幕間5
少し前。
睦月はメイと浅葱を伴って動物園へ行くことになった。
メイは前日からテンションマックスで自作のキリンの歌を歌ったりとにかくはしゃぎまくっていた。
そんな風にして迎えた当日。
まだまだ冬の厳しさは抜けきらない時期ということもあり、土曜日だというのに動物園の来場者数は少な目だった。キリンをイメージした黄色を基調とした服に身を包んだメイと右手をつなぎ、反対側を浅葱歩いていた。
「こうしていると家族みたいだね」
「えーっと、何B級ドラマの仮初家族みたいなセリフ吐いているんですか?」
浅葱は大人しい格好を選んでいるし、童顔ではあるが年齢的にはメイくらいの子供がいてもおかしくないわけで、親子三人に見えないこともないというのは睦月もわかっていた。
それだけに、まずいとも思うのだが…。
「上総さんにはなんていったんですか?」
「ん?普通に休日出勤って言ったわよ」
三人はサル山をのぞき込んでいるメイを見ながら会話を続ける。メイは本当に動物が好きなようで目をキラキラと輝かせていた。それを見ているだけで、外に連れ出して本当によかったなと思った。
「何が普通にですか。行っときますけど、給料は出ませんからね」
「わかってるわよ」
「そりゃあ、メイのことは秘密ですけど、上総さんにはメイのこと言ってくれてよかったんですよ。前の出張の時に話してるんですよね」
「ううん」
「えっ?」
睦月は思わず聞き返す。
メイのことは世間から隠すという意見で一致していたはずだけど、旦那には話していいよと言っていたはずだった。だから、てっきり知っていると思ったのだ。
嫌な予感がする。
「動物園に来ているのがばれたら不味くないですか?」
「えー、浮気ってこと?ないない。睦月君と私が、はは、ないわーー」
ケタケと笑い声をあげられて睦月は憮然となる。
確かにその気はないものの、そこまで否定されれば傷つくというもの。疑われる可能性くらいあるのではないかと思うのだが…。
「むつきくん。あっち」
「おさるさんはもういいのか?」
「うん」
手を引っ張られて猛獣エリアへと移動する。
「あの、嫌な予感がするんですが…先輩、上総さんに僕のこと何か言ってます?」
「何かって何?」
「いや、例えば僕は女性に興味がないとか?」
「それはないよ。だって、カズ君も私も、睦月君が高一のころ私に惚れてたの知ってるし」
「へ?」
一瞬にして睦月の顔が真っ赤に染まる。
「あー、むつきくん。おさるさんみたーい」
「あは、そうだね。マントヒヒに似てるね」
「な、な、な、な、なんで」
知ってるんですか?と声は徐々に小さくなる。
「モテる女はつらいわね」
「いや、そうじゃくて!」
確かに浅葱に惚れていたのは睦月に限らない。サッカー部の半数は惚れていたといってもいいのだ。そのくらい人気があったのだから。
「睦月君ってわかりやすいし」
「はあ。マジですか。もう、なんかとんだ赤っ恥ですよ。でも、それなら、なおのこと浮気とか疑われるんじゃ」
「だから、それはないって。睦月君シスコンだし」
「ちゃうわ!!」
「えー、でも、20代の健全な男の子がそんなにしょっちゅう妹さんに会いに行く?」
「別にいいじゃないですか。家族なんですから」
家を空けるわけにはいかないので、浅葱にメイの世話を頼んでいる時間帯に会いに行っているのは隠しようのない事実である。とはいえ、シスコンではないと浅葱の誤解を解くため口を開こうとしたところでメイの歓声にさえぎられた。
「あーー、キリンさんだーーーーーーー」
一気にフルスロットルになったメイが遠くにひょっこり見えたキリンの頭を見つけて駆け出して行った。
「メイ!」
手を離さてしまったので、睦月はあわてて追いかける。幼い少女の足なので、すぐに捕まえてみるとメイは首をほとんど真上に上げてキリンを見ていた。サバンナの動物なので、室内にいる時間のほうが多いのだが、一番暖かい時間に来たのは正解だったらしい。
「ほぇええ」
奇妙な声を上げてメイが巨大なキリンに魅入っている。
「大きいなあ」
「うん。キリンさん…。はぁ。かわいぃ」
うっとりとしている顔を見てみると、頬がりんごのように赤くなっている。寒いのだろうかと睦月は自分の首に巻いていたマフラーを重ねて巻きつける。動物園は見ている間、どうしても歩みを止めてしまうので、気付かないうちに体が冷えてしまうかもしれない。
「睦月君も気が利くようになったのね」
「このくらいのことで…」
「まあ、旦那は心配いらないから安心していいよ」
「変な誤解はありそうですけどね…」
はあ、と大きくため息を漏らす。
梃子でもキリンの前から動かないといった様子のメイだったが、冬のためキリンが室内に戻ってくれたおかげで、どうにかキリンのそばを離れることができた。
これは夏に来たら大変だなと思いながら、睦月たちはぐるりと動物園を一周する。
残念ながらアルマジロはいなかったけども、メイは大満足の様子だった。
動物園の出口付近にあった土産物屋でキリンのぬいぐるみを見つけたので、記念にプレゼントすると、
「ぱぱ、ありがとう!」
久しぶりの”ぱぱ”に胸を熱くしつつも、背後でニヤニヤしている浅葱に気付いて睦月は舌打ちする。彼女の差し金と分かっていても、口元がほころぶのは止められない。
「また行こうな!」
「うん」
最高の笑顔が見れたのだ。
連れて来たのは正解だったと睦月もまた満足して家路につくのだった。
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あとがき
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