第10話 容姿の話

「リヒトさんがお変わりないようで、少し見学してしまいました」

「もう少し早めに助けてほしかったです」


 ふふふ、と含み笑いを零すコルテオにやれやれといった具合でリヒトは苦笑した。

 コルテオの指示で店員たちはリヒトとシキに興味深げな視線を投げつつも、各々仕事へと戻って行った。


 リヒトとシキはコルテオの店で、良かったら奥でお茶でも、と応接室に通された。

 コルテオは人好きのする笑みでシキに視線を合わせるために屈んで声を掛けてきた。


「初めまして、シキくん。僕はコルテオと言います。リヒトさんとは長い付き合いなんだ」


 マギユラからおおよその経緯を聞いたのだろう、コルテオはシキの頭をぽんと撫でると応接室のソファへ導いた。お茶請けを用意します、と部屋を辞したコルテオを見送り、シキとリヒトはひとまずソファに並んで腰掛ける。

 豪華な室内に緊張を顕にしたシキはリヒトの服を掴んで、そわそわしている。


「マギユラさんのお家、大きいお店だったんだね」

「領都の中だけでも幾つか支店があるよ。本店のここは服飾中心だけど、基本的にはなんでも買わせてもらってるなぁ」


 シキは商売についてはよく分かっていないので、すごいね、とだけ返してまたそわそわと落ち着かない様子で応接室の調度品を見回している。

 そのとき廊下の向こう側から慌ただしい足音が聞こえてきた。絨毯張りの床なのに響いてくる足音にリヒトとシキは顔を見合せた。


「リヒトさん! シキくん! ようこそ!」

「「マギユラ」さん」


 ばん!と応接室のドアが開き、弾んだ声で歓迎の言葉が飛び込んでくる。いつもの配達着で、恐らくつい先程まで仕事をこなしていたのだろう、父親譲りの癖のある髪の毛がいつもより乱れていた。


「マギユラ、もう少し落ち着きなさい。ほら、お茶をお出しして」

「あ、ごめんなさい。父様、ただいま戻りました」


 カートにお茶とお菓子を乗せてコルテオが戻ってきた。

 マギユラはわざとらしく畏まった様子でリヒトとシキの前にお茶とお菓子を並べる。ハーブティーと果実のタルトだった。シキはきらきらと瞬きして、コルテオとマギユラに深く頭を下げて、リヒトを一瞥する。それにこくりとリヒトが頷くと、小さくいただきますをして、シキはケーキを頬張った。


「関所のカルムさんが、ついさっきリヒトさんが通ったよって教えてくれたから、ついつい飛んできちゃった。リヒトさん、久しぶりのユーハイト、ゆっくりしてね。シキくんもお師匠様に紹介するから」

「とりあえず今日は宿でゆっくり休むつもりだから、よければ明日の午後にでも師匠殿のところに伺おうかな。一応先触れの手紙は出しておいたけど……」

「明日なら私も配達予定があるから一緒に行くよ! 午後なら大丈夫だと思う」


 マギユラがにこりと笑う。そのやり取りを横で聞いていたコルテオは苦笑して、


「リヒトさん、マギユラが迷惑かけてないかい? リヒトさんはお人好しだから、面倒ならちゃんとそうと言ってくださいよ」

「迷惑って何よ〜」

「いえいえ、マギユラにはいつも助けて貰ってますよ。毎回距離があるのに樹海まで荷物を運んでくれるおかげで、生活が潤ってます。あ、そうだコルテオさん、少し取り寄せてもらいたいものがあるんですけど、少しお話大丈夫ですか?」

「ええ、ええ、喜んで」


 そのままコルテオとリヒトは商談を始めてしまったので、一人でもくもくとケーキを楽しんでいたシキにマギユラが話し掛ける。


「シキくん、道中大丈夫だった? なんでも渡り鳥に乗ってきたとか」

「帰りはどうにか違う方法で帰りたい……」


 あははは、とマギユラが笑う。どうやら渡り鳥の飛行や着陸などについては知っているようで、シキの肩をぽんぽんと叩いた。


「リヒトさんね、のほほんとしてるように見えて鳥類の飛行術がぶっ飛んでるのよね……。私もキエルを一人で乗りこなせる前にリヒトさんと一緒に魔鳥に乗ったことがあるけど、もう経験したくないわ」

