「お、テレビ漫画のこいつ、南洋で見たわ」 ファンタジー物のアニメ見てたら曾爺ちゃんが奇妙な昔話を始めた

ALF

森本中隊木叢ニ至ル

曾爺ちゃん「曾爺ちゃんは戦争で南方に行ってなー」

 同年七月から八月にかけてのマリアナ諸島防衛戦に敗北した大日本帝国軍は、続いて戦場になるだろうパラオ諸島の防衛強化を図った。

 その策の一つとして、パラオ諸島からマリアナ諸島方面に離れた位置に浮かぶ無人島に防衛基地を設営し、パラオ諸島の盾とする事を企図する。

 その名も無き無人島に送り込まれたのは大日本帝国陸軍歩兵大隊に野砲、戦車、航空機部隊をまとめた増強一個大隊。兵員二千名ばかり。

 とはいえ、各地から転進してきた敗残兵と、何も知らな初年兵の寄せ集め。

 パラオ諸島防衛の準備時間を稼ぐため、玉砕必至の時間稼ぎ。それが、僕らだ。


 だが、米軍は僕らを無視して通り過ぎた。


 あれから二ヵ月。

 僕こと森本大日本帝国陸軍大尉は今、遥か地下へと続く洞窟を歩いている。

 鍾乳洞ではない。土と岩が積み重なって固く癒合したような地盤を、まるで何かが無理やりに削り取っていったかのよう。太さには緩やかな変動があるが道のように広く、おおむね綺麗な筒状をしている。分岐は少ないが、無数の洞窟が捻じれ捩れて複雑に絡み合う。

 ここを「エラコの巣」と表現したのは、僕の部下にして頼りになる男、中島曹長だったか。

 僕の指揮下の中隊は、現在、地下探索の命を遂行中。道に迷う危険が大なれど、敵と銃火を交える事に比べれば生温い。

 とはいえ、南洋の熱気とも地熱ともとれない熱のこもる洞窟の中を、ランタンで照らし出しながら行軍するのは相応にきついものがあるが。

 岩盤自体が淡く光を持つのか、灯が無くとも不思議と洞窟の壁や人の輪郭くらいは分かるのは好条件と言えるか? 完全に灯り無しの行軍は不可能にせよ、ランタンの油も惜しまねばならない以上、光を最小に絞れるのは調査においては好条件だろう。

 部下の兵達。といってもここにいるのは僕の指揮する一個中隊に属する内の一個小隊分50名ほどに過ぎないが、ともかく彼らはじっと耐えて黙々と歩いている。その事が、軍人の矜持を思い出させて、僕が不平不満を漏らすことを防いでくれた。

 地下洞窟はどこまでも続いている。

 この島の地表は荒野だ。特徴は無数に転がる大岩と、そこかしこに開いた地下深くへ通じる穴。その穴は、こうして島の地下で複雑に絡み合いながら地下深くへ続いている。

 軍の事前調査による「火山性のガスが抜けていった穴」だという話が本当だとすると、この穴は島の奥の奥まで続いているのだろう。死の吹き出す島だとして現地人が誰も近寄らないのも、かつての火山性ガスの噴出を裏付けるとか何とか。

 島の地下の全て、不帰の迷宮という言葉がこれほど似合う場所もそうはあるまい。

 現在、穴は退避壕や地下道などとして利用しているが、それは島の表面近くまでに限られていた。

 基地の設営だけならそれで充分なのだ。道に迷う危険性の高さから、兵達には地下深くへは踏み入らないように命令されている。僕らの調査の結果如何でその命令も取り消される事があるのかもしれないが、それはそれ。

 基地の設営に十分ならば調査など不要なのではと疑問に思うかもしれない。

 だが、上陸してくる米軍の迎撃計画の中には、奇襲と撤退を繰り返しながら穴の深くまで米軍を引きずり込み、穴の奥底で敵を包囲撃滅するという、現場の苦労なんて知らない奴が立てただろう作戦が盛り込まれていたのだ。

