第二話 鍵の掛かったDOOR(06)

 ショットガンもスラグ弾から散弾に変更して、走りながらスライムの体積を削っていく。逃げながらの攻撃を受けているため、スライムの体の修復も進むことはない。それに、体積が減れば減るほど、スライムは速度を落としてく。

 5分ほどの追加のマラソンを走ったことで、逃げ切ることに成功した。


 しかし、その代償は大きく、残弾のほとんどを使い尽くしていた。

 ゴブリン程度ならともかく、この状況でオーガにでも遭遇しようものならしゃれになっていない。


「戻るだけでも一苦労しそうですね」

『無事に帰って来てよ』

「当たり前です。索敵、可能な限り早めにお願いします。できる限り戦闘は避けたいので」


 銃弾の類は使い尽くした感はあるが、モンスターもそれなりの数を倒している。自然発生するとはいっても、ある程度の時間は稼げるはずである。


『その先が右だね』

「了解っと。あれ、ここってもしかして、さっき調査してたところですか?」

『そだよ。そこを左に行ったら、5本目の通路。まあ、行き止まりだろうけどね』

「まあ、行き止まりであることを確認することも調査の内です。ちょっと、ちら見しますか?」

『武器もないんだから、やめときなよ。人生の行き止まりになっちゃうよ』

「…うまく言ったつもりですか?」


 疲れもあって浅葱の小ボケに睦月は辛辣に対応する。

 実家のDOORの調査に入ってすでに10日目。毎日少しずつダンジョンの地図を埋めていき、現在は5階層に到着しているのだが、3階層で見つけた隠し部屋らしき空間へ入る道は見つかっていない。

 3階層を全て調べつくした結果、八本の通路が隠し部屋に向かっており、直径30メートルほどの空間があるらしいことはわかるのだが、そこに至る道はすべて行き止まりに当たっていた。


 睦月は2階層から入れる可能性も検討したが、真上のフロアにそれらしき場所はなく、4階層への探索に進むことにした。そして、分かったのは4階層にも3階層と同様の円筒形の空間が同じ場所に存在していると言うことであり、結果から言えば、5階層も同じであった。

 

 ”何か”がある。


 その確信だけが睦月の中に芽生えるが、どうあってもそこへ至る道が見つけられないでいた。5階層での隠し部屋へと向かう4本の行き止まりはすでに確認済みで、5本目に入る直前で軍隊鼠に遭遇したのだ。


「距離はどれくらいです?」

『50メートル弱ってところだけど、本気?とりあえず熱源はなさそうだけど…』


 不安げな浅葱の声を聞きながら、睦月は思案する。


 調査にはどうしてもお金が掛かる。

 モンスターを倒すために使用している弾丸もそうだし、浅葱のサポートを受けるための無線の小型基地局をマッピングの際にはばら撒いているのだ。不要になったものを回収しているとはいえ、使用している中継器は10個や20個では利かず、この10日ほどの調査でも総額200万近い費用をかけている。それでいて、成果が何もないというのは精神的疲労も蓄積させる。


 その上、目の前に可能性だけが見えているというのがいただけない。

 にんじんを目の前にぶら下げられた馬の気分だ。目の前にあるのに、決して食べることは出来ないのだから。


「少しのぞいて見ます」

『ちょっと!!』


 高々50メートル。

 往復100メートル。人類最速の男なら10秒程度の寄り道だ。

 それを人は慢心と呼ぶのだろうが、らしくない行動に浅葱が声を上げる。しかし、その声を無視して睦月は行き止まりに向かって一歩踏み出す。


 慎重に歩いて30秒程度。否、その半分を進んだ時点で、睦月のヘッドライトが前方に立ちはだかる土壁を映し出す。実際に近づいて見なければ確かなことはいえないけども、行き止まりなのは間違いなさそうだ。残念ながら、また空振りかと大きく肩を落とす。


「引き返します」


 ぎりぎりのところで慎重さを取り戻した睦月が反転して歩き出す。『無限回廊』では特殊鉱物の発見こそが取りざたされているが、5階層も潜れば金の延べ棒一本程度の価値あるものは出土していた。にもかかわらず、このダンジョンでは何一つ見つかってないのだ。

 

 名残惜しそうに背後を振り返った睦月の耳に、モンスターの咆哮が届いた。

 あわてて背後を振り返るが、獣の姿はない。浅葱が何も言わないということは、赤外線にも反応はないということ。

 

 睦月は左に曲がったのだ。正面の通路は戻るための道で、右側はスライムに追いかけられていた道。そこに他のモンスターがいる可能性は少ない。だとしたら左だろうか。


 睦月はヘッドライトを消して、足音を殺して交差路まですばやく動く。洞窟内部は淡く光っているので、数メートルの視界は確保できている。

 カメラを取り外して、ほんのわずかに角の先にレンズを向ける。


『いるわ。サイズからオーガが一体』


 耳元に聞こえる浅葱の声を頼りに睦月は左手に残弾の少なくなった拳銃を握り、右手ではナイフを逆手に持った。


『距離は15…14…近づいてきてる』


 さて、どうしようかと睦月は考える。薄暗い洞窟内、オーガでも20~30メートルが見える限界。行き止まりまで行けば、見つからない可能性はある。もちろん、オーガが交差路でこっちに向かってこないという前提は必要だが。


 幸運にかける?


 命をさらした状態でそれをやる人間が生き残れるはずもない。手札の中で最良を選び取るだけ。


『あと、5メートルもないよ。4…3…』


 浅葱のカウントダウンを耳にしながら、睦月は覚悟を決める。

 左手で近くの小石を拾い上げ、タイミングを計る。


『2…1…』


 睦月の目の前に巨大な影がぬらりと出てくる。それは、まだ睦月の姿を捉えているわけではないようで、ただきょろきょろとしながら歩いていた。

 睦月は左手に握った小石を弾き、自分とは反対側の壁にぶつける。


「GGURR」


 オーガの意識が音にとられたその瞬間、睦月は飛び出し右手に握っていたナイフを一閃させた。手首や腕だけでなく全身の力を使った渾身の一撃。


「GUGAAAAA!!」


 錆声の悲鳴が上がり、オーガがその場に腰を落とす。

 それには目もくれず、睦月は正面の通路に飛び込むとそのまま駆け出した。あるいは、ひざを突いたオーガに至近距離から銃弾を浴びせて殺すこともできたかもしれない。だが、それは無駄弾の消費と睦月は考える。


 アキレス腱を切り裂いたことで、オーガの機動力は封じている。その状態なら追いつかれる心配はない。


「先輩、案内お願いします」

『了解。次はそのまま直進して、その次が右』


 手早く地図を読み解いた浅葱の指示が聞こえてくる。オーガからぎりぎり逃げ出せたとはいえ、ここは5階層で後3階層は上らなければならない。一瞬たりとも気の休まる時間はなかった。


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あとがき


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