第四話 親子 (06)
自動ドアを通り抜けて、空調の利いた快適な室内にはいった。
睦月は一直線に正面の受付に向かって歩いていく。彼の服装はいつものDOOR調査時と同じミリタリー風の戦闘服と呼べるもので、オフィスビルっぽい雰囲気のこの場所には違和感しかなかった。
そのため、受付嬢は引きつったような笑みを貼り付けて睦月に対応する。
「いらっしゃいませ。RDIにようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」
不審に思いながらも、お客様に対する礼儀を忘れないのはさすがは一流企業ということだろう。睦月も負けず劣らず怪しくありませんよというように、笑顔で返事を返す。
「キャサリン=シークレストに取り次いでもらえるかな。如月睦月が来たと伝えてほしい」
「シークレストですか…あいにくとそのようなものはこちらの支部にはおりませんが?」
頭の上にクエスチョンマークを携えて受付嬢は答えた。事実、ケイトはRDIに属しているが、日本支部には在籍していないのだから返事としては間違っていない。
「なるほど、来客は断るように言われたのか…」
睦月はほくそ笑む。
本来なら門前払いということでしかないのだが、彼は別の可能性を考えていたため受付嬢の反応はどちらかといえば望ましいものだった。睦月が契約を交わしたのは昨夜だ。丸一日近い時間が経っていること思えば、ケイトがすでに日本を発っている可能性もあった。だけど、それなら受付嬢は素直にそう応えたはずなのだ。つまり、まだ彼女はここにいると、確信する。
「取り次いでもらえないなら、勝手に入らせてもらいます」
「ちょ、ちょっと。警備を呼びますよ」
受付を無視してエレベータに向かって歩き出す睦月を彼女はあわてて追いかける。後ろをついてくる受付嬢の足音から距離を測り、睦月は振り向きざまに彼女の体を抱きかかえるようにして拘束すると、注射器を首に突き刺した。
「悪いけどしばらく眠っててくれ」
「なにを…」
彼女は言葉の途中で意識を落とした。こういう事態に備えて持ってきた麻酔薬である。DOORの調査でモンスターを捕縛するために用意された麻酔薬なので効き目は抜群である。もちろん、人間に使うことはご法度であるが、分量等計算した上でのことなので、問題はないということにしておく。
ドアの入り口に立っていた警備員の一人が、睦月の凶行に気づいて接近しつつ無線機に手をとった。しかし、応援を呼ぶよりも先に睦月が麻酔銃を撃つ方が早い。いつかは気づかれるとは思うけども、発見はできる限り後のほうがいい。
睦月は手早く、受付譲と警備員を引きずって物陰に隠すとエレベータを呼び出した。彼は本社に所属する調査員だったが、日本支部にも来たことはある。受付嬢に顔は知られてなかったようだが、ビル内の間取りが2年以上前の記憶と変わっていなければ問題はなかった。
日本支部は15階建てのビルで、5階までは事務所としての機能があり、その上10階までが訓練施設、そして最上階までが研究所となっている。十中八九研究所にメイはいるのだろうと睦月は考えている。
フロントのエレベータから上がれるのは、5階まででそこから先はエレベータを乗り換える必要がある。RDIの先端技術のある研究施設への容易なアクセスを禁じるための処置であり、侵入する側としては厄介でしかないものだ。そして、当然脱出も困難になるのだ。
5階でエレベータを降りて、何食わぬ顔で訓練施設へと通じるエレベータを目指そうとするが、当然のことながら待ったがかかる。
「君、見ない顔だがうちの社員か?」
会社員らしくスーツに身を包んだ40代くらいの男性社員に呼び止められた。
「もちろんですよ。シークレスト少佐に呼ばれて…」
「そうなのか…いや、しかし…」
研究所に彼女がいることが確信に変わる。シークレスト少佐という単語に一様の反応を見せるものの、武装しているものがオフィスエリアを通ることに不信感をあらわにする。一つ上の階に訓練施設があるとはいえ、当然ロッカールームはあるわけで、武装したままオフィスエリアを通るはずもないのだ。場合によっては、一般人も顔を出す可能性のある場所に銃を持った人間がいていいはずもない。
「少佐に確認とっていただいてもかまいませんよ。私は如月睦月といいます」
「わかった。そこを動くなよ」
男性社員が近くにある内線電話を取るのを横目にしながら、睦月はこの階にいる従業員の配置と上の階に通じる階段に視線を向ける。確認を取っていいとは口にしても、実際に確認されたら間違いなく警備を呼ばれる。それでも、睦月が相手に気づかれるまで待ったのは、ケイトに自分の来訪を知らしめるためだった。
運がよければ素通りさせてくれる可能性も考えたわけであるが、男性社員の顔つきが変わったのを見て睦月は行動を開始する。
一気にトップスピードまで加速して、オフィスの机の間を抜けていく。背後で男の声や、ほかの社員の悲鳴が耳に入るがそれらはすべて無視する。