 なるほど、穴の奥底での戦いなら、寡兵で大軍を相手にする事も出来るだろう。仮に敵が穴に入ってこなくとも、こちらは地上につながる穴から外に出て奇襲のかけ放題と。

 しかし、そんなことをするには、この迷宮のような地下空洞の完全な地図が必要となるわけで。そんな地図を、誰がどうやって用意するのか? 現場の兵が歩き回って調べるしかないわけで。

 予定通りに米軍の襲来があったら絶対に準備が間に合わないところだったが、皮肉にも米軍の襲来がほぼ無いと言える状況になって、それに手を付ける時間ができた。

 馬鹿馬鹿しいが、命令である以上は従ってその準備をしなければならない。

 僕らにはもはや、新しい命令を受け取る手だても無いのだから。

 パラオ諸島はどうなったろう。そして、僕らはどうなるのだろう。

 二ヵ月前、この島の全将校を集めて行われた会議を思い出す。





「1944年9月15日、パラオ諸島ペリリュー島米軍上陸。との電文があった」

 岩盤剥き出しの壕に設営された指揮所。うだる南洋の暑さがこもって蒸し風呂のような中、ランタンに照らし出される大隊長原田少佐は苦々しい表情を隠さずに声に出す。

 会議に参加している将校達が呻く。

 僕もだ。

 僕達は……間に合わなかった。

 兵達はともかく、一応は将校である僕らは、この島に盾として配置された事を知っている。捨て駒だと言ってしまっても良い。

 不満がないとは言わない。死に恐怖がないわけじゃない。それでも、一命を賭す事で祖国に貢献する事に否は無かった。

 僕は兵隊なんて嫌で、本当は大学を出て教師になりたかった。

 父親の決定で大学から軍に送られ、兵から甲種幹部候補生になり、見習士官として南洋に送られて、ちょっとして正式な少尉になったと思ったら戦場を彷徨うことになり、やっと帰ることが出来たら今度の再編で大尉になっていた。中尉をやった記憶はない。

 どう考えても、この島に送り込む為に、辻褄合わせの昇格をしたんだろうとしか。記録の上では、どこかで中尉をやっていたことになっているんだろう。

 ちゃんとした士官は温存したかったんだろうけど、代役をさせられるこっちの身は。まして、こんな死地に流されるなんて。

 そこに不満を覚えないわけじゃない。

 それでも。

 国にいる、いずれ僕が教える事になったかもしれない子供たちの為に戦う覚悟は決めたのだ。例え、彼らに教える夢がかなわなくなろうとも。

 同僚達も、その胸に色々な思いを秘めていた筈だ。

 それは、国家への献身とか、銃後の大事な人を守る決意とか、生存と故郷への帰還の望みとか、単純に一言で言えるものでもないだろう。

 死にたい奴はいない。かといって、何もせずにはいられない。葛藤をそれぞれ抑え込んで、軍人としての務めを果たそうとしている。

 それが、状況が変わった。

 盾となって守るべき後方が襲われた。敵は自分たちを素通りした。

 果たすべき使命と、待ち受ける確実な死、それが通り過ぎて行った。

 空振りになった決意。命が助かったらしい事への安堵。戦い続けている同胞への申し訳なさ。先を見通せない事への不安。

 気持ちは複雑だ。それが声ならぬ呻きとなって漏れる。

 複雑だが、根底にある思いは一つ。ただ一つ。

 悔しい。

 盾とされた事が。盾として散華する覚悟を素通りされたことが。覚悟を固めながらも命が助かれば安堵する自分の不甲斐無さが。今まさに戦っているだろう軍の仲間、そして銃後の守るべき人々、彼らに対して何もしてやれないことが。

