■現代 寝る前に

 曾祖父の部屋。

 天井近くには幾つもの額縁が並び、納められた賞状や写真が曾祖父の来歴を語る。もう一つ、カチコチと大きめの音を立てる掛け時計が夜の時間を指し示していた。

 壁に並ぶ書棚。詰め込まれた分厚い本。その中から抜き取られたのであろう本が積まれた仕事机も一揃え。

 そして部屋の角に置かれたテレビが一つ。

 少年の家にある長方形の薄いテレビとは違い、箱の様に真四角なテレビだった。

 少年がもっともっと小さい頃には、少年の家のテレビも同じだった……と言われても、幼すぎて少年にそんな記憶は残っていない。

 床に二組敷かれた布団の上、少年は曾祖父の話を聞き終えるや言った。

「それ、エルフだ!」

 曾祖父と共に夏の怪奇特集番組を見た後の事、震え上がっていた少年に語った曾祖父の話は、「怪奇には正体があって、わかってしまえば何という事もない」という様な意味を込めた話ではあったのだが、それよりももっと重要なのである。

「ね、ね? エルフだよね?」

 耳が笹葉の様に長い種族なんてエルフ以外にないだろう。

 肌の色が濃いというから、ダークエルフなのかもしれない。

 ファンタジーの象徴とも言えそうなお馴染みの種族の登場に、少年は身を乗り出す様にして曾祖父に問う。

 が、曾祖父は布団の上に胡座をかいたままで首を傾げるのだった。

「んー、えるふってのは何だい?」

「え? えと……耳の長い人?」

 少年の返した答えは簡潔だ。確かにエルフは耳が長く描かれる。

 識者によれば、アメリカから日本に伝来する前のエルフの耳は尖りこそしていたが長いと言うほどではなく、長い耳は日本独自のアレンジであって後にアメリカへと逆輸入されたという。

 しかし、少年に馴染みの深いエルフは耳が長い。長いのだ。

 それを受けて曾祖父は中空を見つめ、そこに過去に見た少女の姿を思い描く。

「ああ、原住民の女の子のことか。そうそう長かったな」

「それで、魔法とか上手なんだけど……」

 エルフは魔法が得意。

 弓もそうなのだろうけど、曾祖父の話に出てくる少女は弓は持っていなかった様だ。

「ああ、まじないの好きな子だったな。女の子はそういうのが好きなんだろうなぁ」

 曾祖父は懐かしげに頷く。

 少女は、事ある毎に、まじないだと言っていた。

 それを未開人達の野蛮な風習だと切って捨てる事も出来るだろうが、曾祖父は、もっと夢とロマンがあるものだと見ている。

 それに、太平洋戦争の頃にはまだ日本でも迷信めいた事が生きていたのだ。

「山の女神様にチンチン見せるまじないは、お気に召さなかった様だがなー」

「あー、女子ってそういうところあるから」

 少年にも何か不満があるらしく重々しく頷いた。

 男子というものは女神様にチンチン見せたら喜ぶとか聞いた日には女神様の為とか言い出してチンチンを山に向けて御開帳するし、蛙がチンチンに噛み付くと聞けばもう度胸試しとか言い出さずにはいられず誰が一番最初に噛まれるかを競争し始めるし、そしてそこを女子に見つかって叱られるのだ。

 男子、馬鹿じゃないの?

 返す言葉もありません。

 だって女神様が……とか、でも蛙が……とかは言い返してる内には入らないのでノーカン。かくして、口で女子に勝てない男子には不満が溜まるのである。

「あいつら、いつも男子を馬鹿にするんだよな」

 チンチン出してて見つかったという訳ではないだろうが、それでもそれなりに憤りを感じるエピソードがあったのだろう少年。

 残念ながら彼には、結局は大人になっても男子の頃と同じ様な事をして自分の娘くらいの女子に見られて叱られた男達の気持ちなんて、まだわかる事はないだろう。

 わかりたくもないとは思うが、生きていればそういう事も有るかもしれないのが人生だし、実際に祖父の人生はそうだったわけだし。

「はっはっは。そうだな、女子はなー」

 曾祖父は、まだまだ男子の真っ最中の少年に相槌を打ちつつ朗らかに笑った。

「あの子も、大の男共を子供みたいに叱り飛ばしてたわ」

「うん、女子ってのは……あー、でもエルフなら子供に見えても、もう大人だったのかもしれないよ?」

 女子への愚痴を続けかけて、少年はエルフについて思い出す。

 エルフは長命だ。数百年から永遠までを生きる。

 なら曾祖父が出会った少女も、外見は子供だったとしても、もの凄い長い時間を生きていたのかもしれない。

 そう考えた少年の言葉を曾祖父は、少女が歳の割に若く見える人だった程度に聞く。

 そうして曾祖父は懐かしそうに返した。

「無いなぁ。誰が見ても、まだまだ子供だったもの」

「じゃあ、子供エルフだったのかなぁ」

 その可能性もあるなと少年は頷いた。

 エルフも成長するまでは人間と同じ成長速度だとか、肉体の成長と同じく精神的な成長も非常に遅いとか、エルフの設定なんて色々だ。

 もっと単純に、大人になっても子供っぽいままだったなんて可能性もある。

 ただ、それでも曾祖父には一つ言えた。

「子供でも何でも、孤立無援の部隊に初めて現れた救いの手だものな。神様仏様って所ださ。まあ、山の女神様じゃあなかったけどな」

 あの日、食糧不足から緩やかに全滅しつつあった日本軍部隊に、彼女は大きな転回をもたらした。その正体が何だろうと、彼女は救いの神だったのである。

 少年は深く納得し、しみじみと呟いた。

「そうだね、チンチンで喜んでくれなかったもんね……」

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「お、テレビ漫画のこいつ、南洋で見たわ」 ファンタジー物のアニメ見てたら曾爺ちゃんが奇妙な昔話を始めた ALF @ALFMS

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