■現代 お説教の後

 仏間。正座していた足がすっかり痺れ、少年は立てないままに床を這った。

 “ちょっと、やらかした”ので、親戚一同の耳目のある中で父から正座で説教を受けていたのだ。

 何をやらかしたのかは、少年の名誉の為に伏せる。正座で説教を受けるくらいには罪が重く、それで許される程度に軽いという事だ。

 しかし、これから先、少年が大人になった後も、親戚が集まる度にこの日の事は話のネタにされるだろう。それこそが正座以上に厳しい罰となり、強い反省を促す事を少年はまだ知らない。

 今は痺れた足を揉んでみたりしながら回復を待つので精一杯だった。

「よく我慢したなぁ。辛さが身に染みて反省したか?」

 曾祖父は、少年の傍らに腰を下ろして真面目な声で言うも、その目は微笑ましいものを見る目だった。

「うん。ごめんなさい」

 説教の後だけに素直に謝る。反省からか、これ以上の説教は嫌だからなのか、何にせよ悪事には罰が下ると身に染みたのは確かだ。

 真の反省なんてものがすぐに身につくはずもない。

「まあ、失敗は誰でもするさ。そんで叱られて成長するんだ」

「曾爺ちゃんの昔話も、失敗ばかりだもんね」

 今までの話を思い出して言う少年に、曾祖父はにんまりと笑った。

「そうだ。失敗ばかりだったさ。でも、叱ってくれる人が居た。有難い事なんだよ」

 人は繰り返し失敗する。失敗する度に叱られて成長する。

 人は失敗には事欠かないが、失敗を叱ってくれる人は得がたい。

 その点、振り返れば曾祖父の人生には得がたい人々との出会いがあった。自分もそう在ろうとしてきたが、果たして彼等の半分もそれが出来ただろうか?

「……あー、うん? そうかなぁ?」

 少年の言葉には疑念が混じる。とりあえずは叱られたくないという思いが先に立っても仕方が無い幼さがまだ残っていた。

「それよりもさ。昔話の事なんだけど、ゴブリンと戦ったんだよね?」

 説教の原因の方に話が行くのを厭い、少年は話を変える。

 曾祖父は首を傾げた。

「ごぶりん?」

「えっと、緑色の猿って言ったかな? ……あのさ、その猿って武器とか鎧とか装備してなかったの?」

 少年が抱いたちょっとした疑問。

 ゴブリンが毛の無い緑色の猿扱いされたのはわからなくもない。裸でいたのならなおさら。だが、ゴブリンというのは大概何かしら武装しているのではないだろうか? 少なくとも、少年が小説や漫画やアニメやゲームで仕入れた情報ではそうだ。

 ちょっとした鎧や服なんかを着て、ショートソードやハンドアクス辺りで武装した姿がイメージだが、そんな姿だったらさすがに猿とは思わないんじゃないだろうか?

「武器や鎧? はっはっは、相手はお猿さんだぞ? でも、何匹か木の棒や石を持っていたな。賢い猿だったわ。でも、鎧は無いなぁ」

 曾祖父は思わず笑いだした。

 衣装を着た猿なんて言うのは、猿回しの猿ぐらいしか思いつかない。ニホンザルの様な愛嬌など微塵も無かったから、服を着せて芸をさせようとは思わなかっただろうが。

「えー? でも。いや、そうなのかなぁ」

 今度は少年が首を傾げる番だった。

 野ブタがオークだった様に、緑猿はゴブリンかと思ったのだが、実は違ったのかもしれない。本当に只の猿なのかもしれない。

 そんな考えに傾いていく少年に曾祖父は続けて言う。

「だいたい、猿用の衣装とか、森の中で誰が作るんだい? 森は広かったが、そんな物好きはいなかったなぁ」

 その曾祖父の言葉が少年にとっての天啓となった。

「あーっ。そっか、ゴブリンが持ってるのって盗んだ物とかだもんなぁ」

 ゴブリンが何もかも自分で作ってる話だってあるけど、だいたいは人間から盗んだ物だ。

 森の中で周りに何も無ければ盗んで使えるわけがない。

 森の中で手に入る武器……木の棒や石? 石斧石槍みたいな石器くらいは……いや、ゴブリンだもの作れなかったのかもなぁ。

 でも服ぐらいは……ああ、南洋だものなぁ。寒くないから着なくて良いのか。

 納得と同時に妙な落胆を覚える。

「そっかー……何か格好悪いなぁ」

 真っ裸のゴブリンが襲ってくるのでは、どんな勇者や冒険者が戦っても格好悪い気がしてならない。

 それは、少年の勝手な感想でしかなかった。かつて戦った曾祖父は、格好良い悪いどころではなく、死んでもおかしくはない、まさに命懸けだったのだから。

 だが、曾祖父は苦笑を浮かべるだけだった。

「そうだなぁ。ただの猿相手だもの。格好良い所なんか何も無かったなぁ」

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