 かすかに嗚咽が聞こえた。

 誰かが男泣きに泣いている。

 悔しいのだ。

 僕は目を閉じる。男の涙など見るべきじゃない。

 泣いたのが誰かはわからない。ひょっとすると、自分だったのかもしれない。

 かすかな嗚咽もいつしか止み、その後には長い沈黙があった。それでも、各々の思いに決着をつけるには短い時間。

 だが、原田少佐がその沈黙を破る。

「……気持ちはわかる。だが、我々に与えられた任務が消えたわけではない。落ち込んでいることは、許されないぞ」

 手拭いで汗を拭う原田少佐は不機嫌そうな顔だが、声は努めて明るくしようと努力しているようだった。

 太めの中年である原田少佐は暑いのがお嫌いだ。この島に来てからこっち、爽快な面持ちなどされたことはない。

 とはいえ、人間的には決して悪い人ではない。もう少し機微のわかる嫌な奴だったなら、こんな所で捨て駒になどされてはいなかったろう。

「パラオが戦場になったという事は、我々と後方の連絡が完全に失われたと見るべきだろう。つまり、我々は孤立したのだね。転進も出来ないし、補給だって怪しいと」

 原田少佐は一連の発言の後に、僕らが懊悩の中から現実へと戻ってくるのを見計らう様に間を持たせてから言った。

「武器弾薬はともかく、食料がもたない。まいったねぇ。こりゃ」

 もともと米軍と激しく一戦するつもり、しかも途中で補給できる見込みもないのだから、武器弾薬は最初にたっぷりと持ち込んでいた。

 けど、すぐに玉砕する見込みなのだから、食料は二ヵ月分もない。

 そして、米軍が来ないなら武器弾薬は減らないが、米軍が来なくても食料は毎日減っていくのだ。

 繰り返すけど補給は当てにできない。

 ならば現地調達はというと、これも難しい。

 この島は、大きな岩石が無数に転がり、また底知れぬ地下空洞に繋がる穴が幾つも開く、そんな荒野に覆われており、植生は貧弱の一言。浜辺にヤシの木が少し見られるくらいで、食べられそうな植物は少ない。当然、動物もいやしない。

 地下の幾つかの箇所で真水が湧いてる様で地下河川まで見られる事が救い。かつ、この無人島が防衛基地の設営場所として選ばれた理由の一つ。だが、人は水だけじゃ生きられない。

「畑でも起こしましょうか? 食料のタロイモを、種芋に回せばなんとか」

 大隊に四つある中隊の指揮官であり、僕と同格であるところの五十嵐大尉が提案する。実家が農家だという岩のような巨漢の五十嵐大尉らしい提案だ。

「もっとも、今から植えても、我々が飢える前に実るとは思えませんが」

「では、大発……いや、ガソリンを食わないカッターか伝馬船が良いか? それで漁をするってのはどうです? 網は、布をほどいて糸からこさえれば何とかなるでしょう」

 提案したのは漁師の家出身だかで海軍っぽい日に焼けた赤銅色の体だが陸軍な小林大尉。

 大発動艇、カッター、伝馬船。つまり荷揚げに使った小舟だが、海軍が置いて行ってくれたそれを使って漁をやろうと。

 比較的に実用性がありそうな案だが、原田少佐は首を傾げた

「良い案だが、漁を敵に察知されると面倒だ」

 まわりの海はもう米軍の艦艇だらけ。

 ただ、小舟相手に砲や魚雷を撃ち込む馬鹿はそう多くはあるまい。いないと言い切れないのが問題ではあるが。

 いや問題は航空機だ。この島はマリアナ諸島からパラオ諸島への空路の下にあり、上空に敵航空機の姿を見ることも珍しくはない。

 軍用の舟艇が動いているのを見たら、もちろん警戒するだろう。機銃なり爆弾なりで攻撃をしてくるかもしれない。

 岩や穴なんかの比較的に隠れる場所が多く、敵が来たら逃げれば何とかなりそうな島の上とは違い、海の上では逃げ場がない。兵を失うのも問題だが、貴重な船をやられるのも困る。

