第二話 鍵の掛かったDOOR(01)

 欄間ギリギリの高さに、部屋を跨ぐ形で居間と仏間の間に金色の豪奢なDOORが立っていた。

 地上には存在しない数多の動植物の細工が施され、一つの芸術品のような美しさがそこにある。見ているだけでも美しい扉であるが、人々が求めるのはその中にこそある。

 睦月はポケットから一本のアンティーク調の鍵を取り出すと、鍵穴を差し入れて右にまわした。小さなかちりと言う音が聞こえ、ロックが外れたことが知れる。


 世界に現出するDOORは基本的に鍵を必要としない。ただし、現状判明しているだけで36のDOORで鍵が掛かっていた。鍵はDOORが現れたときから刺さっていて、ピッキングしなければ入れないということは無い。ただし、鍵を複製することは出来ず、最初に存在してる鍵を使う以外に扉を開ける方法は無い。


 そして、何よりも重要なのは、鍵のついたDOORの異界は巨万の富を生む可能性を秘めているということにある。通常のDOORは未調査で500万から~1000万で取引されるが、鍵つきのDOORであれば、未調査ですら億がつく。それでも安いくらいなのだ。

 奇跡の万能薬を生み出すDOORや、無限回廊のDOORはすでに桁違いの利益を生み出している。このDOORは睦月の自宅に出現したものだったのだが、そういった理由から未調査での売却は考えていなかった。

 程度では、睦月の欲しいものは手に入らないのだから。


 しかし、自力での調査には莫大な費用が必要だった。

 お金を得るために、お金が出て行く日々。

 一種の賭けではあったが、独立したことでRDI時代よりも稼ぎは増えて自前のDOORに挑戦する機会にも恵まれた。自営業ゆえに時間の都合も付けやすいこともある。

 先日のRDIからの下請け仕事で、通常とは比較にならな儲けを生み出すことが出来たこともあり、すぐにでも調査に入りたかったのだが、調査で負った怪我で、あれから一月ほど時間がたっていた。


『準備は出来た?』

「もう少しです」


 本来仕事とは関係のないDOORの調査であるが、優秀な浅葱を助手として起用しない理由は無い。睦月は人工型アーティファクトのDOORでは念のためくらいの意味合いで持ち込んでいる拳銃に加えて、拳銃をもう一丁、軽機関銃(ウージー)に、ショットガンを装備している。持ち込む弾薬の数もいつもとは桁違いである。


 なぜならこれから入るのは洞窟型ダンジョンのDOOR。

 化け物が出ることがすでに分かっているのだ。

 睦月が中に入るのはすでに4度目。残念ながら、いまだに三階層の半分程度しか調査は進んでおらず、これといった成果は出ていない。しかし、RDIの下請けで稼いだお金で弾薬や、通信用の中継器をしこたま仕入れたので本格的な調査が可能だった。


「っし。準備できました。それじゃあ、行ってきます」

『うん。気をつけて』


 前回のトラウマからか、すでに入ったことがあるというのに足元を確かめながらDOORを潜る。畳の間から入った先は、ロッジのような場所だった。特に意味のない空間なので、足早に抜けてさらに奥に構えている木枠の扉を開く。どういうわけか、入り口と同じDOORの鍵でしか開かない不思議なつくりをしている。

 そのためか、この空間にはDOORの化け物は決して入ってこない。

 ダンジョンの途中にでもあれば、ベースキャンプとして使えるのだが、自宅に出現したDOORの入り口にそんな空間があったところで、利用する理由がないので足早に通り過ぎていく。


 木製の扉を開けた先は、地下に向かって降りるように階段状に岩場が形成されていた。その先は土と岩に覆われた洞窟のような場所。ヒカリゴケのようなものが生えていて、洞窟内は薄ぼんやりと視界があった。それでも、暗いことには代わりないので、いつも通りのヘッドライトは装着している。

 

 睦月は拳銃を両手に構えながら、何度目かの洞窟を歩いていく。高さ3~4メートル、幅2メートルから5メートルと広がったり狭まったりしながら奥に奥に進んでいく。化け物はどういう原理か、殺しても殺しても沸いて出てくる。まさにゲームのダンジョンである。不思議ではあるが、そういうものだと思っているので、睦月はそのつもりで先に進む。それを否定するのなら、密閉空間であるDOORに常に一定濃度の酸素が充満していること自体異常なのだ。


『見えてる?』

「見えてます」


 浅葱の声に反応するように、前方に二体の人型の影が現れる。それは、睦月の存在に気付いたのか、小走りになって近づいてくる。段々と姿を大きくし、睦月のヘッドライトによってその姿がはっきりと映し出される。

 緑色の肌をした腹の出た小鬼である。ゲームに出てくるモンスターに似ていることから、ゴブリンと命名されたそれを睦月は、狙い済まして拳銃で弾いた。

 

