曾爺ちゃん「芋って言っても、ジャガイモとは違うんだ」

 それはサツマイモのような形をしていたが、色は焦げ茶色。幾本かで房になっているそれが、泥を纏って一塊になっている。

 そいつを抱えて戻ると、兵達が二匹の緑猿にとどめをさしているところだった。

 血だまりの中で緑猿は、恐怖と怒りに歪んだ顔で天を睨みつけている。兵達はと言うと、それを気にした様子もなく、緑猿に突き刺さった銃剣を抜いて適当な草で拭っていた。

「どうだ?」

 聞けば、兵達が答える。

「不味そうで肉も少ないですね」

「見栄えが悪いので、持って帰る前に首を落としてハラワタも抜いてしまった方がいいと思います」

「うちの村でなら猿なんぞ黒焼きにして薬で売るけどなぁ。食うったらどうしたもんか」

「痩せた肉は干物が良いと聞くであります」

 それら報告が一段落つくのを待って、僕は命じた。

「処理は任せる。とりあえず、誰か残した部隊を呼んできてくれ」

「了解であります!」

 命を受けて兵達は、緑猿の脚に縄をかけて手近な木の枝に吊るし血抜きを始める者、そして僕らが残してきた部隊を呼びに行く者とに分かれた。

 その間に僕は、芋の房から太めのを一本毟り取り、こびりついた泥を払い落とす。

 野豚や緑猿が生で食べるのだから、人間が食べてどうという事もないだろう。

 単純にそう考えて、僕は小刀を取り出して芋を半分辺りで切る。

 真っ白な中身があらわになった。ここまでは美味そうだ。

 それから僕は、芋の断面の中心辺りに小刀を刺し入れ、一塊抉り出す。そして、躊躇なく口に放り込んで噛み砕いた。

「っ!?」

 直後、声にならない叫びと共に、口の中の物を全て吐き出す。

 感じたのは壮絶なエグ味。

 灰汁を煮詰めた様な味。それはもう味と言うよりも口を苛む凶器だ。

「大尉殿!?」

 兵達が作業の手を止めて駆け寄ってくる。

 それを沈める為に手を挙げて制した。大丈夫。死ぬほど不味かっただけだ。

 口の中のエグ味を流すためか唾がどんどん湧いてくる。が、それはエグ味を溶かし込んで口の中一杯に広げる役にしかたっていない。

 唾を吐き出し、そしてまた溜まる唾に苦しむ。

「大尉殿、うがいを!」

 差し出された水筒をひったくるようにして、僕は口の中に水を流し込んだ。

 口を漱ぎ、吐き出す。唾よりも量の多い水に希釈されても、まったく何も変わらない。

「げふっ! おえっ!」

 口の中のもののみならず、胃の中身まで吐き出す。

 とは言え、常に空腹の僕のこと、苦い胃液を吐くのがせいぜい。口の中に、ほんのりと不快感の味付けをするが、全体として感じるエグ味を軽減することはない。

 猛烈な吐き気が加わったことで呼吸が乱れる。口で息など出来たものではない。鼻で息をしようにも、吐瀉物が喉に居座る間はそれも難しい。

 とにかく吐く。吐かねば死ぬ。死んでしまう。

 そう考えた途端、後悔の念がどっと沸き上がり背筋が寒くなる。

 そうか、死ぬかもしれないのか。

 こんなところで。

 何を成果とする事もなく。

 無意識にか、意図的にか、見ようとしてなかったものが眼前に現れた。

 後悔。

 ああ、原田少佐が叱ってくれていたではないか。案の定ではないか。

 自身を責めるが今更それがどうだというのか。

 呼気が荒ぐ。舌が痺れる。

「大尉殿!」

 いきなり力強い腕が僕の体を支えた。

 中島曹長が来てくれたのか。

「らかひま……ろくを……たへた」

 上手く話せない。が、彼は説明されるまでもなく状況を理解したようだ。

「だぁら、何度も言われったやろうが!」

 僕の耳を破らんばかりに怒声を叩きつけ、それから中島曹長は兵達に命ずる。

「大尉殿が毒を食らった。ただちに後退する。獲物を担げ! 警戒を厳に急ぎ足! 始め!」

 そして中島曹長は、天秤棒を担ぐ要領で僕の体を肩に担ぎ上げ、先陣を切って歩き出す。

 恥ずかしながら僕は、その揺れにやられて中島曹長の背に吐き出してしまったが、彼は気にするそぶりも見せなかった。

「……すま……ない」

「そう思うんだら自重せんかぃ!」

 何とか謝罪の言葉を絞り出した僕に、中島曹長のやけにドスの利いた言葉が返る。

 いや、まったくもって言い返す事が出来ない。

 いまや、手の先、足の先が痺れだしてきていた。どうやら本格的に毒が回り始めたらしい。

 頭の中が騒々しい。

 考える事が全部、轟音になって頭をグルグルする。

 まるで……爆撃の…………

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