第20話 魔法と歴史の勉強
休憩後、稽古はその後問題が起こることもなく無事に終わった。
しかし、子どもたちが帰宅しようとしているところに、シキとネロとユージアはヒューマに呼び出された。
「他の子たちは気をつけて帰るんじゃよ」
ありがとうございました、さようなら、と口々に挨拶をして三々五々帰宅する彼らの背中をシキはぼんやりと見送りながら、ユージアへと掛ける言葉を考えていた。
「残ってもらって済まなかったのう」
「あの、さっきのこと、ですよね」
詫びるヒューマにネロが控えめに手を挙げて訊ねた。現実へと引き戻されて、シキはびくりと身を竦める。ユージアは何も言わずにヒューマを見つめているようだ。
「シキはまだ、魔法を習得中でのう。今回の魔法暴発については、師匠である儂にも非がある。どうか儂に免じて許してはくれんかの。本当にすまなかった」
ヒューマの謝罪にネロやユージアだけでなく、シキも目を見開いて驚いたのと同時に、シキはユージアに向かってヒューマと同じように深く頭を下げた。
「お師匠さまは悪くないんです、僕がまだ魔法を制御できないばっかりに、怖い思いをさせて、ごめんね……!」
当のユージアはというと、むくれた顔をさらに歪めて、ぷるぷると拳を握って震えていた。
――ものすごく怒っている……!
シキは昔、爺様が大切に育てていた苗木を遊んでいたら踏んでしまい、ものすごく怒られたことを一瞬思い返していた。
次に襲い来るかもしれない罵倒に備えて身を硬くしていると、絞り出すような声でユージアが話し始めた。
「……元はといえば、オレが、ネロに突っかかった、から」
もごもごと、小声で呟いている。
「ユージアくん……?」
聞き取りにくかったので、シキが窺うように声を掛ける。
「~~ああもう! お前に謝られる筋合いじゃないっていってるんだ!」
「……え?」
自分が悪いと自覚していたところに、先に謝られてしまい、いたたまれなかったようで、ユージアは耐えられないとばかりに真っ直ぐな本音をぶつけて来た。
ヒューマは穏やかな目をしたまま子どもたちの動向を見守っている。ネロはネロで、いつもぶっきらぼうなユージアの様子に驚いたのか、目をぱちくりと瞬かせている。
「……ネロ、お前が弱いとか、ちんくりんとか言って、悪かったな」
「ううん、僕がまだまだなのはよく分かってるから」
ユージアはネロに向き合い、少し鼻先を赤くしながら詫びた。ネロはびくりとしつつも、シキに向けてくれたような笑顔でユージアに向き合っている。
「オレ、お前のとーちゃんが羨ましかったんだ。オレのとーちゃんは仕事で王都に行ってるから、気軽に会えねぇし」
「あ……」
少し寂しそうなユージアの話に、ネロは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「今度さ、オレもお前のとーちゃんに技とか教わりに行って、いいか?」
「うん、うん、もちろん! 父さんも喜んで教えてくれると思うよ!」
和解した二人を微笑ましく見ていると、第三者の立ち位置で眺めていたシキに向けてユージアが声を掛ける。
「お前のことも、べつに怒ってないからな。……まぁ、次の稽古から、気が向いたら組手の相手、してやるから」
「へへへ、僕まだまだ分からないことだらけだから色々教えてね、ユージアくん」
目線はそっぽを向いていたのはきっと恥ずかしいからだろうというのは、シキにもよく分かった。ぶっきらぼうな言葉遣いでも、ユージアが歩み寄ってくれたことが嬉しくて、シキはにっこりと笑みを返す。
「ユージア。……オレも呼び捨てでいい」
「うん! 僕のこともシキって呼んで」
三人の子どもたちのやり取りを一歩引いたところで眺めていたヒューマが満足気に頷いた。
「打ち解けたようで何よりじゃ。さ、さ、ネロとユージアは支度をしたら家に帰るんじゃよ、話に付き合ってもらってありがとうな」
「「はい、先生」」
道場から出て、仲良く雑談しながら帰って行くネロとユージアの背中を見届けたシキは、道着から普段着に着替えて、ヒューマ邸の座敷に移動していた。
台の上に、初日に教わっていた魔法の属性図の用紙が置かれており、シキに見えやすいように指を指しながら説明を始めた。
「この世界にはの四つの元素となる属性がある、と教えていたのう? 火、風、土、水の基本属性が主軸にある、ということはまだ頭に入っとるかの?」
こくり、とシキは頷いた。
ヒューマは説明を続ける。
「前回説明を省略した、この上と下に書かれている特殊属性について補足しておくぞ」
