第二話 鍵の掛かったDOOR(02)

 沈黙を破ったのはモンスターの襲撃だった。


『睦月君、後ろ!!数は…わかんない』


 浅葱の警告がイヤフォン越しに鳴った。ぱっと振り返った睦月の目に、うごめく影が見える。数が分からなかったのは、対象が人型じゃなかったからだろう。

 巨大なアメーバ状の化け物。

 スライムと名づけられた粘菌のようなモンスターだ。別名をスイーパーといい、DOOR内部を動き回り有機物を見つけると体全体で覆いかぶさって、接触した部分から融解し、液状化していく。そうして死骸を掃除してくれるのだ。だが、残念ながらスライムが捕食するのは死骸に限らない。


 睦月は拳銃をホルスターに戻すと、後退しつつバックパックに手をかけた。

 ゲームに登場するスライムは雑魚だが、この世界のスライムは強敵ではないものの厄介な相手である。菌類のような性質のため、銃撃しようとも、ナイフで切断したところで意味はない。目の前にいるのは直径1メートルほどの饅頭型を取っているが、これらは個にして全、全にして個である。真っ二つに切れば、それぞれが別の個体となるし、そのうち合体してまた一つとなる。

 スライムを殺す方法はただ一つ。燃やし尽くすことにあるのだが、あいにくと火炎放射器までは持ち込んでいなかった。なので、睦月の取る手段はただ一つ。


 バックパックから取り出した手榴弾のピンを抜くと、スライムに向けて放り投げた。

 一瞬の後、爆音が響き渡りスライムが洞窟内に散らばった。スライムの破片はゆっくりと近づいていき、どんどん大きな塊に戻ろうとする。だが、それを待つことなく睦月は先に進む。

 スライムは体が大きくなるほど、早く動けるようになるため、ばらばらにしてしまえば一定の距離を稼ぐことが出来る。

 追いかけられる心配はなくなるという対症療法である。ただ、これにも欠点はあるのだ。


『睦月君!!右手に複数の影があるわ。たぶんゴブリン』


 正面のT字路を左折した直後のことだった。

 スライムを散らすために使った手榴弾の爆音がモンスターを呼び寄せてしまうのだ。浅葱の警告に背後を振り返った睦月はゴブリンの群れを見て、一瞬ウージーに手が伸びかける。だが、気を取り直し両手に一丁ずつ拳銃を構え、迫り来るゴブリンに狙いを定める。


 攻略済みの二階層で無駄弾は消費できないと思ったのだ。余裕を持って有効射程距離まで駆けて来た化け物の頭を打ち抜く。軽い炸裂音が響き、脳漿をぶちまけた。

 更に続けざまに二発。

 睦月の放つ弾丸は、確実にゴブリンの急所を打ち抜いていく。距離をつめてるゴブリンから離れるように、バックステップを取りながら更に二発。ほとんど眼前に迫った化け物の凶悪な顔を睨みつけながら左右の拳銃が火を噴いた。間近に迫る敵を睦月は冷静に処理していく。

 気がつけば周囲にはゴブリンの死骸が全部で9つ。

 もちろん、彼には傷一つついていない。


「ふぅ。助かりました」


 大きく息を吐いて呼吸を整える。浅葱のフォローがなければ、この程度の敵でも処理するのは厳しいのだ。早期発見したお陰で、冷静に最小限の消費で対処できている。睦月の自宅に出現したDOORのダンジョンは相当に広く、道が幾度も分岐を繰り返しているため、すでにマッピングの完了した2階層ですら、最短ルートを通っても1時間は必要となる。


 浅葱を助手として雇う前の探索では、敵の接近に気付くのが遅れ、ウージーの力任せな掃討で逃げることも多かった。それでも、ゴブリン程度なら問題はないが、ここのダンジョンにはもっと凶悪なモンスターがいる。


 睦月はカメラを目線の高さに前後に設けているので浅葱はパソコンのモニター上で、睦月の見ている前方の画像に加えて、背面の画像も表示しているのだ。

 パソコンのモニターだからこそ可能なサポートである。

 以前、一人だったころ、視界の端に背面が映るようにしたメガネを装着してダンジョンに潜っていたのだが、使いこなすことは出来なかった。


『怪我は?』

「ないです。ありがとうございます」


 拳銃のマガジンを取り出して、弾を補充しておく。装填数は左右合わせて18。拳銃を撃つときは、必ず残段数を脳内でカウントしておく。敵を目の前に空撃ちする愚は犯せないからだ。


