第36話 討伐開始1

 お茶を頂きながら、シキを保護してからの経緯などを簡単に説明すると、今後のシキの居場所についてヤムさんから質問される。


「その、ハクジさんから聞いていたのだけど、シキちゃんは長生きする子なんだろう? ……その、大丈夫なのかい?」


 人族の身であるヤムから最もな質問が飛ばされた。

 リヒトとシキは目配せをしてにこりと微笑み合う。


「幸い、私は妖精人族なので長寿種なのです。シキと同じような時間の流れの中で暮らせるので、シキが独り立ちできるまでは私の元で生きる術や諸々の知識を与えられたらと思っています」


 シキが嬉しそうにこちらを見て笑う。その様子をじっと見ていたヤムは、詰めていた息を吐き出し、破顔した。


「シキちゃんがきちんと選んだ道ならば、私は応援するわ。あとはシキちゃんの住んでいたお家だけど、一応いつでも帰ってこられるように私の家族で見ておくからね」

「そんな、悪いです……!」

「いいんだよ、ハクジさんやイシュカさんには生前たくさんお世話になったしね。……もしどうしても気になるのなら、私の末息子が結婚するときにシキちゃんのお宅を貸してやくれないかい?」


 シキは迷うようにリヒトを見上げるので、リヒトは、必要な荷物などが残っているようなら今日荷物を回収しておいて、自宅の管理をヤム夫妻に任せる旨を村長にも伝えておいたらどうだろうか、と提案すると、シキはこくりと頷いて、そうする、と答えた。


「あとはシキちゃんの親族がここを訪ねることがあれば、樹海の薬屋さんのところで暮らしてるって伝えておくからね」

「ヤムおばさん、ありがとうございます。家のこと、よろしくお願いします」


 ひとまずこの後、村長に挨拶に行くこと、魔獣討伐が完了するまでは村に滞在することを伝えるとヤムは、


「よければ晩餐はごちそうするから、またここに立ち寄っておくれ」


と、にこにこと笑いかけてくれた。




 ヤムに一旦の別れを告げて、村長の家へと向かうことにする。


 村の外周にある物見塔から鐘の音が鳴らされたのは、まさにシキと歩き始めたそのときだった。


 ヤム宅やシキの家からは少し距離があるが、それでも鳴り響き続けるその鐘の音は異常事態を報せているようだった。


「なんだろう、何かあったのかな」

「スース、来た?」


 シキは不安そうにリヒトを振り返る。

 村に辿り着く前にスースについて「フラルゴ」の面々と雑談を交わしていたが、スースは夜行性なので主に襲撃は夜であること。

 討伐は村の話を聞いた翌日の昼間、スースたちが寝静まっているころに彼らの住処としている北の平原に向かうこと。

 発情期のスースは非常に獰猛であり、硬い頭蓋を向けて突進してくることがあるので、この時期のスースとの遭遇は避けた方がいいこと。


 ――そんなことを話していた。


「夜行性だから、襲撃は夜――って話じゃなかった?」


 リヒトも事態を把握するべく、ひとまず村長の家へと向かうことにした。

 するとなだらかな丘の道を村の中央の広場から走ってくる人影が目についた。どうやらヤッヒのようだった。


「ヤッヒさん? どうしたんだろうね」

「とにかく私たちも向かってみよう、何事か知っているかもしれないしね」


 目視はできる位置だが、どうにも少しばかり距離がある。リヒトとシキは少し駆け足でヤッヒと合流するために丘から降り始めた。




「スースの群れなんだけど、村のすぐ近くの川沿いの群生林に拠点を移したみたいで明日討伐の予定だったのを早めてこれから討伐に向かうことになったッス――、っていうのを伝えて来いってバルロの旦那から伝令ッス!」

「今からですか! 準備等は大丈夫なんですか?」

「まぁ、群れといっても五十前後と聞いているッスから、俺らのパーティーなら大丈夫ッスよ。ただ、残党がもしかしたら村に流れてくる可能性もあるんで、住民の方たちには家の中に避難するのと、作物もバリケード作ってもらって防護するように伝えて回ってたところッス。その案内のための鐘を鳴らしてもらったッスよ」


 そんな事情を聞いてたときに、広場の方面から数人の若い男たちが散り散りに走っていき、丘の上にあるまばらな家々の門をそれぞれ叩いて回っていた。


 どうやら伝令役として村の若い衆も駆り出されているらしい。


「リヒトさん方は今日は宿をとる予定ッスよね? できれば早めに宿屋で待機していてほしいッス」

「伝令ありがとうございます。一応この後村長の家に向かう予定だったんですけど、これならもう明日に日を改めた方が良さそうですね」

「さっき村長さんとも話したッスけど、村長さんもシキくんの件は伝え聞いてたみたいで、いつでもおいでと言ってたッスよ~! なのでとりあえず身の安全だけ確保してほしいッス!」

