第34話 セネの大木にて2

 道中、小型の魔獣を数匹見かけたくらいで、戦闘になることもなく、日暮れごろにセネの大木に到着した。


 タイミングが合えば、他の冒険者と遭遇することもあるが、今日はリヒト一行だけがこの大木の根本に滞在するようだった。


 淡く黄色に染まった五枚の花弁を持つ花を咲かせており、盛りを終えて散り始めている時期だった。花をつけているときにたどり着けたのは幸いだった。


「リヒトさん、お花採取しておく?」


 シキが首を真上に向けて空を仰ぎつつ訊ねる。そうでもしないとこの巨木を眺めることができないからだ。


 リヒトは頷いて、土で汚れていない花びらを集めるようにシキに頼んだ。


 大木は大地に太い根を張り巡らせており、地上に張り出た根にロープを張り防水布をかけて簡易的なテントを作る。


 『フラルゴ』の面々はバルロの指示でヤッヒが火起こしをし、モーガンは馬たちに水を与えている。サンドラとアガルタは周囲の警戒に当たった。ニゼルはバルロと明日の旅路の確認をしている。


 リヒトはまだ手元が見えるうちに手早く夕食の準備を進めることにした。


 昼間に狩ったケルウスの残った肉を香草と香辛料の粉末にまぶして漬け込んでいた。大きな葉で包んでいるその肉を葉ごと火にくべる。葉の中で蒸し焼きにする料理だ。


 あとは乾燥パンもついでに火の近くで温める。固いパンはこれで少し食べやすくなる。


 調理を進めていると、花びらを採取してきたシキがリヒトに近寄ってきた。渡した麻袋の中にはこんもりと黄色い花びらが溢れている。


「ありがとう、シキ。薬としても優秀なんだけど、お茶にしても美味しいんだ、乾燥できたら飲んでみようね」

「うん、楽しみにしてる」


 食事の用意ができたので、焚き火を囲い、夕食にすることにした。


 各々に肉を切り分けパンと共に渡していくときに、ヤッヒが上を向いて、セネの枝葉に目を向けていた。


 気づいたバルロが声を掛ける。


「ヤッヒ、どうした?」

「あの御仁には声を掛けなくて良かったッスか?」

「「えっ……!?」」


 リヒトとシキは突然の話に驚き、二人してヤッヒを振り返った。


 ヤッヒはというと、リヒト一行の上を覆うように伸びる大木の太い枝を指している。


 夕闇になりつつある空の下、焚き火の明かりを頼りに視線をさ迷わせると。


「おじいさん……?」


 見つけたシキが驚いた顔のままで呟く。


 つるりとした頭皮に真っ白な口髭をたっぷりとたくわえた、小柄な老人がちょこんと枝の上に腰掛けていた。


「やぁ旅の方々、すてきな晩餐じゃな。じゃがお主らの貴重な食糧じゃろう、わしのことは気にせず食べておくれ」


 そう言って老人は法衣の懐から握り飯を取り出して、もぐもぐと咀嚼し始めた。

 リヒトはそっと老人に声を掛ける。


「占術師のツキヒコ殿ですね、大陸にお戻りだったとは」

「そなたよく見ればリヒトか! ヤツヒサは元気にやっとるか?」

「実は数日前までユーハイトに滞在しておりまして。ヒューマ殿とご一緒に元気にお過ごしでしたよ」

「ヒューマ老師もまだまだ現役じゃのう。息災のようで何よりじゃ」


 ツキヒコは快活そうに笑った。

 老人はヤツヒサと同郷で、ヤツヒサが幼年期の頃の師範だったと聞いている。リヒトがユーハイトに越して来たばかりの頃、ヒューマ邸で渡航前に羽休めをしていたツキヒコに占いをしてもらった事があったのだ。

 あくる日にはそのままユーハイトの港から船で、海向こうの国に渡ったと聞いていたので、またアレスティア王国にまた再び滞在されていたとは驚いた。


「そなたら、目的地は?」

「ひとまず街道を進んで北端のエトルーク村までです。そこの集落から依頼を受けているので。それが終わり次第、最後はシンハ樹海まで」


 ツキヒコの問いにバルロが答えてくれた。

 バルロの回答にツキヒコは宙を見据えて少し感慨にふけると、うむむと唸った。


「エトルークにスースの群れが流れてきておる話はわしも冒険者から聞いたな。あと、樹海で最近魔石の乱獲があることも聞いておるかの?」

「魔石の、乱獲!?」


 今度はヤッヒが声をあげていた。『フラルゴ』の面々とリヒトが険しい顔をする中で、シキはリヒトに説明を求めた。


「リヒトさん、魔石の乱獲って?」

「魔獣の核になる部分に魔石があることは知っているよね? 魔獣を討伐して、その核を幾つも手に入れることなんだけど……」


 それの何がいけないことなの? という言葉が書かれたようなシキの顔を見つめて、木の上からツキヒコが教えてくれた。


「おぬしら冒険者は魔獣を倒したら素材と食材で切り分けたあと、内臓や骨等は捨てることになるじゃろう? 彼らは最後にその残った内蔵や骨をどうしておった?」

「……灰になるまで焼いて、土の中に埋めていました」

「そうしなければならない理由を知っておるか?」


 ツキヒコの声は諭すように穏やかだ。シキは少し考えた後にゆっくりと口を開いた。


「……別の魔獣が寄ってきてしまうから?」

「そうじゃな。血の臭いに釣られて、他の魔獣を呼び寄せてしまうからじゃな。他にも理由はある。魔石だけを採って死骸を放置すれば、地面の腐敗が進むのじゃ。魔獣の腐った血や肉の染み込んだ土地というのは、草木が芽吹かぬ」

「……そうなんですね」


 樹海で魔石のみを抜かれた魔獣の腐乱死体がごろごろと転がる様子を思い浮かべたのか、シキがぶるりと身を震わせた。

 リヒトも顔を暗くする。


「シンハ樹海は広大ではありますが、魔石の乱獲が続けば生態系が崩れる上に、貴重な薬草や木々が枯れ果ててしまいます」


 ふと、リヒトは『ファティナの涙』を採取したときに、比較的新しい罠が仕掛けられていたことを思い出した。


「近頃、罠を見掛けたこともありましたが、まさか乱獲とは。落葉の季節は領都で過ごしたので……あまり深刻な状況になっていないことを願いますが……」


 リヒト宅の周辺には侵入避けの結界魔法が魔道具により張られている。家を荒らされていることは無いだろうが、住み慣れた森を荒らされるのは不安な気持ちを煽った。


「わしは今、ちょいと『仕事中』でな。ここの大木を拠点にして街道を行き来しておる。近頃の樹海周辺は確かに不穏な空気が漂っておるが、そこまで深刻ではないわ。然るべき対処をすれば、な」

「……然るべき対処。なるほど」


 話に耳を傾けていた『フラルゴ』の面々は心当たりがあるようで、バルロが口を開く。


「……ここは辺境だから中々王都の情報も入りにくいが、ユーハイトのギルド職員も話していた噂がある。『聖獣再来』、と」


 バルロの話にまた再びシキが琥珀色の瞳を瞬かせた。

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