■現代 夏
北海道は涼しいと思われているが、周囲を山に囲まれたその街の暑さは厳しい。
少年は今年も父の里帰りに付き合い、曾祖父の家で暇を囲っていた。
避暑と言うには厳しいが、窓開けと扇風機一つで涼を得られる乾いた暑さは嫌いではない。父の里帰りに付き合う理由は幾つかあるが、それがその一つではあった。
とは言え、曾祖父の家ですることなどそう多くない。先祖の墓参りなどの行事を済ませれば、何をするでもない暇な日々が残される。
暑さの盛りが訪れる前、朝の涼しさがまだ居残る仏間に寝ころび、持ってきたノートパソコンを立ち上げた。ブラウザを開き、ネット配信のアニメを見始める。暇潰しにはちょうどいい。
アニメでは、異世界に召喚された主人公が、美少女たちと冒険を繰り広げていた。
「なんだ、まーたテレビ漫画見てるのかい」
声をかけられ、少年は振り返る。
仏間の入り口。障子戸を開けてそこに立っていたのは彼の曾祖父だった。
齢100に届こうというのに矍鑠としており、着ている物が甚平だという点に目をつぶれば老紳士という表現が良く似合う。
その元気の良さの理由をかつて聞いた。
答えて曰く、「昔、兵隊やってたからなぁ」。
軍隊ってものに良くも悪くもゲームや漫画や映画での知識しか無かった少年は、「ああ、軍隊で厳しく訓練されたからだな。ライバックとかメイトリクスとか寿命なんかで死にそうにないもんな」と納得したものだ。
少年の中で筋肉モリモリマッチョマンの仲間入りをさせられた曾祖父が参戦した太平洋戦争は、神魔の如き何かが現れて戦況を覆すといった事が起こるはずもなく、日本の敗戦で終結した。
曾祖父は戦時中をどう生きたのか? 少年は知らない。
「テレビ漫画って何さ? アニメだよ。パソコンの動画配信」
それはともかく、少年が見ているのは漫画でもなければテレビでもない。何だかよく知らないものとは違うのだと少年は言い返す。が、曾祖父はその抗弁に取り合わなかった。
「テレビで漫画見てるんだからテレビ漫画だろうさ。どれ、曾爺ちゃんにも見せとくれ」
言って少年の傍らに腰を下ろす曾祖父に、少年は素直にノートパソコンの画面を向けてやった。
繰り返し放送されているのだし、多少見え難い位は惜しくもない。
アニメの中では、主人公達がモンスターと戦っている。
曾祖父はそれを物珍し気に眺めていたが、不意に言った。
「お、テレビ漫画のこいつ、南洋で見たわ」
指差したのは画面の中で大暴れ中のモンスター。
「いやいや、これモンスターだよ? こんな動物、世界中どこだっていないよ」
少年は呆れて返すが、曾祖父は逆に呆れ返して少年を見る。
「そりゃ、お前が知らないだけさ。南洋にはいたぞ」
「南洋って……」
「日本のずっと南の島。曾爺ちゃんが兵隊だった頃の話さ」
曾祖父の部隊は南方の孤島にあった。
南洋では、数多の部隊が玉砕し、日本を守るために命を散らした事はよく知られる。
曾祖父のいた島の背後にあったペリュリューは激戦地であり、そこに居た部隊は長い長い防衛戦を戦い抜いて玉砕した。
一方、アメリカがとった飛び石作戦(南洋の島々を、日本軍の守備が手薄な島を中心に制圧し、他は放置しながら進む)によって南洋の島に孤立し、戦う事無く終戦を迎えた部隊も多い。
そんな彼らは、制空権制海権共にアメリカに奪われ輸送がままならなくなり補給が絶えた事から、他の戦場で最後まで戦った兵達とは比べるべくもないにせよ、飢餓に対しての戦いを強いられる事となった。
そこで何があったのか少年は知らない。
「曾爺ちゃんの昔の話って聞いた事ないな」
興味をひかれた少年に、曾祖父は複雑な表情を見せる。
「あの頃は必死だった。今思えば楽しい事もあった。とはいえ、良い話ばかりでもないからなぁ」
呟き、少し考える。
戦争の話だ。殺しもしたし、殺されもした。
子供に話すべき事じゃないと思ってはいたが……
「まあ、お前ももう分別が付く年頃だ。年寄りの戦争の話を聞いておくのも勉強ださな。聞きたいか?」
「え? 聞きたい、聞きたい。格好良い話とかある?」
水を向けられて少年は身を乗り出して話を乞うた。後でも見られるアニメよりも、曾祖父の昔話の方が面白そうだ。
「格好良い話かぁ……いやいや、格好悪い話ばかりだなぁ」
曾祖父は苦笑を交えて話し始める。
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