しいんだよ」

 白瀬は話すなり、ため息をつき、アイスコーヒーの残りをストローで飲み干す。

「まだ、記憶喪失のウソをつき続けてる方が楽かなって思う時があるくらいなんだよ」

「それって、どういう……」

「こういう状況が続けば、わたしだって、何をするかわからないってことだよ」

 向けてきた顔はにこやかだが、俺にとっては恐ろしいものがあった。おそらくだが、俺と別れた後、白瀬はリストカットをして、気を紛らわすに違いない。だが、それだけでも物足りないとなれば、何をしでかすか。

 俺は頭を掻き、どうすればいいか、考える。

「でも、これ以上、無理やり、成瀬くんに付き合うように迫るような態度をしたら、成瀬くんの方も何をしでかすかわからないよね」

「首を吊るかもしれないって、不安に感じるからか?」

「前みたいにLINEでそんなのを見せつけられたら、誰だってそう思うよ」

 白瀬は当然といったような調子で声をこぼす。俺は乾いた笑いをこぼすしかなかった。

「とりあえず、これで明日は妹さんと心置きなく遊びに行けるのかな?」

「まあ、白瀬が記憶喪失っていうウソをついてる理由がわかったからな」

「わたしも、成瀬くんが引きこもりをやめた理由がわかったから、そこは少しだけよかったかな」

「個人的にはさ」

「何かな?」

「そのさ、白瀬の姉さんが、ちょっと気になったってところだな」

「そこは気にならなくていいよ」

 白瀬は不満げに言うと、おもむろに立ち上がる。続けて、空になったコップを持とうとしたので、俺は手で制した。後で自分のと一緒に返そうという意思表示だ。

「優しいね、成瀬くん」

「機嫌が悪くなるのは、白瀬の姉さんの時だけなのか?」

 俺が問いかけるも、白瀬は返事をせず、ただ、表情を綻ばすだけだった。

 どうやら、白瀬にとって、姉は強いコンプレックスを抱く存在のようだ。

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