 パン、パン。


 洞窟内に破裂音を響かせて、直後ドサッとゴブリンは地面に倒れ付す。死骸からは紫色の体液が零れ落ちてくる。


『うへぇ、気持ち悪いもの見せないでよ』


 カメラを通して睦月と視線を共有する浅葱から不満そうな声が聞こえてくる。


「無茶言わないでくださいよ。大体、前回も見てたじゃないですか?」

『私はいいけど、メイちゃんのことも考えなさいよ』

「…見てるんですか?」

『隣の部屋にいるから見ては無いけど。冷蔵庫とかトイレはこっちの部屋通るんだからさ』

「それは…そうですね。って、ドアが開いたら表示画面切り替えれば済む話じゃないですか。そのくらい対処してくださいよ」

『そんなことして18禁画像が出てきたらどうするのよ』

「事務所のパソコンで何見てるんですか!!」

『失敬な!私は見てないけど、睦月君のことだから、そういう画像ばかり立ち上げているでしょ。ってごめんなさい。勃ちあげてるでしょ』

「いやいや、何を言い直したのかさっぱりですが、事務所のパソコンでそんなもの見るはず無いでしょうが!!」


 洞窟内でモンスターに気付かれてしまうのではないかと思いつつ、浅葱の発言に思わず声が大きくなる。


『本当に?』

「一体僕のことなんだと思ってるんですか?」

『むっつりすけべだから、むつきくんって呼ばれてるんだよね?』

「なわけあるか!!本名ですよ!!親が付けてくれた大事な名前ですよ!」

『1月生まれでもないのに?』

「1月生まれでもないのに…ってこれ何回目ですか?」

『いやぁ、だって何回聞いても笑えるんだもの』

「人の名前をネタみたいに…これでも気に入ってるんですけど」

『うん。私もいい名前だと思うわ。っと、前方に熱源反応あり』

 

 目を細めて前方に集中する。大声を出したせいで、敵を寄せたのかもしれない。

 ヘッドライトの届かない範囲でも、赤外線を使用したカメラでは体温のある化け物の姿を捉えてくれる。それだけでも、浅葱という助手の存在は大きい。今度現れたのも先ほどと同じゴブリンが二匹。必要な間合いまでひきつけて、きっちり二発の弾丸でかたをつける。無駄打ちしない程度に睦月の腕は確かである。


 ゴブリン程度の足の遅い化け物であれば、恐れるに足らない。

 きっと、ケイトだったら拳銃すら必要としないだろう。いまだ若干の違和感を覚える左手に視線を落としながらそんなことを想像する。重火器は化け物に対して大きなアドバンテージとなる。しかし、どうしても”弾切れ”というデメリットを抱えているのだ。

 だからこそ、睦月も弾の節約を考え、ゴブリンを決して外さない距離までひきつけて仕留めている。ゴブリン程度ならナイフや素手でも最悪対処できるのだが、だからといって近接戦をしようとは思わない。


『ねえ、ゴブリンってどうなの?臭いの?』

「死んだ直後はそんなこと無いですよ。放置してれば腐るので当然匂ってきますが」

『腐るんだ。っていうか、そんな見た目でもやっぱり生き物なんだよね』

「うーん。微妙なところです。RDIの調査によれば、生き物ともいいにくいんですよね」


 生み出したゴブリンの死骸を跨ぎつつ洞窟の先に歩を進める。


『どういうこと?』

「ダンジョン型DOORに出てくる化け物って、生殖しないんですよ。自然発生するんで、親から子が生まれるわけじゃないんです。それに、DOORに入れば、人に襲いかかってその肉を貪るんですが、基本的に連中に食事の必要は無いんです」

『飲まず食わずで行き続けるってこと?』

「あくまでもDOORの内部に限りますが。RDIで捕縛して1年以上観察していたそうですが、食事を取らず活動を続けたそうです。ただ、DOORから外に出すと数日で飢え死にしたそうです」

『えぐい調査してるわね』

「まあ、否定はしませんが、未知のものに対する処置としてはしょうがないかなと」


 睦月は歩きながら、時々現れる化け物を狙いたがわず銃の餌食にしていく。すでに踏破した場所だからと慢心は一切していない。会話の最中にも、油断なく周囲に目を配り続け、浅葱もまた熱源を感知すれば睦月へと報告する。


「だからこそ、メイのことは他言無用なんですよ」

『古巣でも信用できない?』

「ある意味では」

『でも、もう2ヶ月近く軟禁してるからね』

「…分かってますけど、軟禁って、相変わらず言葉がきついです」

『だって、事実じゃない?メイちゃんは何も言わないけど、それでも、少しくらい外に出してあげても良いんじゃない?』

「僕だって、それは分かってるんですよ。でも、どうしろって言うんです?」


 思わず声が大きくなる。

 洞窟内部で反響した自身の声にハッと我に返り周囲へと目を向ける。浅葱の言葉が響いていた。メイに対して父性を感じている睦月にとって、部屋から一切出さずにいるということに罪悪感を感じないわけではなかった。分かっているからこそ、浅葱の言葉が心に突き刺さる。

 彼女が嫌がらせで言っているわけでないことも、ただ、メイのことを思っての発言だとわかっているからこそ、睦月も困惑する。


 正解のない問題。

 RDIの下請けをしていたときに、浅葱はメイに黒髪のウィッグを被せたり化粧をしたりして、目立たない方法を幾つか考えてくれた。それでも、睦月は外に出すという判断は下さなかった。


「すみません。ちょっと…」

『いや、私の方もごめん』

「はあ、どうしたもんですかね」

『…』


 返事は返ってこない。

 彼女もまた睦月と同様に思い悩んでいるのだ。睦月がDOORの調査に出る日中は、メイの世話をするのは浅葱の役目だ。一緒に過ごしている時間は、睦月と同じくらい長い。それはつまり同じくらい思い入れがあるのだ。睦月が感じている父性のように、浅葱もまた母性に近いものを抱いていた。


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あとがき


読了ありがとうございます。

ちょっとパソコンがクラッシュしたため、更新遅れます。


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引き続き宜しくお願いします。

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