光属性、闇属性の魔法はそれぞれ特性を持ったものだけが使える属性魔法ということだった。
四つの元素については魔法の適性さえあれば習得は可能で、各々の能力によってその魔法の成長度合いが異なる。
「創世記時代まで遡るんじゃが、天の民、地の民の二つの始祖がそれぞれ光魔法、闇魔法を創ったと云われておる。現代までに様々な種族として血を繋いできたが、それぞれの始祖の血を引き継ぐのが、妖精族と竜族じゃ」
「その、始祖?の血を引き継ぐ種族しか光魔法と闇魔法は使えないってことですか……?」
「そうじゃ。じゃが、純血種の竜は今はもうその血脈が途絶えてしまったのはお主も知っておろう。今、闇魔法を引き継いでおるのは――」
ヒューマが言い終わる前に、シキは顔を上げてその続きを引き継いだ。
「竜人族、ですか?」
「うむ。お主は恐らく基本の四属性の他に闇属性の魔法も習得が出来るはずじゃ。稽古の時にユージアに当たりそうになった力を覚えておるか?」
黒い霧のようなものが体から放出されたことを思い返したシキは、見たままのことをヒューマに伝える。
「恐らくそれが闇属性の魔法なのじゃろうな。儂も文献を読んだ限りじゃから、浅学で申し訳ないのじゃが」
「闇魔法は、具体的にどういった魔法が使えるのか、お師匠さまは知っていますか?」
ヒューマはシキからその問いが投げられることを分かっていたようで、台に一冊の冊子を置いた。手書きの羊皮紙を束ねた物のようで、そこまでの厚みは無い。
「これは領主から預かっておる初代領主の手記じゃ、初代のあやつとは腐れ縁でのう……で、ここからの一文が読めるかのう?」
ヒューマが指し示した部分をゆっくりと読む。大陸後なので読めなくは無いが、言葉遣いが大層古く、言葉が怪しい部分はヒューマが補足してくれた。
――竜の血を引き継ぐ者、シンハの東を毒沼の一帯とす。大地の汚染浄化のためにアレスティア大神官を招致す。――
「毒の沼を作ったの……!?」
「種族間の諍いがあってのう。種族の正当性を訴えた竜人の民が、他種族を拒むためにシンハ樹海の東側一帯に魔法をかけて、毒の沼地にしてしまったのじゃよ。あの頃はまだまだ国内でも争いが絶えんでのう」
ユーハイトから北上すると湿地帯が広がる。シンハ樹海を抜けた東側のその湿地帯は、かつて毒の沼だったという。
実際に湿地帯に赴いたことは無いが、ユーハイトに渡り鳥に乗ってやってくる際に、広大な沼地を見ていたので、どれくらいの規模の魔法を使ったのか想像にかたくない。
「魔法をかけた竜人族はそのまま竜に変化して、ロワナ山脈を越えてランダイン帝国側へと退避したと聞いておる。後に残された汚染された大地をどうにかしようと、王都の大神官に浄化を依頼したのじゃよ」
「アレスティア大神官?」
聞き覚えのある単語にシキは瞳を瞬いた。この国の名は、アレスティア王国と言うが、大神官の名前が同じなのはどうしてだろうか。
シキの疑問を汲み取ったヒューマは説明を続けてくれた。
「この王国を興したうちの一人じゃな。光の女神とも云われておる。妖精族で、その名の通り光魔法で彼女の右に出るものは王国内にはおらん。
戦乱の時代に光魔法で民たちを癒し、焼けた国土を浄化してくれた彼女に、当時の王が功績をたたえ、国の名前に冠したと文献には残されておる」
大地を毒沼にかえる程の闇魔法と、それらを浄化する光魔法。個々の魔力量によるかもしれないが、強大な力であることは確かだろう。
「あんな強大な魔法、僕に使えるとは思わないけど……」
「修練次第ではどうなるかまだわからぬぞ。ともかくシキは基本の魔力操作からじゃな」
自身が持つかもしれない大きな力に不安を感じつつも、まずは人並みに魔法が使えるようになりたい、とシキは考えていた。
「そうじゃ、アレスティア大神官はまだ現役じゃぞ。王都の大聖堂に行けば会えるぞ」
「えと、王国を興した人なら……何歳ですか」
「二〇〇歳はとうに越えておるじゃろうな」
「えぇ……!?」
妖精族は長寿ということは知っていたが、シキは育ててくれた婆様よりもさらによぼよぼとした老婆が、礼拝をしている姿を想像していた。
「まだまだ知らんことが多かろう。ゆっくり学んでいきなさい」
「……はい、お師匠さま」
はた、と気づいたことがあり、シキは首を傾げてヒューマに訊ねた。
「お師匠さまは、何歳なのですか……?」
ユーハイトの初代領主と腐れ縁と言っていた気がするが、ヒューマは悪戯げに微笑み、
「ひみつじゃ」
と、言った。
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