幕間4

「むつきくん。おかえり」

「メイ。ただいま。今日は本当に疲れたよ」


 事務所に帰るなり、小さな天使を抱き上げてクルクルと回転する。それだけで、疲労の何割かが軽減されている気がする。その様子をほほえましく見ながら、浅葱が「おつかれ」と睦月に声をかける。


「おつかれさまです。すみません、ちょっと時間が押してしまって」


 戻り時間も計算してDOORの調査を切り上げたつもりが、魔物の群れに襲われ予想以上に時間がかかったのだ。いつもなら夕方6時には戻るところだが、すでに8時近い時間である。


「問題ないわ。明日も潜るの?」

「新しい依頼が入るまでは…」

「じゃあ、旦那には時々遅くなるって言っておくわね」

「すみません。ご迷惑お掛けします」


 日帰りで潜ろうとすると、どうしても9時5時の通常勤務時間ではどうにも成らない部分がある。ダンジョン入ってすぐのセーフティゾーンみたいなエリアがあれば、泊りがけという調査も可能になるけども、今のところ見つかっていない。もっとも、ダンジョン型の代表格である『無限回廊』では一つ目のセーフティゾーンが出るのが20階層だったりする。ルートの確立した今でも、最短で3日は掛かる距離である。

 チームを組めれば、見張りを立てて休憩することも可能になるのだが、新たな人を雇う余裕などあるはずもなかった。


「いいのよ。がんばってるご褒美に、フレンチフルコースのボーナスが出たって言えば、彼も何も言わないわ」

「…そういう話にすり替わるんですね」


 睦月は疲れがどっとぶり返す思いで、苦笑いを浮かべる。はあ、と大きくため息つくと、メイがクリクリとした瞳で、どうしたの?と聞いてくるので、首を左右にふって、なんでもないと答えつつ。癒しを与えてくれるメイにもご褒美を上げることにする。


「なあ、メイ。いつも家の中ばかりだと窮屈だろ。今度、一緒に遊園地に行かないか?」

「ゆうえんち?」

「そうだ。遊園地。テレビで見たことないかな。大きな滑り台があったり、大きなカゴに乗って時計みたいにぐるっと回ったり、お化け屋敷があったりするところ」

「きりんさんはいる?」

「キリン?キリンは遊園地にはいないけど、メイはキリンが見たいのか?」

「むつきくんしってる?きりんさんは首がこーんなに長いんだよ」


 手を命一杯に伸ばしてキリンの首の長さを表現するメイのかわいらしさに睦月は胸が熱くなる。ここに来て2ヶ月近くなるメイは、少しずつ言葉も年相応にしゃべれるようになってきた。視線を彼女の高さまで落とし、頭に手を置いた。


「じゃあ、遊園地じゃなくて、動物園に行こう。キリンだけじゃなくてゾウも、ライオンも、トラもいろいろいるよ」

「アルマジロは?」

「アル…って、渋いな。いるかどうか分からないけど、とにかくいろんな動物がいるんだ」

「やったー」


 メイがソファの上で、”きりん”を連呼しながら飛び跳ねる。


「メイちゃん、良かったね」

「うん!楽しみ!」


 いままで見たことがないほどの満面の笑みを浮かべて喜びを表現しているのを見ると、誘ってよかったと思うのと同時にいままで閉じ込めていたことに対する罪悪感が湧き上がってくる。これはきっとメイへのご褒美ではなく睦月へのご褒美なのだろう。


「きりん!きりん!きりん!あるまじろ♪」


 リズミカルに動物の名前を連呼するメイが”あるまじろ”で特大のジャンプをしてみせる。身長ほども飛び上がったメイに呆気に取られ目を瞬かせる。


「危な!」

 落ちたら危ないと思って、睦月が手を伸ばすが、いつまで経ってもメイは睦月の腕の中に落ちてこず、あれっと思って見上げると、天使が舞い降りてきた。


「メイ!!?」


 純白の羽が背中の服を突き破り、空気を包み込んだ翼が自由落下の速度を和らげる。余裕を持ってコンクリの床に着地したメイを抱き寄せる。背中の羽を確認すると、すぐに羽は小さくなりいつも通り服の中に戻っていく。服に開いた穴だけが、先ほどの光景が夢ではないと教えてくれる。


「……前回もこんな感じだったんですか」

「そうなのよ。服に穴が空いちゃうから困るでしょ」

「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょうが!!」

「むつきくん、怒ってるの?」

「ああ、いや、メイは何も悪くないよ。ただ、その、羽を広げるのは止めとこうか。うれしいと広がるのかな?ちょっと、原理が全くわからないけど、動物園でテンション上がってもそれやっちゃだめだからね」

「ごめんなさい」

「もう、睦月君のせいで…」

「ごめんなさい」

「もう、きりんさん、だめですか?」


 瞳を潤ませてメイが言う。それを見て駄目だと言える大人がいれば、そいつは頭がおかしい。


「そんなことないよ。もちろん、動物園にいくよ!」

「せんぱいもいっしょ?」

「えっと、それは…」


 どうしよう?と浅葱の視線が睦月を捉える。睦月は内心を押し殺し、首を縦に振った。


「うん。私も一緒に行くよ」

「やったー!!」


 一瞬沈んだメイの表情が再び太陽のように明るく輝く。再びソファの上でホッピングを始める少女を見ながら、睦月はため息をついた。浅葱と一緒に行くことが駄目なわけではない。彼女がいる方が良いことはあるのだ。ただ、人に見られたら不味い。睦月の親戚の子を遊園地に連れて行くのに、仕事上の助手を連れて行く理由がないのだ。

 楽しみ9割、嫌な予感1割を覚えながら睦月はその日を迎えることになった。

 そして、嫌な予感と言うのは往々にして当たるものである。


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あとがき


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