これより上にいるのは警備員はもとより、調査員や訓練生もいる可能性がある。百や二百といった大人数の可能性はないだろうが、それでも厄介なのは間違いがない。
階段を駆け上がり、訓練施設の入り口をあけると拳銃を構えた警備員が待ち構えていた。ドアが開くと同時に拳銃を撃ち込むが、その動きを読んでいた睦月は地面すれすれを飛び込んで銃弾を回避する。警備員の足元まで一気に距離をつめると足払いをかけて、転倒させ首に腕をかける。一瞬で昏倒させると、静かにその場を離れる。
訓練所入り口からすぐのところに、ロッカールームとシャワールームがあり、通路を進んだ先にトレーニングルームがある。一般的なジムとあまり変わらない風景だ。そして、通路の先にエレベータと階段があり、睦月はエレベータの呼び出しボタンを押した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
医療用のベッドに横たわる幼い少女を見つめるケイトのまなざしは優しく、睦月から強奪したような冷酷な人間には見えなかった。少女の体からはいたるところから管が伸びていて、その先の計測器には何かの波形や数字が表示されている。
「状態は安定しています。羽も正常に機能しているようですが、脳内に埋め込んだチップにわずかですが損傷が見られます。おそらくそれが記憶障害を起こしたものと思われます。修復プログラムを走らせましたが、86パーセントが限界のようで、交換する以外にないかと」
白衣を着た男性医師が、手元のバインダーを見ながら報告をする。
「肉体的には問題ないのね」
「はい。しかし、100パーセントの性能を得るためには」
「この子が無事ならそれでいいのよ」
ケイトは少女が目を覚まさないように気をつけながら、額にかかる髪の毛をそっと払いのけた。そして、ゆっくりと上下を繰り返す胸の上でキリンのぬいぐるみを落とさないように少女の手に握らせる。
そこにケイトに内線が入ったことを別の研究員が告げてきた。
電話に出てみると、侵入者があり、それは如月睦月と名乗ったという。
「まさかこの子のために?」
すやすやと眠る少女に目を向ける。1億ドルという破格の取引をしたにもかかわらず、RDIを敵に回してまでこの子を手に入れたいと彼は考えているのだろうかと不思議に思う。少女の価値はもちろん高い。だが、その価値を睦月が知っているはずもなかった。RDI並みの研究施設なくして、それを知ることはできない。
「だったらなぜ?」
疑問に思いながら、ケイトは部下へと指示を飛ばす。睦月は彼女が育て上げた一流の調査員だ。たかが警備程度では歯が立たないであろう。だからといって遊ばせておくわけにはいかないのだ。
「ドクター。ここは任せるわ」
「はい」
神妙にうなずいて見せるが、何も彼にこの場を死守しろと言ったわけではない。あくまでの少女の状態管理をお願いしただけだ。研究所に武器の類を持ち込んでいたわけではないので徒手空拳であるが、ケイトは気にすることもなく入り口に向かって歩みだす。
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エレベータを呼んでおきながら、睦月は階段を使用して上階へと突き進んだ。扉の前に敵が待ち構えていることは百も承知なので、手榴弾でドアごと警備員を弾き飛ばす。
日本国内でこうも堂々と爆弾を使用して進入してくることまでは想定していなかったのだろう。爆破の衝撃に耐え切れず、扉は吹き飛び道は切り開かれる。
倒れている警備員からセキュリティカードを奪い取り、研究所へと続く階段を目指す。
「貴様!!」
制服でないのでおそらくは訓練所を利用していた調査員だろう。
拳銃を構えているが、その目には覚悟の光が宿っていなかった。警備員と調査員を単純に比較すれば、調査員のほうが戦闘力は高い。しかし、調査員はモンスターと戦うことは想定していても、人と戦うことは埒外だ。ゆえに、人を撃つことへのためらいが見て取れた。
その隙を突いて、睦月は拳銃を撃ち込む。肩に突き刺さった麻酔針をあわてて引き抜こうとするが、薬液が入るほうが早い。一瞬にして意識を落とした調査員に、睦月は小声で謝罪する。
多少てこずることはあったが、難なく訓練施設エリアを抜けた睦月は最後の階段を上がると、扉の前で立ち止まった。
ドアの向こうには人の気配があった。
冷気を備えたその濃厚な気配に唾を飲み込む。
「さて、どうするかな」
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あとがき
読了ありがとうございます。
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コメントなど返事しますのでお気軽どうぞ。
引き続き宜しくお願いします。
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