第二話 鍵の掛かったDOOR(04)

 背後を振り向きつつ拳銃を構える。ちなみに睦月が使っている拳銃の弾は一発50円する。ウージーの弾も一発50円だが、一分あたり600発射出するので、必要経費は桁違いである。ショットガンの弾は種類にもよるが、50円から300円。今回は持ち込んでいないが、特殊な弾頭を使用できるライフルも所有している。


 後方が行き止まりで逃げ場がないので、睦月は自らも突進していつもより距離がある地点から引き金を引いた。前方に見えるのはゴブリンの群れだ。爆音に釣られてやってきたのは14匹ほど。予想以上に集まったものだが、その程度では、睦月の敵ではない。

 何発か急所を外したものもあるが、途中でマガジンを装填しなおし、ほとんど一撃の下に沈めていく。

 

『まだまだ来るよー』


 浅葱の見ている映像は、睦月の顔に付けられているカメラのため、彼が戦闘で暴れると当然のように揺れる。画像をコマ落としなどして、映像の中にモンスターがいないかを瞬時に判断している。それも、前後カメラ両方の映像の中から、それをやってのける浅葱は助手として恐ろしく優秀なのだ。

 彼女を雇って正解だったと思うところだが、睦月はあまりそのことは口にしない。言えば図に乗るのが目に見えているから。


 ゴブリンを処理し終えた睦月の目には、曲がり角の向こうから、オーガの群れが雄叫びと共に突貫してくる。全部で5体。


「ちっ」


 一人でやるには少々重たい。

 睦月はショットガンを構えつつ、手榴弾をいつでも投げれるように腰のベルトに引っ掛ける。行き止まりに向かって投げ込んだときと同じく、手榴弾では土煙が生じて、視界を奪うため極力使いたくはないのだ。


 接近する敵にむかって、いつも使っているボール型のスラグ弾からブリネッギ型に切り替える。ボール型に比べると射程が伸びる上に威力も向上するが、その分腕に掛かる反動も大きい。


 ズドンと右肩に殴られたような衝撃を受けながら、果たして弾丸は一体のオーガの頭蓋を打ち抜く。

 すぐに、二発目の弾丸を撃つ。その頃には、彼我の距離は20メートルを切っていた。オーガの突進のスピードは速く、残り四体を倒しきる前に、オーガが到達することは計算するまでもない。

 

 後退しながら3発目のスラグ弾を打ち込むが、下がれるのも残り数メートル。いま睦月が放った弾丸も、オーガは腕をクロスして防ぎきってしまった。片腕を吹き飛ばし、巨体を背後に仰け反らせるも、殺すには至らない。


「くそっ!!」


 ますます追い詰められていく状態に悪態をつく。残り三体。彼我の距離10メートル。せいぜい1秒以下の余裕しかない。弾を込めて狙いをつけると同時に、眼前に迫ったオーガの顔を弾き飛ばす。

 残りに体。


 握り締められた硬質の拳が睦月の側頭部に迫る。巨大なかなづちが打ち込まれるようなプレッシャーを感じつつ、体をしゃがみこませて、敵の真横をすり抜けるように前方へと転がり出る。


 これで、少なくとも壁と敵に囲まれている状態からは脱した。

 と、思った睦月の背後にゴブリンの群れがぞろぞろと現れる。


「またゴブリンだよ!!」

「おいおい、マジですか?」


 脂汗を流しながら、不適に笑う。

 窮地に陥ると人間の感情は狂いを見せる。眼前のオーガ二体と、背後のゴブリン10体。

 

「んなもん、ゴブリンの方がマシだろうが!」

 

 叫ぶと同時に、オーガに向けて手榴弾を転がしつつウージーを構えてゴブリンに突っ込む。短距離走でオーガに勝てるはずもないが、手榴弾が足止めしてくれると祈るのみ。失敗すれば、鋼鉄の爪の餌食になるのは睦月の方。

 パラララララッと軽快な音を立てながら、秒速10発の銃弾を撒き散らしながら睦月は走る。

 

 血を、肉を、骨片を、体液を撒き散らしながら体中に穴を穿たれていくゴブリンの生き残りに目をむけ、背後から爆発音が聞こえて、睦月の体を土煙が追い越していく。

 マガジンが空になったウージーから拳銃に持ち替えて残りのゴブリンに狙いを定める。


 と、何かが右耳を掠めて前方のゴブリンの頭を吹き飛ばした。首を捻ると、睦月の頭と同じくらいの大きさの岩が土煙を突き破り飛来する。横っ飛びに岩の砲弾を交わし、視界の端でゴブリンの肉塊がはじけ飛ぶのを確認する。転がした手榴弾はあいにくと、どちらのオーガも殺しきれてなかったらしい。煙が晴れた先には、鋭い牙を携えた獰猛な肉食獣のような悪鬼が二つ。


 狙いもつけずにショットガンを放つ。的は3メートル近い大きな体。適当に撃ったところで弾は当たる。一つの巨体を弾き飛ばし、無事だったもう一体のオーガが両腕を振り下ろしてくる。


『睦月君!!』


 戦闘中は不要な声をかけない約束をしている浅葱の悲鳴を聞きながら、睦月は短く息を吐いた。オーガの巨体を真っ向から見据えて振り下ろされる豪腕を紙一重で交わす。風圧で髪の毛が靡くも、睦月は冷静に拳銃でオーガの眼球を弾いた。


