曾爺ちゃん「あの時は、本当に弱り目に祟り目でなぁ」
「水橋少尉! 待機の兵をまとめて戦闘態勢!」
水橋少尉を撥ね除ける勢いで僕は立ち上がり、一声に命ずると、とりあえず枕元に置いてあった三式軍刀と九四式拳銃をひっつかんで声のした方へと走った。
「大尉! お体は!?」
「問題ない!」
背に受けた水橋少尉の気遣う声に返す。元気溌剌とはいかないが、倒れるような事はあるまい。
敵襲を知らせる声がしたのは、木叢島側出入り口。
米軍か? この場所を知られたか?
しかし、ややあって僕は違和感に気付いた。
銃声がない。
あそこには機関銃が置いてある。それがけたたましく鳴り響いて当然。
仮に抵抗の暇も無く攻め込まれたとするにしても、敵側の銃声すら無いのはおかしい。
敵による白兵攻撃? だとしても、聞こえてくる怒号と罵声が全て日本語ばかりというのも妙だ。
疑問をいくつも抱えながら走る。走りながら手に持った拳銃を腰の拳銃嚢に入れ、自由になった手をも使って軍刀を腰に差す。
さらに拳銃嚢から拳銃を抜き、別に持っていた弾を込めてそのまま戻す。安全装置は掛けない。
進み行く途中、負傷したのか後退してきた兵を見る。彼は一人、洞窟の隅に壁に背を預けて苦痛の表情を浮かべていた。
恐怖から逃げたわけではないだろう。負傷してる様子が見える。しかし、銃創を負ったとは見えない。出血はないようだ。
状況を聴くか? いや、聞かずとも行けばわかる事か。
「後続に状況を伝えろ!」
僕に気づいて動こうとした兵に伝え、さらに走る。
と、戦闘準備がどうにか終わる頃合いとなって、洞窟の曲がりの向こう、何かと銃剣で戦ってるらしき兵達の後ろ姿が見えた。
僕に気付いた兵の一人が、僕にチラリと目をやって声を上げる。
「大尉! 敵襲であります!」
「米兵か!?」
「猿です!」
猿? 耳を疑った。だが、近寄って敵の姿を見る事が出来て、それが見覚えのある生き物だと悟って納得する。
猿だ。僕が倒れる前に狩った緑猿だった。
だから兵達は銃を使っていないのかと、さらなる納得をする。
銃は米兵相手に使う物として狩猟に使う事を禁じている。敵が猿であるならば、兵の判断で銃は使えないわけだ。
しかし、この緑猿は形こそ小さく武器も自前の爪と手に木の棒や石を持ってる程度だが数だけはやたらといるようで、今も兵達を四倍ほどの数で攻め立てている。
兵達は全員で横並びとなり、銃剣で槍衾を作って抵抗しているが、数に任せて勢いのある緑猿に押されていた。
「被害と戦況は!?」
戦ってる兵に悠長に聞く場合では無いが、知らずにいる事は出来ない。
「わかりません!」
兵は答え、それから短すぎたと考えたか言葉を継ぎ足す。
「奇襲を受け、方々で押し込まれているようで今はどうなってるものやら皆目!」
僕が見てもわかる。戦況は良くない。
ここは洞窟の中。横並びになれる兵の数は少なく、余分に兵がいても戦力にはなりづらい。一方で、緑猿は小柄な分だけ数多く居並ぶし、すばしこくて狭い洞窟内でも十分に動けている。
洞窟という状況が不利だ。
兵の判断で撃てない命令が仇となったか。そもそも遠慮無く撃てたなら入り口の機関銃座で終わった話だったろうに。
それが今や、なだれ込む緑猿に兵達は散り散りに洞窟の奥へと押し込まれ、戦力は分散してしまっていると。
遅きに失した感はあるが発砲を許可するか? 銃が使えるなら緑猿を殺すは容易い。
いや、こんな乱戦状態ではどうにもなるまい。かえって誤射など起こりそうで兵の身が危ぶまれる。発砲許可する機は慎重に窺うべきだろう。
「押し返すぞ!」
三式軍刀を抜くや声を張り上げ、兵達の槍衾の間に割り込む。
そこを隙と見たか、緑猿が一匹、僕の眼前に飛び出してきた。
右手に尖った石を握り、振り上げる。石で殴るか。猿にしては賢しい。が、その動きに見るべきところはない。
「どぉっ!」
がら空きの腹を一文字に払う。
悲鳴上げる暇もなく臓物をこぼしながら緑猿がうずくまるところ、踏み足をその背に入れて潰し、とどめとする。
足元に感じる肉を踏む柔らかな感触。緑猿の死骸に躓いてはつまらない。蹴り倒して退かしたいが、それほどの余裕もなし。
