第一話 下請け(03)

 そこは神社の一角だった。

 常勤の神主もなく、参拝客もほとんど訪れないような寂れた神社の一角に木造の卍のような文様の彫られたフレームが特徴のDOORがぽつんと立っていた。DOORの周りは運動会で見られるようなテントに囲われ、不審者が近づくことが無いようにとRDIの社員が警備として立っていた。調査員ではない一般社員。大手の事務所なのでこの手の人材にも事欠かない。


「如月調査事務所の如月です」

「お待ちしていました。一応、ライセンスを見せていただいても?」

「もちろんです」


 財布の中に仕舞い込んでいる一枚のカードを取り出した。

 見た目には自動車免許と同じように、写真つきの身分証であるがDOORのライセンスは国際免許のためすべては英語表記だ。RDIの男にライセンスを渡すと、弁当箱のような機器に磁気データを読み込ませる。元々、このライセンスの発行もRDIが主導して行っていたために、読み取り機器も持っているのだ。問題ないことが確認されて、ライセンスが返される。


「それで、お願いしていた銃のほうは?」

「え、ええ。こちらです」


 RDI社員はこちらですといって、一人の老人を紹介してくれた。なぜ銃でなく老人なのかと睦月が聞くと、ご老人は鹿児島県の猟友会の所属する人らしい。


「すみません。拳銃と伺っていたのですが、一番簡単な方法がこれだったので」


 つまり、猟友会の人から猟銃を借りるという方法である。猟友会の人間をわざわざ連れてきたのは、RDI社員の彼には銃を扱う許可がなく、ライセンス持ちの睦月に直接手渡すという段取りが必要だったのだ。睦月は銃を所持しているが、飛行機で現地入りするには銃の持込手続きが面倒だったのだ。


「不味いですか?」

「いえ、まあ、問題はないです」

「そうですか、よかった。でも、今回アーティファクトタイプですよね。必要ないのでは?」

「まあ、そうなんですけどね。念のためです。”絶対を疑え”と教えられていたので」

「”絶対を疑え”、もしかしてうちの元社員ですか」

「ええ、一年前まで」

「なるほど、それで今回の依頼の流れになったんですね。日本支社じゃないですよね。自分、五年前から働いているので…」

「ええ、本社のほうですね」

「それじゃあ、研修も?」

「ええ、キャサリン=シークレスト少佐ですよ」

「…キャサリ…あの、そ、それは…」


 彼女の武勇伝を聞きおよんでいるのだろう。彼の表情がにわかに引きつった。


「まあ、そんなわけで、個人経営ですけど安心してください」

「了解しました。夕方18時に別のものと交代しますが、基本的にRDIの社員が表に立っていますので、何かあれば声をかけてください」

「ありがとうございます」


 テントを潜って中に入る。

 警備員を立てているのは、DOORには小細工が出来ないからだ。もし、ドアそのものを加工して鍵の一つでもかけることが出来るなら、警備を立てる必要は無いのかもしれない。でも、ドアには傷一つけることできず、移動させることも不可能だ。

 大型ダンプをぶつけても、クレーンで引き上げようとしても、プラスチック爆薬で爆破しても何も起こらない。ある場所で見つかったDOORはアパートの3階部分にあり、試しにアパートそのものを爆破したことがあった。すると、DOORに繋がる床から柱部分を残して、アパートは倒壊。

 崩れたはしごの上に立つように、明らかに不自然な状態でいまもなおDOORは在り続けている。


 故意であれ不本意であれ、無関係な人間が入らないように警備をしている。本来はオーナー側の責任だが、そこはそれ。RDIのような会社はかゆいところにまで手を届かせる。

 

 睦月は持ち込んできた機材を展開し、DOORに念のためにぐるぐる巻きにしているチェーンを取り除いていく。通信機器の電源を入れて、借用した猟銃の確認をする。睦月の所有するショットガンとの違いはあるけども、似たり寄ったりなので使いがってはほぼ同じだろう。全長120センチくらいかと、構えてみて感覚を確かめる。装備品の確認をしながら東京の事務所に連絡を入れる。


