第33話 セネの大木にて1
領都ユーハイトからコキタリス街道までは、なだらかな草原の道を進むことになる。道中森林地帯はあれど、比較的高低差の少ない道のため、天候さえ恵まれれば安全な道のりだ。
これが山岳地帯や砂漠地帯となれば難易度は跳ね上がるだろうが、この旅路には大きな不安はとくに感じていなかった。
「よし、あの小川沿いで一旦休憩としよう。食事をとって二刻ほど休んだら、セネの大木まで進んで今日の進行は終わりだ」
『フラルゴ』リーダーのバルロが馬上から声をかけてくれる。了承した御者役のモーガンは轍を逸れて、小川沿いへと馬車を進めた。
馬たちに水と食糧を与え、休ませる。ずっと荷台に乗っていた面々も節々を伸ばしながら馬車から降りた。リヒトとシキもそれに倣う。
バルロとヤッヒは周囲を一旦警戒してくる、と言って見晴らしのいい丘まで行ってくるようだった。休憩に喜んでいたヤッヒはバルロに首根っこをつかまれて不服そうであったが、斥候役ならば周囲の観察は怠れない。
休憩時の食事の提供はリヒトが買って出ていた。『フラルゴ』のメンバーでの食事係は一番年下のヤッヒだったようだが、どうやら作る料理はただ焼いただけの肉や魚など料理とはほど遠いものだったようだ。
旅の途中でリヒトの作るような家庭的な料理は食べたことがなかったらしく、簡単なスープを作って出しただけでも痛く感激されてしまった。
初日の昼食に温めたパンと野菜のスープを出しただけで、以降の料理番に任命されてしまったのだ。
「もう少し本格的な調理器具などあればマシなものをお出しできるんですけど……」
「いいや出汁の効いてるスープだけでもありがたいですよ、このメンバーって戦闘狂ばかりですから」
剣士のサンドラは恥ずかしそうに言うが、確かに馬上で近寄ってきた魔獣を切り払うサンドラの姿は勇ましかった。
「サンドラさんの故郷ではどういう料理を召し上がっていたんですか?」
「私は実は大陸の西側の出身なんです。辛い実や胡椒なんかを多く使った料理をよく食べていましたよ」
「なるほど、手持ちに少し似たような味の実があるので、今日はちょっと風味を変えてみようかな……」
水汲みがてら雑談をしたことで今日の調理の方向性が定まった。あとはもう少しメインになるようなものがあれば……という思案を巡らせていると、周囲の警戒に当たっていたバルロとヤッヒが帰ってきていた。
「手土産だ。ちょうど群れからはぐれていたようでな、ありがたく狩らせてもらった」
バルロとヤッヒが抱えてきたのはケルウスだった。角が真新しいので、まだ若い魔獣だろう。
「リヒトさーん! オレ、頑張って弓で倒したんで、これ美味しく調理してほしいッス!」
ヤッヒが上機嫌にブンブン手を振っている。バルロは獣を捌くためのナイフを取り出し、黙祷を捧げたのち、手早く素材と食肉に切り分けていった。
鮮やかで手慣れたナイフ捌きにシキがわくわくといった様子で見守っている。
「シキは魔獣の血は平気なのか?」
バルロが訊ねると、シキはこくりと頷いた。リヒト自身も初耳だったが、たしかに道中で倒した魔獣には平気な様子でいるようだった。幼子であれば死体でさえも卒倒しかねない。
「爺様に鳥の捌き方は習ったから」
「そうか、ならばこれも少しコツを教えてやろう」
バルロはシキに小ぶりなナイフを手渡し、ケルウスの腑分けを教え始めた。
リヒトはひたすらシキに感心しつつ、自分は魔獣の解体は得意ではないため、いそいそと調理に取り掛かることにした。
河原の石を積み上げ、簡易的なかまどを作ると集めてきた小枝や乾いた流木に火をつける。鍋に入れた小川の水を沸かし、湯をつくる。飲用と調理用とで分けると、鍋に残した湯の中にナイフで切った乾燥野菜を入れ、しばらく煮立たせる。
