第四話 親子 (01)

 森を捜索してすでに3時間ほどが経過している。

 ドローンのバッテリー交換も三度目。交換して、元の軌道に戻っていく機体を見ながら空を見上げる。変わることのない満天の星空がそこにはあった。

 それを見ても睦月の心は欠片も動かない。

 その理由は自覚している。


 静かに森の中を動き、何かを見つければカメラを取り出しシャッターを切る。すでに五種類の動物を発見していた。新種ということはなくデータベースでそれらは確認されている。赤爆猿や黒王蜘蛛のように危険なものではなく、鳥やリスのような小動物である。


 睦月は静寂の中、周囲の音を聞き分ける。

 森の中を風が吹きぬけ、葉っぱがざわめき木々をにぎわせる。

 足元に伸びる草花が、火傷の酷い足首を撫でるとぴりっとした痛みが生じるが、調査には支障はなかった。


 遠くからは川の流れる音も聞こえ、鳥の歌声も数種類、豊かな動植物の環境が整っているらしい。太陽が昇らないのに、植物がどうして生きているのかなど疑問に感じる点もあるが、それらは”DOORだから”の一言で解決してしまう。


「そっちはさっき歩いたわよ」


 イヤフォンから冷たい声音が聞こえてくる。

 睦月が森の声に耳を傾けていたのは、普段は途切れることのない浅葱の無駄話が聞こえてこないから。

 彼女は必要なときしか声を発しなかった。


「いい加減、機嫌を直してくださいよ」

「……」


 睦月はぼやくが、返事は返ってこない。

 浅葱は怒っていた。

 メイがネットを騒がせていることを知った睦月は、彼女を世間の目から隠すためもっとも安全だと思われる場所に連れて行った。それはつまり、自宅にあるDOORの中である。


 誰かが少女と睦月の関係に気付き、家捜しをしたところで鍵の掛かったDOORの中までは確認が出来ない。睦月が明確な規約違反を行っているとすれば、犯罪の証拠があるのなら強制捜査も可能だろう。だが、それがなければ、手出しできない究極の安全地帯。


 DOORは入って直後が休憩スペースのような安全地帯になっていたため、布団やテーブル、椅子、数日分の水や食料を持ち込んで鍵をかけた。

 

 幼い少女を監禁したのだ。


 例え守るための行動だと分かっていても浅葱は非難した。メイをそんな場所に閉じ込めるのかと。睦月とてほかに方法があるのなら、違う選択をしている。苦肉の策だったのだ。ほんの少し前にメイのお陰で九死に一生を得たばかり、感謝こそすれ害意を為すつもりはない。


 何もないかもしれない。


 ただの思い過ごしで、メイの背中から生えている羽はただの作り物で、少女がコスプレをして街中を走っていただけだと片付けられるかもしれない。DOOR由来のものだと一体誰が結びつけるだろうか。それはもう都市伝説のようなものでしかないのだ。


 だが、と睦月は思う。


 そもそも、メイは本当にDOORで生まれたのだろうか。

 

『その先何かいるよ』


 睦月の思考を遮るように浅葱の声が届く。

 しかし、暗視スコープを使って前方を確認してみるが何も映っていない。


「リアルタイムですか?」


 前日までのマッピング映像であれば、移動している可能性もあるのだ。しかし、


『そうだけど、見えない?』

「見えないです。大きさとか数は分かりますか?」


 睦月は少しだけ声に力を込めた。上空のドローンは睦月を中心に半径150メートルを網羅しているが、端のほうだと木々が邪魔をして見えないこともある。いつもの浅葱なら、その辺も考慮して情報を伝えてくれるのだ。辛うじてサポートをしてくれているが、十分だとは言えなかった。


『距離は120メートルくらい、塊に見えるから数は分からないけど全体で5メートルくらい』


 一体だとしたらかなり大型の獣だ。睦月は進むべきか熟考する。普段ならここで引く理由はない。敵の正体を暴くくらいのことはするのだが、助手との連携が取れていない状態で、果たして危険はないか。

 メイのことで立腹しているのはわかるが、プロに徹してくれないかと睦月は思う。

 それと同時に、そこまで求めるのは酷だろうかと自答する。


 睦月はRDIで傭兵式の教育を受けているからこそ、頭の切り替えが簡単に行えるのだ。浅葱は保育士というかけ離れたジャンルの仕事で言えば経験は豊富だし、普段は申し分ないほど優秀なマルチプレイヤーだけれども、ただの助手だ。心の殺し方なんか知っているはずもない。


「先輩、今日はここまでにしましょうかね」

『……』


 睦月の言葉に返事が返ってこなかった。


「先輩?聞いてます?」

『……』


 無視されたのかと疑問符が頭に浮かんだ直後、イヤフォンから声が聞こえてくる。


『…なんですか?はあ?っていうか、知りませんよ。いや、だから、知らないって言ってるじゃないですか。ちょっと、何してるんですか?』


 誰かと話しているような声が聞こえてくる。しかし、会話とは呼べない一方通行のやり取りに感じられる。


「先輩!?」


 何事かと焦って呼びかけるが、睦月に聞こえるのは浅葱の音声のみ。浅葱には彼の見ている映像がモニターに映るのに、彼のところには逆の情報は一切入ってこないのだ。


『ちょっと、勝手にあけないでください!だから、知らないって言ってるじゃないですか。なんなんですか、出てってください。警察呼びますよ!!』

「先輩。そいつ等に代わってください!!」


 考えるまでもなく、メイを狙ってきた”誰か”なのだろう。睦月の予想よりも遥かに早いが、ただのコスプレとは思わなかったDOORに関わる組織の連中が来たのだろう。周囲の獣に存在を悟られても構うものかと、全力で入り口に向かって駆け出した。

 何度呼び掛けても浅葱からの返事はない。

 それが、ますます睦月の気持ちを焦らせる。


『ちょっと、いい加減に…きゃっ!!あっ!』

「先輩!!!」


 耳に届いた小さな悲鳴。イヤフォンマイクは”誰か”の声までは運んできてくれず、状況が何一つ分からない。


「先輩!!なんでもいいんで、喋ってください。先輩!!」


 走りながら呼び続けるが、悲鳴を最後に何も聞こえて来なかった。


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あとがき


読了ありがとうございます。


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