 耳を劈く不快な悲鳴から距離をとり、背後に迫るゴブリンを蹴り飛ばす。ショットガンにスラグ弾を再装填して、怒りの咆哮をあげるオーガの口腔に向かって引き金を引いた。


 先ほど胸を大きく陥没させたオーガが怒りに顔をゆがめながら睦月を睨みつける。だが、


「オーガ如きの眼光じゃ温いんだよ」


 いささかの余裕を込めて、迫りくるオーガに銃口をポイントした睦月はトリガーを引いた。腹に重低音を響かせて最後の一体を屠った。

 土煙が晴れて、血臭や体液の匂いの充満する狭い洞窟内にこれでもかとモンスターどもの死骸が転がっているが、動くものはなかった。


『よかったー。もう、ヒヤッとさせないでよ』

「はあ、さすがに疲れました」


 と言いつつも、睦月は休憩を挟むことなく動き続ける。これだけの死骸と戦闘音を響かせていれば、スライムを筆頭に他の化け物が現れないとも限らない。散らかした身の回りのものを回収しつつ、行き止まりの近くに放置していたカメラも回収する。空になったマガジンに新たな弾丸を装填しながら、足早に戦闘域から離れていく。


『全くもう、ダメ元で手榴弾なんか投げるからこんなことになるんだよ。気をつけなきゃ』

「それはそうですけど、隠し部屋の可能性がある以上、何らかのアクションはしないと意味ないですからね」

『無事だったから良いけど、オーガって結構危ない相手なんでしょ。随分と余裕かましてたけど?』

「はは、ちょっと戦いでアドレナリンが出てただけです」

『そうかしら、睦月君って意外と子供っぽいところあるからねぇ。ところでさ、オーガの眼光が温いってのは何と比較しての話なの?』

「へ?」


 おもわぬ変化球に間の抜けた声が洩れる。あの時、睦月の頭の中に浮かんでいた鋭い目つきは一つしかない。一瞬で何もかも凍りつかせる絶対零度の青い瞳。


『そういえば、ケイトっていまメキシコにいるらしいわ。美味しいタコスの屋台を見つけたそうよ。いいわよね。海外飛びまわれる仕事って』

「ん、ん、ん!?」

『でね、写真も見せてもらったんだけど、街がカラフルですごいかわいいの。グラナファトって言ったかしら?』

「ちょ、ちょっと。待ってください」

『どうかした?』

「どうかした?じゃないですよ。なんで、そんな話を知っているんですか?」

『この間、連絡先交換したの。ほら、私もせっかくフランス語勉強したのに外国語って使わないと、忘れてしまうじゃない?それにバリ島旅行に向けて英語もちょっと勉強したかったし』


 睦月の顔がじわりじわりと引きつっていく。


「ケイトと友達になった。なんて言わないでくださいね」

『友達ってなるものじゃなくと、気づいたらなっているものなんだよね』

「そういう話じゃなくて…その、ほら、メイのこともあるし、あんまりRDIの社員と個人的に付き合うのはどうかと…」

『大丈夫よ。公私混同なんてしないし。それに、子供じゃないんだから、友達くらい自分で選ぶわ』

「…ああ、もう、言っていることが一々正しいじゃないですか!!」

『何を焦ってるの?良く分からないなぁ』


 テレビ電話ではないから見えるはずはないのに、睦月には彼女の表情が手に取るようにわかった。きっと新しいおもちゃを手にした子供のように満面の笑みを浮かべているはずだ。


『ねえ、ところでさっきの話だけど…』

「スルーする気は無いんですか」

『だから何のことを言っているのかお姉さんわかんないなぁ。っと、そういえばね、ケイトから電話番号も聞いていたんだった。久しぶりに電話してみようかな。やっぱり、テキストだけじゃなくて、語学って喋るのが大切だと思うのよ』

「左手がようやく治ったところなんですが!」

『だから何の話?』

「…くっ!あの、すみません。電話をかけるのを止めて下さい」


 九死に一生を得た命が風前の灯になるのを感じて、睦月はその場に崩れ落ちる。この世には決して友人関係を築いては成らない二人というのがいる。混ぜるな危険と注意書きされている洗剤は、決して混ぜては成らないのだ。


『何の話をしているのか、私にはさっぱり分からないんだけど、どうしてもというのなら、電話のかける相手を変えてもいいわよ』


 冷たい汗が背中を流れるのを感じながら、睦月は恐る恐る聞き返す。


「……どこですか?」

『なんで、そんなに怯えた声を出してる。偶々、ほんとうに偶々なんだけど、いま見ている雑誌のページに”Jaune”が乗っているのよね』

「手榴弾一発分…」

『睦月君。私に一人で行けというの?もちろん旦那様と一緒だよ』

「……!!」


 ただでさえ、必要経費が掛かりすぎるDOORの調査員という仕事。貯金できない理由は、想定外の謎の経費があるからではないかと密かに思う。浅葱は間違いなく助手としては超一流で、雇っているメリットは言うまでもなく大きい。しかし、デメリットのほうが多いんじゃないかと考え始める睦月だった。



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あとがき


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