曾爺ちゃん「その頃、本島の方では畑作をしていたんだがな」

 持ち帰った芋は、本島にて五十嵐大尉に渡した。

 辺りには、五十嵐大尉の隊が作った畑が広がっている。滑走路から離して作ってあるそこにも、爆撃の跡がしっかりと残っていた。

「どうぞ、これが芋です」

 差し出した雑嚢に半分ほど入った芋を興味深げに覗き込んで五十嵐大尉は言う。

「これが森本君を殺しかけた毒芋か!」

「死ぬほどではなかったですよ。味わうのは二度と御免ですが」

「はっはっは、そう腐るな。この芋が、我らの窮地を救うかもしれないだろう?」

 笑いながら雑嚢の口を閉める五十嵐大尉に問いを投げる。

「食べられそうなんですか? 蒟蒻を作るとか聞きましたけど」

「蒟蒻か。あれは例えで出しただけなんだがな」

 五十嵐大尉は笑みのまま、少しだけ困った様に口端を曲げた。

「まずは試してみん事にはな。あまり期待はしないでくれよ」

「試す時は、危険ですので……」

 警告しようとして止める。

 その危険な物を考えも無く口に放り込んだのは誰だ。警告できる立場か?

 そんな惑いを察したか、五十嵐大尉は慰める様に僕の肩を数度叩いた。

 気恥ずかしく感じ、五十嵐大尉の顔を見られず、僕は視線をそらせて畑の方を見やる。

 幾らか草は生えている様だが……

「畑の様子はどうです?」

「正直、この島では難しいな。土が弱すぎる」

 言って五十嵐大尉はしゃがみ、畑の土を手ですくった。

 砂が砕けて出来た様な粉っぽい土が指の隙間からこぼれていく。

「そちらの島で畑は作れそうにないか?」

「……難しいですね」

 問われて僕は答える。

「森は、巨木の枝葉が光を遮って薄暗いですから畑には不向きですよ」

 森の中は枝葉の天井があって薄暗い。そんな場所でも生育する現地植物ならまだしも、外来の植物が育つかはわからない。

「切り拓けないか?」

「木が巨大過ぎです。一本で家一軒が建てられそうな巨木ですから、倒すのも一苦労なら、倒れた木をどうにかするのも……それで一本をやっつけても、周りの木の枝葉がまだまだ生い茂っているわけで」

 杣人に託せば上手くやってくれるのかもしれないが、それにしたって重労働なのには変わりない。それを何度繰り返せば十分な耕作地が手に入るのか?

 それにだ。畑作りには確かに邪魔になるだろう木々の枝葉にも、僕らには大きな利点がある。

「それに、枝葉の天井は航空機から我々を隠してくれます。それを剥いでしまっては、敵に利するだけとなるかもしれません」

「なるほど。拓いてしまえば、あれの繰り返しか」

 言って五十嵐大尉は畑の中に残る爆撃跡の大穴を見やる。

 敵の目標は滑走路なのだから、こんな畑になど攻撃する意味は無いはずなのだが。

「畑にどうして爆撃が?」

「米軍のやつらに聞いてくれ。誤爆か、残弾を捨ててくのか……ふざけてかもしれないな。時々落とされる。ほとんど、まともに当たってはいないんだが、落とされると作物の損害が酷い。まあ、作物も元々まともに育っちゃいないんだが」

 五十嵐大尉は諦めた様に笑って答えた。

「どれだけ苦心しても、これではな。不甲斐ない」

 そうして、不意に陰りのある表情を見せ、呟く。

「敵が手の届く所にいたらなぁ……」

「……そうですね」

 僕らはまだ戦っている。例え、敵に一矢報いる事さえ出来なくても。食料の確保に汲汲する状況にあってさえも。

 まだ戦争は続いている。

 そんな事実を、僕は新たに思い直した。

 一方の五十嵐大尉は、そんな思考から一足早くに抜け出した様だ。

「何にせよ、日の下での畑作は、こちらでとなるわけか」

「向こうで、森の切れ目の様な好適地が見つかれば可能となると思います」

 畑を作れそうな場所が有り、安全を確保できるのなら、そこで畑を拓く事も出来るだろう。そんな場所が見つかれば。

 僕のそんな確証の無い話に、五十嵐大尉は頷く。

「そうだな、期待しよう。それまでは腐葉土や堆肥を作って土作りからやる手で行くか。森本君の隊が足場を築くまではと時期を見ていたんだが、そちらへ兵を落ち葉拾いにやって良いか?」

「いえ、こちらの兵で行って、お届けしますよ。後詰めの兵も森に慣らしていこうと思いますので、ちょうど良い」

 今は少数精鋭による偵察だけだが、いずれは部隊を投入しての狩猟採取も必要になるだろう。その訓練は必要だ。

「……森本君、焦ってはいないな?」

「は?」

 いきなり問われて気の抜けた声を返す。

 説教か? 身構えると、五十嵐大尉は気まずそうに続けた。

「いやな? 焦ったあげくにだ。兵達に草を適当に集めさせて、森本君が片っ端から食べて試すんじゃないかと心配でな」

「いや、もう懲りましたし、そもそもそんな事してませんよ」

 何を言うかと思いきや。

 いくら僕だって、そこまで危うい橋は渡らない。

 僕を何だと思っているのか? 草を食うとか牛か何かではないか。

 が、考えてみれば、そんな評価も間違ってはいない気がする。警戒無しに毒芋を食ったからなぁ。低評価もやむなしか。

 草は食わねど、道草はよく食うしなぁ。

「なら良いんだ。無茶をせずに、お互い頑張ろう」

 五十嵐大尉は激励をくれたが、僕はそれを苦く受け止めるのだった。

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