幕間3
病院での診断結果は、肋骨二本骨折に、右腕にもヒビが入っていた。それ以外にも打撲は複数あり、思った以上の大怪我で全治1ヶ月半と告げられた。内臓その他には問題なかったが、病院の医師には呆れた顔をされてしまった。DOORの調査員が危険を伴う仕事というのは認識してくれていたが、それでも二日連続で来る患者は稀だろう。
診療を終えてホテルに戻ったのはまだお昼頃だった。
何しろ、睦月はDOORの調査開始と同時に怪我をしたのだ。誰かと戦ったわけでもなく、DOOR内部を何時間も調査したわけではない。汗びっしょりになって出てきたが、彼が行ったことといえば、ロープをかけてDOORから出てきただけである。
つまり、何もしていない。
大怪我を理由に調査を諦めるつもりは無いが、今日は一日大事をとることにした睦月は、昼ごはんを食べてからテレビ電話を立ち上げた。
『むつきくんー』
「って、メイ!!!?」
モニター越しに手を振るのは黒髪黒瞳の美少女だった。その横から見知った顔がひょこっと顔を出す。
『どうよ。メイちゃん黒髪バージョン』
「すごい可愛い」
『いや、それほどでもないよ。でも、ごめん、私には旦那様が…』
「いやいやいや、なんで先輩が照れるんですか!メイのことに決まってるじゃないですか…ってすねないで!」
照れたように頭をぽりぽりとかくと、睦月の発言を経て口を尖らせるアラサー女子に突っ込みを入れる。
『って、冗談よ。ほら、睦月君言ってたでしょ。ブロンドに緑の瞳じゃ、隠し子って設定にも無理があるって』
「そうですけど、髪の色と瞳の色だけじゃ…」
『そうなんだよね~。睦月君からこんな美少女が生まれるわけないものね』
「そういう問題じゃなくてですね。っていうか、別に僕の子供じゃなくて親戚の子供を預かってるってことでもいいじゃないですか。それに、黒髪にしてもメイはやっぱり日本人には見えないです」
『だよね。それは私も思った。そこは、ハーフだと言い張ればいいじゃない?』
「ですかね。どちらにしろ、誰にも会わせないに越したことはないですが」
『やっぱり、可愛い娘は独占したい感じ?』
にやっと面白がるような顔がモニターに映しだされるので、睦月はその隣のメイに視線を合わせる。浅葱がメイの耳元に何かを囁き、
『パパ~』
「っ!!?」
心臓が打ち抜かれた。
可愛さに悶死する。事務デスクのモニターに付けられたビデオカメラは、椅子に座ったメイには少しばかり高い位置にある。そのため、彼女の顔は睦月からは常に上目遣いに見えているのだ。大きな瞳をくりくりとさせて、小さな唇からこぼれる舌足らずな言葉。
「な、な、な、なにを言わせているんですか?」
『だめなの?せんぱいがそうよんだほうがいいって』
「くっ、メイは何も悪くない。悪くないよ。ただ、パパっていうのは、その…」
恥ずかしい。
『いや、私のこともママって呼ばせようかと思ったんだけどー…さすがに問題あるじゃない?』
「先輩は黙ってろ」
パパ、パパか…。と睦月はメイの言葉を脳内で反芻する。”むつきくん”と舌足らずな声で呼ばれるのもかなり好きだった。浅葱の真似をしているけれど、睦月の感じる印象は全く違う。メイを引き取りわずか三週間、父性のようなものはすでに芽生えていて、パパと呼ばれることに抵抗はあるものの、うれしさの方が大きかったりする。
「…メイが呼びたいように呼んだら良いよ」
『じゃあ、パパお土産よろしくね』
「もう、気分が台無しですよ!!」
『ぱぱ、せんぱいにやさしくしてね』
「ご、ごめんなさい。はあ、メイは本当にいい子だなあ。先輩、可愛いメイに免じて許しますので、悪ふざけもほどほどにお願いしますね。正直、今回の件はお手柄なので、時給アップも考えてますんで」
『ほんと!やった。じゃあ、もっともっと、メイちゃんに”パパが娘に言われてうれしい言葉”を教えておくから』
「って、何ですかその本は!!違いますよ。今朝、助けを呼んでくれたことの話ですよ…でも、まあ、そっちはそっちで…」
『くっふっふ。分かりやすいなぁ。まあ、じゃあ、後は父娘の時間ということで、邪魔者は消えるわね』
と、文字通り浅葱はモニターからフェードアウトする。残るのは黒髪の天使のようにかわいらしい”娘”のみ。
「ふぅー。先輩と話していると疲れるな。メイはそんなことない?」
『えー。そんなことないよー。せんぱいといるとすっごくたのしいもん』
「そっか。今日は心配かけてごめんな。僕の仕事は少しばかり危険なこともあるけど、無理はしないから」
『だいじょうぶ。つぎはメイがまもるから』
「頼もしいお姫様だ。メイはもうお昼食べたのか?」
『うん。ホットケーキたべたー。あまくてふわっふわでおいしかったのー』
「そっか。よかったな」
『うん!メイもね、つくるのてつだったんだよ』
「そうなのか。じゃあ、こんど僕にも作ってくれるかな」
『わかった。だからぶじにかえってきてね』
「…当たり前だろ」
”無事に帰ってきて”なんて事のない言葉に一瞬胸を詰まらせる。一人で事務所を立ち上げたときは、DOORに潜っている間は一人きりだった。それが、浅葱を雇うことで遠くでも誰かと繋がることができたが、帰る場所に待っている人はいなかった。それが、いまは違う。
待っている人がいる。
それだけで、力が湧いてくる気がする。
「大丈夫だよ。メイのところに必ず帰ってくるから」
『ぜったいだよ』
「うん。じゃあ、先輩の言うことは程ほどに聞いていい子にしてるんだよ。僕と話したかったら、先輩に言えば繋いでくれるから」
『わかった』
「じゃあね、メイ」
『バイバイ、むつきくん」
暗転するモニターを見ながら”むつきくん”に戻るのかよ!と、内心突っ込みをいれる睦月。”むつきくん”も悪くは無い。でも、”ぱぱ”と再び呼ばれることを期待してなかったわけではない。ちょっとした寂しさを感じながら、通信の途切れた真っ黒な画面を見つめる睦月は、さっさと仕事を終わらせて帰ろうと決意を新たにした。
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あとがき
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