曾爺ちゃん「必死で猿の群れを掻き分けて進んださ」
「発砲しつつ前進! 入り口を取り返す!」
命令を下して先に進む。とはいえ、そう易くはいかない。
足を止めて銃撃し、緑猿共が驚いて逃げた分だけ進み、やがて逃げた緑猿が後続とぶつかって団子になった辺りでまた足を止める。
進みは緩やかだ。
銃弾を受けて倒れるもまだ生きている緑猿を、僕は軍刀で、兵達は銃剣で突き殺す。放置して進みたいが、踏み越える時に噛みつかれでもしたら事だ。
そして進み、それほど行かぬ内にまた見えてくる緑猿共を見て舌打ちをする。
「手榴弾も持ってくるんだったな」
投げ込めばさぞやはかどったろう。洞窟の壁はやたらに硬いので、手榴弾で崩れるということもあるまい。良い手だと思うが、さすがに病んで寝ていた状態では持っているはずがなかった。
「取ってまいりますか!?」
呟きを聞きつけた兵が問う。
弾薬庫まで行って取ってきてもらう? いや、無いな。今、兵が一人欠けるのは痛い。
「無い物ねだりだ! 気にするな!」
今は手持ちでなんとかする。入り口まで行けば、アレが有る筈だ。
だが、いつになったら辿り着ける?
手持ちの銃弾も無限ではなく、軍刀も銃剣も永遠ではない。まして、人の体力など。
危惧するや、先方の枝道から緑猿がドッと溢れ出すのが見えた。
今までを倍するほどに満ち満ちた緑猿共が、行く先を失ってかこちらに怒濤の勢いで流れ込んでくる。
「撃て! 絶対に抜かれるな!」
命令。自らも九四式拳銃を撃つ。
先頭を走っていた緑猿が血飛沫を見せて倒れ、後続を躓かせて転ばせる。だが、緑猿共はそれを踏み越えて押し寄せる。
銃声。兵達の射撃。
先の光景が、その数を増やしながら再現される。
すなわち、銃弾を受けた緑猿が倒れ、後続の障害となって不運な何匹かをまとめて転ばせ、残りの緑猿共がそれを乗り越える。
それなりに数は削った。だが、今までに無かった数が波のごとく押し寄せる。
「白兵戦でしのげ! 通さない事に専念しろ!」
兵達に命じて僕は抜刀して前に出る。
兵達は後ろへ行かさぬための壁だ。ならば、それが緑猿の波頭に砕けぬよう、先に立って波を砕く。
「ぇぇえっん! つっ!」
振り下ろす軍刀に頭蓋を砕かれる緑猿。そのまま軍刀を振りきって頭を下げさせ、次に軍刀を突き出して後ろにいた緑猿の顔面を刺す。
「どっ!」
突いた軍刀を横に振り、僕の横を抜けようとした奴の腕を切り飛ばす。
腕にあてても試合じゃ無効だな。そんな事を僅かに考える。
考えている場合じゃない。構えを取る間も無いんだぞ?
横に振り抜いた軍刀を振り上げつつ、峰で正面に入り込んできた緑猿の顎を打つ。
顎を打ち上げられて怯みはしたが、あまり効いていない。当然か。
振り上げた軍刀を下ろし、そいつにとどめを刺す。
これで四匹。これほどやって四匹だ。あと何匹いる? 考えるな、無駄だ。
振り下ろした軍刀を上げる間もない。
こちらのその隙を突いて間近に迫った緑猿を蹴り飛ばす。
反則だな。だが、間が出来た。
軍刀を構える。
「っらぁ!」
雄叫び。自身に活を入れる。
現状を把握しろ。兵達は?