「先輩聞こえますか。こちら現地到着です」

『音声良好。バイタル確認、オールクリア。映像に若干の乱れがあるけど、電波悪いのかな』

「山の中の神社なんで、こんなものかもしれないです」

『おっけー。まあ、時々ノイズあるけど問題ないよー』

「メイの様子はどうですか?」

『なーにー、まだ睦月君が事務所でて5時間だよ。普通にしてるよ。さっきも元気にお昼のおうどん食べてた』

「それを聞いて安心しました」

『睦月君って子供できたら絶対親バカ一直線だね。それより、そっちはどう。お昼は何食べた?黒豚とんかつ?』

「まさか、コンビニのサンドイッチで済ませました。少しでも早く戻るためにも、余計な寄り道してる暇ないですよ」

『真面目だね~。そういえば黒豚とさつま揚げ以外にもいろいろあるみたい。かるかんに、芋焼酎、あとあと、かすたどんっていうのが定番で』

「先輩。僕は仕事をするために来たんですが?」

『後輩。私は黒酢も買ってきて欲しいと思っているのだよ』

「…聞いてないですね」

『違うのよ。黒酢はメイちゃんが言ってるの』

「かるかんや、かすたどんならともかく、メイが黒酢を欲しがりますか?」

『最近の子はませてるわね。なんでも健康に良いらしいわ』

「ぶれないっすね」

『まあ、良いじゃない?何も西郷どんをお土産に欲しいっていってるわけじゃないんだし』

「全然納得できないんですが、とりあえずこっち準備できたんで、中に入ります」

『了解、気をつけて』


 途中までどれだけいい加減な会話をしていても、睦月が入ると言えば彼女も声のトーンを切り替える。中に入る瞬間がどれだけ緊張するものか彼女も分かっているのだ。だからこそ、適当な会話で場を和ませる。スイッチのON/OFFが出来ない相手では睦月も彼女を助手にしようとは考えなかった。


 ドアノブを捻り扉を手前に引き寄せる。

 そういえば、DOORには押して入るものやスライド式はないなと、ふと思う。

 

 不可視の膜を潜り抜け中に侵入する。

 瞬間、睦月の体を違和感が包み込む。


「なんだこれ」


 水の中でも無いのに、水中深くに潜ったときのような息苦しさと圧迫感。身体そのものが重くなったような感覚を覚える。足を一歩前に出すが、それが酷く重たい。身体を包むのは空気だ。しかし、空気が体に纏わり付くように脚の動きを阻害している。

 やはり、水中を歩いている感覚が近いなと睦月は思う。


『睦月君。バイタルに異常が出てる。心拍数と血圧が上がってる』

「ですよね?すごい息苦しいです。体も重いし」

『一旦戻る?』

「いえ、とりあえず動かずこのまま様子見ます。心拍150、血圧が200超えたら教えてください」

『ちょっと、それ通常の倍以上だよ。もっと手前でアラーム成らすわよ』


 浅葱の言葉を無視して、部屋の中を観察する。

 事前に貰った情報どおり、DOORに入ってすぐの部屋はは一辺が6メートルほどの四角い部屋だ。左手のコーナーから先に続く空間が見えているが、その先にドローンを飛ばしたところで機体はクラッシュしていた。それに、この部屋の中でもドローンの操作には異常が見られていたのだ。

 その原因がいま睦月が感じている重さだろう。

 内部に侵入した時点で、急激に高度を地面すれすれを這うところまで落としていた。そこから人間の目の高さまで上昇をさせていたが、そのときの電流値も明らかに異常だった。通常の倍以上の出力して初めて上昇を可能としていた。


 つまり、睦月がいま感じている体の重たさをドローンも感じていたということになる。だが、一つ不思議なこともある。RDIの調査では気圧も測定済みなのだが、異常値は見られてなかったのだ。


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あとがき


読了ありがとうございます。

ようやくDOOR調査開始ですが、絵面が酷く地味です。

動きが全くないのだが、どうしよう?


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