第二話 鍵の掛かったDOOR(07)

 調査から戻ったとき、睦月はぼろぼろだった。

 生きているのが不思議なくらいであったが、何とか五体満足で睦月は地上に戻ってくることができた。助手である浅葱の道案内が優秀だったからであるが、睦月はやはり誰かもう一人雇う必要があるかもしれないと真剣に考える。

 自宅のDOORの調査をこれ以上、一人で続けるのは難しい。しかし、同業者に助力を望むと、秘匿性が失われるというデメリットがあるため二の足を踏んでいたのだ。


「はあ、どうしたもんかな」


 一際大きなため息をつきながら、睦月は車から装備品を降ろしているところだった。拳銃やショットガンはカギのついた金庫に収納することという法律があるため、車に置き去りにはできないのだ。昨日までならDOOR入り口すぐのセーフゾーンにしれっと置いてきてもいいのだが、新しい依頼が入ったので自宅DOORの調査はいったん中止としたのだ。


「久しぶり」


 車からすべての荷物を取り出して、さて事務所にというところで声がかかった。振り返ると、睦月よりも背の高いスラリとした印象のあるスーツ姿の男が立っていた。


「…上総さん?」


 声の主が、浅葱の旦那であると認識すると同時に拳が飛んできた。RDIで鍛えられ、単身でダンジョン型のDOORに潜るほどの実力を備えた睦月である。

 ゴブリンなどの雑魚など勇に及ばず、オーガクラスの化け物を恐れずに駆逐する。

 ただ、一日中駆けずり回り、肉体は限界。

 そして、左右は大量の荷物でふさがっていた。

 それでも、素人にラッキーパンチを貰うほど腑抜けてはなかった。荷物から手を離すをスウェイバックでこぶしを交わし、右手でその腕をつかみ取る。


「いきなり何するんですか!!」

「って、普通ここは殴られる場面だろうが!」


 理不尽なことを言いつつ、睦月に腕をつかまれたまま膝を繰り出してきたので、手を離して一歩後ろに下がる。


「理由もなく殴られてやる義理はありませんって」

「浅葱に子供の面倒見させてるそうだな」


 憎々しげにぶつけられた言葉に、睦月はようやく思い至る。先日、メイと動物園に行くときに浅葱にも同行してもらっていたのだ。それを第三者が見て、上総に教えたということだろう。”奥さん、浮気してますよ”と。


「ああ、もう!!」


 睦月は頭をかきむしる。ただでさえ、今日は疲労困憊しているのだ。そこへ、いわれのない不倫疑惑である。心のそこから勘弁してくれと思う。


「あのですね。この前の休みに動物園に行ったことを言ってるんだと思いますが、先輩とはそんなんじゃないですよ」

「そんなことはわかってるよ。浅葱がお前と浮気するわけないだろ」

「だったら何なんですか!」


 疲れもあってか睦月の声も大きくなっていく。浮気を疑われていたのならともかく、そうでもないならまったく持って殴られる理由がわからない。


「しらばっくれるなよ。DOORの調査員の助手とか言って、浅葱に子供の世話させてるんだろうが!!」

「????」


 頭に浮かぶのは大量の疑問符。

 子供の世話をさせることがそれほど悪いことなのだろうか?

 睦月が見る限り、浅葱は子供好きだ。多少変なことを吹き込むきらいはあるけども、メイを任せていて問題は一つもない。特にメイは女の子なので、気が利かない睦月の代わりによく見てくれていると感謝しているのだ。

 たしかに、助手の仕事の範囲ではないといわれれば、反論の余地はないけども目くじらを立てる理由が思いつかない。


「あの、本当によくわからないんですが…」

「はあ?」


 理解できないことが理解できないと、上総の表情が険しくなる。


「浅葱の気持ちを考えたらわかるだろうが!!お前なら信用できるって思ってたのによ。浅葱はな--」

「カズ君!!」


 何かを応えようとしたところで、浅葱の声がさえぎった。二人の喧嘩の声が事務所まで聞こえたのだろうか。あわてて階段を駆け下りてきたようで、コートもなく薄着で白い息を吐いていた。


「カズ君。帰ろう。睦月君もごめんね。事情は明日説明するから」

「だけど…」

「私がいいって言ってるの」

「浅葱!」

「まったくもう。もう大丈夫だって言ったでしょ。それなのに…とにかく帰るよ。それとも一人で帰る?」


 ぴしゃりと言われて上総がしゅんとなる。どうやら尻にしかれているようだと睦月は思う。浅葱を雇うことを決めたころに一度食事をしたときは、上総のほうがぐいぐい引っ張っているイメージで、高校生のころから変わっていないなと思ったものだが、そうでもなかったらしい。


「…分かった」

「ってわけだから、睦月君。明日ね」

「…お疲れ様です」

「うん。お疲れ」


 近くに止めてあった浅葱の車に二人で乗り込み、去っていく二人を見送り睦月は事務所に戻っていった。そこには、テレビを見るわけでもなく、心配そうにドアの前で待っているメイがいたので髪の毛をわしゃわしゃとかき回す。喧嘩の声を聞いていたのは浅葱だけではなかったのだろう。


「ごめんな」

「むつきくん。大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫。なんだったんだろうね」

「なんだったんだろうね」


 首を傾げる睦月と同じようにメイが小首をかしげる。


「ふふ、よし。とりあえず夕飯にしようか?何か食べたいものある?」

「うーん。ぺぺろんちーの!」

「ペペロンチーノか…メイは辛いの好きだよね。よし、ちょっと待ってろ」


 キッチンに戻り、夕飯の支度をするが、睦月の頭は上総の言葉で一杯だった。浅葱は明日説明すると言う。だけど、気になってしまう。子供の世話というものに何があるのだろうかと。

 睦月はパスタをゆでながら、古いアドレスを開いて、浅葱のことを知っているであろう人物に連絡を取ってみた。

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あとがき


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