チラと周りを見渡す。
死屍累々。緑猿が幾つも屍を重ねていた。
兵達は横隊で道を塞ぎ、銃剣で戦いを続けている。まだ戦えている。
ならば、彼等を率いる僕が、疲れたと弱音を吐く事は出来まい。
気合いを入れ直して緑猿の群れと相対する。そこで、緑猿の群れの異変を察した。
緑猿の群れの後方。そこでも戦闘が起こっている。
まあ、他にあるまいから僕の兵達だろう。別の道から押し返して、ここまで来たか。
よくよく見れば緑猿共は完全に浮き足立っている。逃げてきた先で僕らにぶち当たったという所か。
僅かな時間、考える間を得られた。
「こちら森本大尉だ! 先方の隊! 枝道へ退いて猿を入口方面へ逃がせ!」
逃げ場が無いから緑猿も必死になるが、道を空ければ逃走を選ぶだろう。
その命令を受けて先方の隊が動くのが見えた。
戦闘は再開されたが、すぐに先ほどまであった圧力が消えていく。狙い通りに逃走へと転じたのだろう。
僕らは進む事が出来、件の枝道にまで至る。
「大尉! ご無事で!」
果たしてそこで兵達を率いて戦っていた中島曹長。その姿は鬼神もかくやだ。
比喩でも何でもない。そうとしか呼べない有様だった。
全身血染め。右手に銃床まで血に濡れた小銃。左手にギラリと光る匕首。極めつけは手拭いで縛って首から提げた緑猿の生首である。
「何だその格好は?」
思わず問いただすと、中島曹長は気恥ずかしげに答えた。
「お恥ずかしい。虚仮威しでありますが、猿には随分と効いたようで」
ああ、なるほど。
こんなのに出会って追い回されれば猿でも怖かろう。
「良いじゃないか。戦われるよりは逃げてくれた方が楽だ。先陣を任せる。機関銃座を取り返すぞ」
「任されました。発砲は?」
「許可する」
やりとりの後、中島曹長は先頭に立って進撃を開始した。
中島曹長の恐ろしげな姿の御利益か、はたまた彼の為す無双と言って良い戦いぶりのためか、単純に人数が増えた事による銃弾の投射量が故か、緑猿共を押し返す早さは今まで以上であり、やがて僕らはついに入り口へと到達する。
入り口の塹壕。
ある程度の覚悟を持っていた。あるいはその気になっていただけかもしれないが、そこにあると踏んでいたものが無い。
ここを任せた歩哨の兵の姿。無傷ではいるまい、あるいは……と。だが、その姿が無いのだ。
逃げたのだろうか? 死守を銘じたつもりはないのだから、それならそれでかまわない。最初に敵襲を知らせた事で、彼等はその役目を果たしたのだから。
無事でいてくれていれば良いが、しかし今はその確認など出来る状況ではない。
部下を探した後、目当てのもう一つを探す。
在った。塹壕の底、一式重機関銃が捨て置かれていた。移動の邪魔になって塹壕に蹴り落とされでもしたのだろう。
緑猿共には何の価値も無い物だから、そのまま有るだろうと読んだが、読み通りだ。
むしろ保弾板の散逸の方が問題で、緑猿の玩具にされたか、開けられた弾箱から幾らかが出されていた。とはいえ、緑猿に無用の長物である事には変わりなく、それなりに数は残っているだろう。
塹壕周りにまだ残る緑猿を掃討しつつ僕は命じた。
「機関銃につけ! 入ってくる猿は全部殺せ!」
「了解であります!」
兵が二人、塹壕に飛び込んで機関銃を担ぎ上げ、射撃可能な状態に据え直す。
一人が機関銃に取り付いて射手に、一人が保弾板を手に装填手となり、準備を終えるや入り口に向けて機関銃が火を噴いた。
銃口前にいた緑猿が弾き飛ばされる。さらにその背後にいた緑猿も。
その緑猿を受け止める形になって倒れた緑猿の頭上を飛び越えた銃弾が後続を同じように弾く。連鎖するように広がっていく死。
その中で、突然死んだ仲間の死骸……奴にとっては身をもって盾となってくれたそれを恐慌状態で押しのけ、逃げようとしたのか立ち上がって銃火に身を晒し、頭を西瓜のように砕けさせた緑猿の姿が妙に印象に残った。
腹に響く銃声が刻まれる度、手こずらせてくれた緑猿共が次々に倒れていく。
30発を撃ち終えるや保弾板を代えて更に撃つ。繰り返す。
洞窟入り口から塹壕までの道を屍で舗装するがごとき猛威に恐れをなしたか、ついに入り口からの緑猿の流入は止まった。
安堵。だが、まだ終わってはいないのだ。
「中島曹長。四人残す。この場を確保して、奥から逃げ戻る猿をここで叩け」
洞窟の中には相当数の緑猿が入り込んだはずだ。それを全て討伐しなければならない。
だが、中島曹長は首を横に振った。
「……いえ、大尉がここに残ってください。大尉には指揮を執ってもらわねば困ります」
「む……」
そうか。……そうだな。
窮地を脱した兵がいるかもしれない。彼等は指揮下に戻る事を目指すだろうが、その時、僕が最前線で暴れているのは具合が悪いという事か。
それは実に正しいので、頷かざるをえなかった。
「わかった。奥で水橋少尉が兵を集結再編させている筈だ。兵を回収しつつ合流し、奥から緑猿を追い上げるように進撃させろ」
命令を翻して新たに命じる。
「最終的には、この入り口で残敵を始末する」
「了解であります。では、行ってまいります」
緑猿の群れが未だ跳梁跋扈するであろう洞窟内部へと、兵達と共に中島曹長は下っていく。
その後、僕らは重機関銃の向きを洞窟奥向きへと変え、奥より逃げてくる緑猿に備えた。
入り口は、緑猿がすっかり恐れをなしたのだろう、時々覗き込む程度になっていたので、そいつを小銃で撃ってやれば事足りる。
後は部下達が追い上げてくるだろう緑猿を、機関銃で処理すれば良い。
しかし、自ら戦うわけではなく、戦う部下を思いながら待つのは重苦しい感じがして辛い。ただ忍耐の時間を過ごす事となった。
洞窟を緑猿の死骸で埋めつくして、その日は終わる──
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