「マギユラさんも乗ったことあるんだ」


 ずうんと暗くなる顔色にシキもぎょっとして聞き返した。


「飛行中は問題ないのに、着陸がスリリングすぎなのよ」


 ぶつくさとうなだれた顔で文句を続けるマギユラにシキはコルテオと話すリヒトを見上げて呟いた。


「リヒトさんのこと、まだ全然知らないんだなって思ったよ」

「まだ会ったばかりじゃないの、これから知っていけばいいわ」

「そういえば、領都に入る時も思ったけど、リヒトさんって他の人とは違うの?」


 はたとシキはまたたいて、疑問に思っていたことをマギユラに投げかけた。

 マギユラはシキの質問に首を少し傾げて聞き返してくる。


「どういうこと?」

「あのね、衛兵さんとか、コルテオさんのお店の人たちがリヒトさんのことを見て顔を赤くしたり、急に態度が変わったから……」

「ああ、そういうこと!」


 ようやく合点がいったのか、マギユラはぱちりと手を合わせた。


「シキくんは祖父母様と、あと近所にいた方くらいしか知り合いっていなかったんだよね」

「うん、あまり外に出なかったから」

「リヒトさんと、今日ここに来るまでに会った人たち、本当は比べたら失礼なんだけどどう思った?」

「比べる……?」

「なんというか、違いを見極めるというか。見た目、容姿とか雰囲気の話」


 シキは改めて、まじまじとリヒトのことを見つめた。

 室内なのに光を纏うような金糸の髪はいつだってつやつやしてるけど、適当に背中あたりで緩く結っている。樹海とはいえ畑仕事や採取に出かけているにも関わらず、シキ自身とは違う白い肌。すっと通った鼻筋もたぶん自分とは違う。

 あと何よりも紫苑色の瞳は、きっと同じ色の宝石があったとしたらとても高価な代物だろう。


「……あ、あの、シキ?」


 じぃっと見つめてくるシキに耐えられなかったのか、コルテオとの話を中断させたリヒトがシキの方を向いた。コルテオも不思議そうな顔でシキとマギユラを見やる。


「シキくんにリヒトさんについて改めて認識してもらっていたのよ。ほらシキくん、リヒトさんのことどう思う?」


 マギユラの返答にぎょっとしたリヒトは何だか居た堪れない様子の困り顔でシキに問いかける。


「シキ、変なこと教わってない?」

「リヒトさんって、きれいなんだ」

「シキくん、こういう人族の顔の人を美人に分類していいわ、あとリヒトさんの年齢も――」

「マギユラ!」


 顔を赤くして珍しく声を上げているリヒトにびくりとした。シキは珍しいものでも見るように、琥珀色の目を瞬かせ、また再びリヒトを見上げる。


「種族によって容姿は異なるし、同種族でもぜんぜん違ってくるんだ。シキはまだ出会った人たちが少ないからこれから世界を広げていってほしい。あとそれと、他者の容姿を見比べるのは失礼になることもあるから気をつけること!」

「……はい」

「きれいだと思うものをきれいと言ってはいけない理由はないわよ」


 つんと不貞腐れたように唇を尖らせるマギユラにも、リヒトは優しく諭すように告げる。


「マギユラの言うことも間違っては無いけど、シキの中の価値は、シキに養って欲しいんだ」

「……それもそうね、ごめんなさい。シキくんも一旦私が言ったこと忘れていいわよ。ちょっとイタズラ心が芽生えちゃった」


 リヒトに諭されたシキは少しの沈黙の後、真っ直ぐにリヒトを見つめた。


「リヒトさん、僕はまだぜんぜん世界のことを知らないから、僕が間違ってたらまた教えて欲しい。この領都のことも知りたいし、たくさん人に会って、色んなことを考えていきたい。ただまだ僕は未熟だから、場合によっては助けて欲しい、です」

「もちろん。そのために此処に来たわけだし、私でよければいくらでも助けるよ」


 リヒトの隣でやり取りを聞いていたコルテオは深く息を吐くと、目を細めてシキに声を掛けた。


「シキくんは利発でいらっしゃいますね。そして最初に出会ったのがリヒトさんでとても幸運でした。この縁を大事にしてください」

「コルテオさん……」

「そしてユーハイトは比較的治安は良いのですが、外の世界には悪意に満ちたものもあります。既に盗賊の話は伺っていますが、ああいう輩もいるのでくれぐれも領都内ではシキくんは特に一人で行動しないように気を付けてください」


 まるで我が子に言い聞かせるような優しい声色でコルテオはシキに注意を促した。リヒトとマギユラも、コルテオの言葉に深く頷き、シキを見つめている。


 シキはその眼差しに、祖父の顔を思い返していた。

 これまで狭い世界で生きてきたが、生き方や善悪については祖父に叩き込まれた。しかし、教わることと、実際に見たり聞いたり経験することは大きな差があった。


「コルテオさん、ありがとうございます。気をつけます」


 シキはコルテオに深々と頭を下げた。

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