第32話 帰途
『……リヒトさん、やっぱり僕ね、まだわからないこと、知らないことが多いんだ。だから正直、将来やりたいこととか、なりたいものもわからない。まだ、見つけられてないんだ。……だから、リヒトさんに恩返ししながら、見つけるっていうのは、だめ?』
新節の前日、シキにすべてを打ち明けたあと、シキがたどたどしいながらもリヒトに伝えた言葉だった。
リヒトは静かにうなずいて、もちろん、と返答をしたのだった。
芽吹きの季節、二の月。リヒトとシキはユーハイトを後にして、シンハ樹海へ帰る日がやってきた。
「忘れ物はございませんか?」
「ヤツヒサさん、ありがとうございます、たぶん、大丈夫です」
「もしも何かあったら私がキエルに乗って届けてあげるからね、手紙でお知らせしてよね、リヒトさん」
「僕もお部屋なんども確認したから大丈夫だよ、リヒトさん」
「ほっほっほ、シキがしっかりしていてよかったのう、リヒトや」
ヤツヒサ、マギユラ、ヒューマ、シキ、そしてリヒト一行は西側の関所門の前にある広場まで来ていた。
近くには荷馬車があり、冒険者ギルドに依頼をした護衛担当のパーティーが六名ほど立っている。リーダー格の男が準備を終えてやってきたリヒトとシキに気づき、挨拶をしてきた。
「『フラルゴ』リーダーのバルロだ。丁度シンハ樹海での討伐依頼もこなそうと思っていたところだったから、今回の依頼はこちらとしても助かった、よろしく頼む。ヒューマ殿の紹介とあらば、力量を発揮せねばな」
「リヒトです、こちらはシキ。改めてよろしくお願いします。道中負傷者が出ても、薬はお出しできるので、何かあればこちらもお手伝いします」
バルロは仲間を次々と紹介していった。バルロは戦士のようで片手剣と大きな盾を背負っている。剣士のサンドラは兎人族の女性、ニゼルは僧侶で人族の男性、モーガンは弓使いの小人族の男性、アガルタは魔導士で蛇人族の女性、ヤッヒは斥候で人族の男性という計六名のメンバーだった。
シキがわくわくといった期待の満ちた目で彼らを眺めているので、人懐こい笑顔をしたヤッヒがにこやかに手を振ってくれた。
「冒険者に会うのは初めてッスか~?」
軽快そうな声で話しかけてくれたヤッヒはシキに訊ねる。シキはびくりとしたが、一番小柄で年下のようであるヤッヒには親近感を抱いたのか、にこやかに返答した。
「領内では何人か見かけていたけど、ちゃんとお話しするのは初めてです……」
「そっかそっか! ちょびっと魔法使えるって聞いたから、アガルタ姐さんに魔法見せてもらうといいッスよ~! 姐さんは火魔法かなり強いッスから!」
「なんでアンタが自慢してるの。……少年、野営地とかで時間あったら見てあげる」
「はい!」
小気味よく話すヤッヒを小突いて、後ろからきりりと流れるような目つきの女性がやってきた。面倒見がいいのだろうか、ぶっきらぼうな言葉遣いでも端々に優しさを感じる。
「さぁ、出立だ。馬車に乗り込んでくれ」
バルロが促し、『フラルゴ』メンバーの後衛三名が馬車に乗り込む。バルロと剣士のサンドラはそれぞれ単独で馬を操り、周囲を警戒してくれるようだ。
弓使いのモーガンが御者役をしてくれるようで、リヒトとシキはぺこりとお辞儀をして馬車に乗り込んだ。
幌をめくって、リヒトが最後にもう一度広場に来てくれたマギユラ、ヒューマ、ヤツヒサに手を振る。
「またシキと二人で来ますので、そのときはまたよろしくお願いします」
「リヒトさーん! また配達で近いうちに訪ねるからね~ちゃんとご飯たべるんだよ~!!」
「道中気を付けて帰りなされ、こっちに来るのはいつでも歓迎じゃ」
「皆様お気を付けて。また元気な顔を見られるのを楽しみにしています」
門を通り抜けるまでシキと二人で幌を捲って見送ってくれた三人を見つめていた。そしてその広場の向こうに見慣れた銀色の長髪をした男が居たような気がして、リヒトは小さく「また来るよ」と届かぬ相手に呟いた。
「シンハ樹海へは何を討伐しに行かれるんですか?」
ユーハイトから出立し、今日の目的地点である丘陵まで馬車に揺られる。リヒトは同じく馬車に乗り込んでいた魔導士のアガルタに声をかけた。
「ああ、最近樹海の外周付近に大型のスースの群れが住み着いたとかで、そいつらがコキタリス街道まで縄張りを広げているようなんだ。近隣の住民からギルド宛に依頼があったみたいだよ」
「畑を荒らしまわっているから、野菜の収穫に影響が出ているよ」
アガルタのあとに僧侶のニゼルが続ける。
ユーハイトでも街道沿いの町から野菜を仕入れたりするが、値上がりしていたのはそういうことだったのか、とリヒトは合点がいった。
「スースは普段って樹海でも奥の方で暮らしてますよね? なんで外周まで出てきたんでしょうか」
「さあね。そこまではわからないけど。モノケロースより上位種の魔獣でも出現したかな」
リヒトの疑問にアガルタは肩を竦めた。
ギルドに要請をしなければならないほどとなると、よっぽどの被害ということだろう。スースは普段、シンハ樹海の最奥、ロワナ山脈とつながる山間に生息していたはずだ。それが外周や人里まで下りてきているとなると、樹海の奥で何かあったとしか思えなかった。
「まあ、幸いなことにスースは狩れば食べられるからね。一部は街道の町に卸さないといけないけど、報酬として肉ももらえる手はずになっているんだ。あんたたちを送り届けながら討伐することになるだろうから、よければ一緒に食べよう。スースの肉は美味いんだ」
「ありがとうございます! ……シキ、スースは食べたことあるかい?」
アガルタの提案は非常にありがたかった。干し肉や加工された腸詰肉を食べることが多いため、生肉を調理して食べることが滅多にないのだ。
「スース、実は見たことなくて。お肉、おいしいの?」
「つぶらな瞳をしていて、鼻が顔の正面についているんだ。そしてお腹はでっぷりと膨らんでいて、ぷひぷひ鳴くぞ。肉は脂がこってりしていて旨い」
「脂っこいのが苦手なら湯がいた肉に柑橘の汁と魚醤をかけても旨い」
アガルタのあとにニゼルが続く。ニゼルは小柄だが、食べることは大好きなようだ。じゅるりとよだれを拭きながら教えてくれた。
肉の話をしていると御者役をしているモーガンの腹がぐううと鳴った。
モーガンは小柄な老人のような見た目をしている小人族で、髭面で小難しい顔をしながら腹をさすっていた。
「そなたらの話で腹が減ってしまったわい」
「モーガン爺、さっき出発したばっかりッス! これ食べて我慢してッス」
けらけらとヤッヒが笑いながら、御者席にいるモーガンへと干し肉を手渡していた。
和やかな雰囲気でシンハ樹海までの旅は始まった。
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