 睦月は歩き出しながら、戦闘前に考えていたことを口にする。


「今度、遊園地でも行ってみますか?」

『随分唐突なデートのお誘いだけど、ごめんなさい』

「…メイとですよ」

『分かってるわよ。どうしたの』

「先輩のいうことも一理あるなって思ったんです。先輩が用意してくれた黒髪のウィッグさえつければ、そんなに目立つわけでもないし。たまにだったら親戚の子供を預かってるって体裁も通じますよね。RDIみたいな同業者とか、DOOR関係の人にさえ怪しまれなければいいんですよ」

『うんうん。睦月君はちょっと神経質すぎるもの』


 睦月は歩きながら苦笑いを浮かべた。RDIの頃にも散々言われてきた言葉だ。神経質あるいは注意深いということは、調査員として歓迎すべき性格だけど、時には飛び込む勇気がなければ調査員として一流には成れない。卒業試験の後、ケイトは睦月のことをそう評価した。


 独立して一人でDOORに潜るようになってからも、怪我をすることはあっても生きていられたのは、この石橋を叩いて渡る性格のお陰だろうと思っている。

 もちろん、ある程度諦めている部分もあるのだ。

 金銭的に手が出ない計測器などもあるため、最低限の事前調査で実地調査に移行しているのだから。


 浅葱との軽快な会話を続けながら、時々モンスターを撃ち殺し二階層を抜けた。

 そして、三階層に侵入する。


「先輩。先導は任せますので、虱潰しにマッピングをお願いします」

『りょーかい。とりあえず、真っ直ぐ。最初の分岐を右ね』


 事務所の浅葱が見ているモニターには、睦月のカメラ画像が前方と後方の二画面、さらに睦月のバイタル値をあらわす数値などを示す画面、そして最後に地図が表示されている。分岐と結合を繰り返すくもの巣のように張り巡らされたダンジョンを、マッピングもなしに進むことは不可能だ。

 RDIの開発したマッピングソフトを使用して、睦月が歩いた場所は事務所のパソコンに記録されている。その地図を見ながら、浅葱の先導で地図を完成させていく。


 DOORの調査というと、世間一般の認識では危険を伴うも未知の冒険を彷彿とさせる花形の職業であったりするのだが、実体はかなり地味である。様々なデバイスを駆使して、安全に一歩ずつ進んでいくさまは”冒険”と呼ぶには語弊がある。2階層はすでに調査済みだが、3階層はまだ半分ほどしか踏破していない。そのため、睦月の足取りはさきほどよりもゆっくりだ。


 腰溜めに構えた拳銃を、物音が聞こえるたびに引き上げる。浅葱のサポートで肉眼で捕らえるより先に、熱源を見つけられるとはいえ、化け物はなにも全てが体温を持っているわけではない。

 爬虫類のような変温動物であれば壁と一体化する。

 もちろん、動きがあれば発見は可能であるけども、岩陰に隠れて獲物を待ち構えていれば索敵に引っかかることはない。今までの調査で、二階層にその手のモンスターがいないことは調査済みであるが、三階層に限ってはそういうわけにもいかない。


「やっぱり、エコロケーション装置買った方が良いんですかね」

『なにそれ?』

「音の反響で、空間の構造を捉える装置です。岩の陰に何かが潜んでいても、発見できる可能性があるんです。それに曲がり角の先も見えますし」

『へぇ~。いいじゃない?高いの?』

「ピンきりですね。有効距離とデバイスの大きさに寄りますから。持ち運びを考えると、小型で軽いものがいいんですが、当然値段の張るし、こっちが先手を取るためにはある程度の距離は欲しいですよね」

『でも、命には代えられないわけでしょ』

「もちろん。でも、岩場の陰に隠れたヘビとかを形だけで判断するって、先輩の負担も大分大きくなりますよ。色で分かるわけじゃないんだし」

『アプリとかで、自動認識しないの?』

「ああー。RDIは図鑑に載っているモンスターを自動認識するツールを持ってましたけど、しゃれにならないレベルで高いです」

『お金か』

「お金です」


 はあ、と大き目のため息をこぼす。

 RDIの頃の調査は金に物を言わせて、安全マージンを確保していた。その上、1チーム5人のチームで行動していたため、荷物の量も各人に分配できるため、多少デバイスで重くなろうとも問題ないのだ。


 今の睦月はそれらすべてを一人で運ばなければならない。そのため、出来るだけ軽い小型のデバイスを求めるのだが、それは結局高額な機器に成ってしまうのだ。

 そして、個人経営の睦月にそんな財力はない。

 お金を稼ぐためにお金が必要という悪循環から抜け出す手立てはないのだと再びため息を漏らすのだった。


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あとがき


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