すり鉢に何種類かの種子を入れ、それをすりこ木で粉末状にする。さらさらとした粉を鍋に入れると、食欲をそそる香りになってきた。
ケルウスの解体に回っていた面々もリヒトの鍋から漂う香りにそわそわとし始める。
「リヒトさん、これ、使ってくれ」
「わかりました」
バルロからケルウスのもも肉の切り身を受け取った。すり鉢の中に残った香辛料の粉末と塩を肉にすりこんで、味をしっかりとつける。細い枝に肉を刺すと、火に近づけて炙っていく。
しばらくして、ケルウスの炙り焼きと刺激的な香りのスープが出来上がった。
「サンドラさんの故郷が辛い味付けだったと聞いたので、それを参考に手持ちの香辛料を使ってみました。どうぞ召し上がってください」
汁椀を全員に配り終えたリヒトは食事を促した。バルロたちは待ってました!と言わんばかりにそれぞれスープや肉に口を付けた。
「……うううう、旨いッス」
「ケルウスって獣臭いけど、これなら食べられるわ」
ヤッヒがむせび泣きながら肉をほおばっており、アガルタは炙り焼きの香りを楽しんでいた。
「…………ん、」
「いつも思うがニゼルはその小さい体のどこにそんなに入るんだ」
無言でおかわりをねだるニゼルにバルロが苦笑しながら突っ込んだ。リヒトも笑い返すと、ニゼルの椀に再度スープを盛って渡す。モーガンもおかわりが欲しいようだったので、同じく注いで渡した。
「リヒトさん、美味しいです。故郷の味に近いです、よかったら西側にも足を伸ばしてみて。ユーハイトと雰囲気の近い町があるの」
「ええ、行ってみたいです」
シキも頬を赤くさせながらスープを飲んでいた。
「シキ、辛くなかったかい?」
「平気! このスープ、ぴりっとしてて美味しい!」
「シキは味がわかる男のようだな、ははは」
モーガンも同じく頬を赤くさせながらも二杯目のスープを楽しみつつ、炙り肉を頬張っていた。
和やかに食事が終わり、食休みをしたのち、また再び草原の道を進む。
今日の目標地点であるセネの大木はアレスティア王国設立時からある大木と言われており、大陸戦争の際にも倒れず、燃えなかった木だ。冒険者の目印に使われることが多く、ユーハイトからコキタリス街道の村々の丁度中間地点にある。
「セネの大木ってどんな木なの?」
シキがリヒトへと訊ねた。リヒトが説明する。
「芽吹きの季節に花をつける木で、幹の太さは大人が十人以上で手をつないでようやく手が届くくらいの太さ、かな。高さはユーハイト領主城の物見塔よりも高いよ」
「なら、いまごろ花が咲いてるの?」
「そうだね。花びらを乾燥させたものも薬の一種だよ」
へぇ~!と好奇心いっぱいで楽しそうなシキの様子を見て、ニゼルが少しだけ思案していた。
「少しだけ良くない話も聞くね。なんでも、野営をしていると老人の霊が語り掛けてくるとか……」
「え……」
ニゼルの静かな口調はシキを青ざめさせていた。
「ニゼル、子どもをからかうな」
アガルタがたしなめるが、シキはどうやら霊のたぐいが苦手なようだった。ぶるりと震えてリヒトにぴったりとくっついている。
「シキ、大丈夫だ。ニゼルは冗談や噂話が好きなんだ。夜は魔法の訓練でもしてたら霊も寄って来ないだろう」
「アガルタさん、それはあまりフォローになっていないような……」
アガルタは鼻息交じりにニゼルの戯言を一蹴したが、霊の存在を否定したわけでないので、シキは小さな体をより一層小さくさせた。
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