■現代 昼食後
大ザルに山盛りに茹でられた冷や麦を親族一同で平らげた後、他の皆が部屋を出ていく中で残った少年と曾祖父。
牛になる準備と言わんばかりにテーブルの下に寝転がり、しこたま詰め込んだ腹をさすっていた少年は、テーブルで食後の茶を飲んでいた曾祖父に声をかけた。
「さっきの話の野ブタってさ。オークだったんじゃないの?」
頭が豚な人型と言えば、ファンタジーでお馴染みのオークだ。
曾祖父が徹底して野ブタと呼ぶので素直に豚だと思っていたが、考えてみればその姿はオークにしか思えない。
「あの野ブタ、オークって名前だったのか。坊は物知りだなぁ。博士にでもなるか?」
「オーク知ってても博士にはなれないよ」
言って少年はテーブル下から這い出し、曾祖父に好奇心に満ちた目を向ける。
「で、オークって美味いの? なんか、凄く美味そうに言ってたけど」
話を聞く限りだと、その時のオークは凄く美味かったらしい。が、曾祖父は苦笑しながら首をかしげる。
「どうだろう。そうだなぁ。坊が食べても美味くはないかもな」
「そうなの?」
美味しくないのか。少し落胆して聞く少年に、曾祖父は苦笑を見せる。
「だいたい、味付けがこう、塩塗って焼いただけだもの。焼肉のタレどころか、胡椒ですらないからなぁ」
言われて考えてみる。
塩を振って焼いただけの肉。
確かに、美味そうとは思わない。
「うーん、でも、そこは素材の味とかさ」
期待を捨てられずになおも縋る少年の言葉に、曾祖父はやっぱり苦笑する。
「そもそも、元猟師の部下に聞いたら、その時の肉の処理なんか滅茶苦茶だそうでな。殺したてをすぐに食うのもよろしくないそうだ。普通に考えたら美味くないわな」
肉には正しい処理の仕方がある。また、肉は新鮮なら良いというわけでもなく、熟成を必要とする。現代の肉は処理や熟成などに気を使われているわけだ。
現代ほど情報に触れ易くはないが、太平洋戦争当時の猟師だって肉の味を損ねないように伝承と経験から得た手法で獲物を処理していた。肉を売る時になって腐ってましたじゃ一文の儲けにもならないから当然だ。
だが、あの時はそんな処理すらもしていない。何よりも警戒が優先された為だ。
これでは、仮にその肉が極上の美味だったしても、その格を一段も二段も落としたことだろう。
ゆえに、理屈で考えると美味くはない筈。筈ではあるが、だが……
曾祖父は懐かしそうに、思いと言葉を吐く。
「それでも、あの時は至上の美味に思えたよ」
そして曽祖父は、寝転がる少年の冷や麦で膨れた腹に手を下ろし、ポンと腹鼓を打ち鳴らしてニヤと笑った。
「食うや食わずの中、久しぶりの肉だもの。空腹は最強の調味料なんだろなぁ。坊もしばらく断食してから食べれば、きっとなんでも美味いぞぉ」
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