ならばと、緑猿の死骸を踏み越えて前に出る。
次。
風鳴も響けとばかり棒を我武者羅に振り回す緑猿が寄った。
打たれれば骨も折れようが、打たれてやる義理もない。
「ってぇ! めぇっ……!」
振り下ろし切った隙を突く。
棒を握る手に刃を落とし、食い込まぬ程度に打って刃を引き上げ。
骨に軽く当たる割創を腕に刻まれた緑猿は棒を取り落とし、その棒が地に落ちる間も与えずに僕は緑猿の無防備な頭頂部に一撃を加えた。
脳天割り……いや、薄刃の鉄棒で脳天を殴られた衝撃に昏倒したか? 知る由もないが、ともかくその緑猿もまた地面に転がる骸の仲間となる。
次……が、来ない。
二匹をたちまちの内に倒したのが効いたか、残りの緑猿は躊躇を見せていた。
距離を取り、機を計る。いや、逃げる算段か? とまれ、緑猿は一歩下がって刃の距離から逃れようとした。
刃は届かない。だが、この距離、そして僅かにでも間があらば。
「各個に狙え! 撃て!」
命令を下し、九四式拳銃を腰から引き抜き、そのまま撃つ。
緑猿は、こちらが軍刀を下げてより小さい得物に持ち替えたのを好機と見たのだろう。一気に攻め寄せようとしたか、下がった分だけ前へ出ようとしている。
そこを拳銃弾が襲った。
前へ進もうとした緑猿の体を押し止め。それでも姿勢は前のめりゆえに緑猿の体はそこで倒れ行く。
その体が倒れきる前に続けざまに引き金を引き、他二匹を僕は仕留めた。
固まって居てくれて助かる。そうでもなければ、こんな適当な連射では当たりはしなかったろう。
緑猿どもはこれで完全に恐慌に陥った。大音の後に仲間が倒れたのだ。畜生でも驚かぬ理由はない。我先に背を向けて逃げ出そうとする。
そこを、兵達の小銃が狙い撃った。
拳銃など比べ物にならない銃声が洞窟中に響かんばかりに吠え、緑猿どもがバタバタと倒れる。さすがは小銃弾。緑猿の体を貫いて、さらにもう一匹を狙えるくらいの威力はある。そうそうそんな大当たりはないが。
「半分残って止めを! 残りは続け!」
銃に撃たれたとて全てが即死というわけでもない。地面に転がって苦痛の悲鳴を上げるのが結構いる。放置するわけにもいかない。
一方で、幸運にも無事だった奴は逃げていく。
だが、退路があるとは言い難い様で、少し逃げたところで緑猿どもの後続とぶつかって足を止められている。
混乱しているようだったが、追っていった僕らを見た後続が攻撃を仕掛けようと強引に前へ出ると、逃げようとしていた緑猿共は哀れ押し倒され、一気に攻め寄せてくる後続の足の下にその姿を消した。
「目標、前方集団! 撃て!」
そんな緑猿共の愚劇を見守るわけもなく、僕は兵達に射撃を命ずる。
発砲。轟音。倒れる緑猿。逃げる緑猿。光景は先程の繰り返しだ。
……しかし、どれだけの数が攻め寄せてきているんだ?
それなりの数は倒した。
しかしそれでなお洞窟の狭い視界の中でも十を軽く超える数の動く緑猿がいて、さらにまだまだ続きが来る。通路に満ちるほどといえば嘘になるか? 少なくとも、入り口あたりから列を成す程にはいるようだ。
これでは、兵たちが圧されて支道に押し込められるわけだ。一匹一匹所詮は猿でもこうも数がいては銃剣で捌くのは無理がある。実際、負傷兵も出ている様子。戦死者の心配をすべきところまで来ているといって過言ではない。
どうする?
支道に入って兵を回収していくか?
いや、支道の数は多いし、どこに兵がいるかもわからない。探しながら戦い続けるのは無理がある。緑猿が後から後から攻め寄せている現状、支道に入ったところで先達と後続の間に僕らが挟まれる事だってあり得る。
ああ、そうだ。後続か。
続々と入ってくる緑猿ども。あとどれくらいいるかわからないが、無数にいるとするならば兵達がいくら奮戦しても時間の問題で押し切られるだろう。
後続を断てば? 緑猿はたいして強くない。尽きぬ後続がなくなれば、兵たちがそれを駆逐する目も出てくる。
後続はどこからくる?
そうだ入り口だ。
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