「しかし、やむを得ないか……だが……」

 原田少佐はお悩みだ。

 なお、軍人に見えないとの評価が付きまとう、ただの学生だった僕には、これといった食料確保の案はない。だから、黙っていた。

 この大隊に所属する副官および残りの中隊指揮官にも意見はないらしい。少しの間、思考に費やす沈黙が辺りを支配する。

「まあ、可及的速やかに解決しなければならないが、今日明日で食料が尽きるという問題ではない。重要な課題として受け取り、各自、その解決策を考えておいてくれ」

 原田少佐は、とりあえずこの件を沙汰止みとした。

 それから、原田少佐は僕の方に目を向ける。

「さて、調査はどうなっているか? 森本大尉」

 問われ、僕は胸を張って答えた。

「鋭意、地下を攻略中であります。慎重に地図を作成しながら前進しておりますが、中は複雑怪奇の一言。迂闊に入れば二度と出られません。米軍を穴の底に引きずり込めば、こちらが手を下さずとも八割方は出られずに迷い死ぬでしょう」

 この頃はまだ調査を始めたばかりで、根拠なく順調に進んでいると思い込んでいた。奥の、奥の、そのまた奥があるとは考えてもいなかった頃だ。

 原田少佐は理解したとばかりにうなずく。

「その時は我らもまた一蓮托生と。そういう事だな? そうならんためには、この島の地下を目を瞑って歩けるようにならねばならん。森本大尉は、地図の作成を進めてほしい」

「了解であります」

 僕が返すと、それで僕に確認したいことは終わりの様で、原田少佐は他の面々に目を向けた。

「他の者は地上設備の設営を継続。進展状況は……いや、報告の要は無いな。状況は把握している」

 地下を利用した基地設営は終わっていると言って良い。問題は地上部分だ。

 この島に潤沢にある素材は岩石と浜に流れ着く流木だけ。岩石を積んで土台に、拾ってきた流木を骨組みに、対空監視塔を作るなどの努力が必要となっていた。

 そして、最大の負担になっているのが滑走路の準備である。

 マリアナ諸島からパラオ諸島へ襲来する敵航空機の迎撃のためとして、この基地には滑走路の設営が命じられている。

 言ってしまえば米軍向けの見せ札だ。ここを航空基地として利用しようとしていると知らしめて攻撃を誘引する。その為の滑走路。一式戦「隼」なんかの旧式な戦闘機も運び込まれていたが、これも囮だろうし、滑走路が出来ない事にはどうにもならない。

 しかし考えて欲しい。大岩だらけ大穴だらけの場所に、広くて平坦な滑走路を造ることがどれだけ大変かを。

 この島に上陸してからこっち、兵達が毎日、ツルハシで岩を崩しモッコやネコ車で運んで穴を埋めという作業をしているが、さっぱり捗らない。

 その上、この島と僕らの存在だけは知っている米軍の爆撃機が、作業が進んでくるとやってきて爆弾を落としていくので、なおさら作業は進まない。

「もはや利用する事もない基地施設と思うかもしれないが、いずれ来る機に備えるつもりで、今まで通りに進めてほしい。状況に対する迷いはあるだろう。ならばこそ、今は体を動かせ。迷いを忘れるくらい軍務に励め」

 了解する声が上がる。

 まだ、皆は軍人をやれている。

 制度上の話じゃなく、心の中で、軍人という役割を担い続けている。

 きっと、軍人でなくなってしまった時には、何かが崩れ去っていくときだろう。それは、自身の人間性かもしれないし、自身の魂そのものかもしれない。

 だから、原田少佐は命令するのだろう。軍務に励めと。

 僕らは将校で、責任がある。部下も大勢いる。僕らが真っ先に軍人をやめてしまう事は出来ない。

 原田少佐は付け加えるように言った。

「最後に。米軍がパラオ諸島に侵攻した件は緘口令を敷く。下士官以下へは伝えるな。いずれ、時を見て、私から告知する」

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