「わかりました。それならシキ、とりあえずのところ今日は宿屋に避難して、明日また改めて村長さんにご挨拶に伺おう」

「……うん」


 ヤッヒは伝令を終えると、じゃあ俺っちも出発するんで、また明日にでもゆっくり話そうッス~!とものすごく早いスピードで駆け去って行った。


 シキの顔が暗くなっていったことに不安を覚え、リヒトは再度シキに声を掛ける。


「『フラルゴ』の方たちなら大丈夫だよ。ヒューマ殿お墨付きの冒険者パーティーなんだから、安心して彼らに任せたらいいさ」

「……違うんだ、リヒトさん、あのね、僕も討伐を手伝えないかな……?」

「!」


 リヒトはシキの言葉に声を失ってしまうが、ふと浮かぶのはユーハイトからこの村にたどり着くまでの道中で、魔導士であるアガルタ指導のもと野営時に魔法の訓練を受けていたシキの姿だった。


 リヒトに魔法のことはよくわからないが、炎や水、風など複数の属性をほとんど中級まで扱えるようになっていたようだ。


 シキの手により、人族の大人ほどの大きさの火柱があがるのを見せてもらったときには、樹海で保護した初日のシキの姿を思い浮かべて思わず「立派になって……」とつぶやいてしまったほどだ。ヤッヒにこそりと「おじいちゃんみたいッス」と指摘されたこともついでに思い出した。


 実力は確かにあるのかもしれない。だが懸念点ならいくらでも上げられる。


 リヒトはその一つを指摘した。


「シキ、君はまだ実戦の経験は無いだろう?」


 今回の旅では「フラルゴ」の面々が魔獣の盾となり、リヒトとシキを護衛してくれた。周囲を警戒し、誰もよりも早く襲い来る脅威を察知するヤッヒ。それを受けて、的確に指令を飛ばし、自らも最前へと躍り出る筋骨隆々のバルロ。そのバルロと共に俊敏に敵を屠り、後衛への伝達を行うサンドラ。どんな状況でも淡々と冷静に守護魔法を唱え、味方全員に祝福を与えるニゼル。御者役も担いながら、回り込んでくる敵を一匹たりとも近づけずに弓で撃退するモーガン。そして後方にいながらでも、前方で集団で襲い来る敵陣営を消し炭に変えてしまう炎を操るアガルタ。


 連携のとれた迅速な対応、そして各々のスキルがあるからこそ成せる技術の数々は、さすが歴戦の冒険者といえるものがあった。


「シキの魔法はたしかに成長して、今回のスースになら匹敵するかもしれない。でも、実際の戦闘経験は一度も無い、そうだろう?」

「……う、うん」

「動く魔獣に対して、確実に魔法を当てられる自信はあるかい?」


 こちらをまっすぐに見つめる琥珀の瞳へとリヒトは問いかける。

 しおしおと音がしそうなほど、その目はしょぼくれてしまった。


「動く的には、まだ当てたことが、無いや……」

「うん。しかも今回は五十匹と来た。『フラルゴ』の面々に紛れて戦闘に参加してもらったとて、もしもその一匹がシキに突撃してきたら、防御はどうするんだい?」

「……」


 事実を並べることで、シキがつらい気持ちになることも承知の上で、リヒトは真剣に言葉を紡いだ。


「攻撃を仕掛けるならば、相手から攻撃されるという覚悟も必要だ。それにまだ防御のことや退避の手段なんて、学んでいないだろう?」

「……うん」

「今回は、私と宿で避難していよう」

「うん、そうする……」


 シキの正義感が行動したいという気持ちを起こしたことは、大変褒められることだ。

 すこし凹んでしまった様子のシキに、リヒトは苦笑を零すと一つ提案をした。


「討伐以外なら今のシキにも出来るんじゃないかい?」

「討伐以外?」


 こうして会話しているうちにも、若い男衆たちが方々に駆け回っている。年配者のいる家や、まだ畑で作業をしている人たちに声を掛けて回っている。


「あ、伝令役!」

「そうだね、まだ回れていないだろう地区を聞いて、今から討伐が始まることを伝えて回ろう」

「うん!」


 シキは明るく頷いた。

 リヒトとシキは近くを通りかかった村の男を捕まえて、伝令を手伝うことを申し出ると、汗だくの彼はその申し出に快諾した上に、感謝を伝えてきた。


 今いるのが村の東側の丘であるため、南側の耕作地域やその周辺の家々がまだのようなので、そちらを受け持つ旨を伝える。


「リヒトさん! 行こう!」


 駆けだすシキの背中に付いていきながら、子どもの成長に微笑みを浮かべてしまうリヒトであった。

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