第13話 シキの魔力量について
ヒューマはリヒトとシキを座敷へと案内した。土間の玄関口から少しだけ廊下を歩いてすぐの部屋は障子の向こうから午後の日差しが透けて見え、明るい日当たりの良い部屋だった。
部屋に入る前に玄関で出迎えてくれた付き人の男性にヒューマは声を掛けた。
「ヤツヒサ、茶を三つほど頼んでいいかね? 茶菓子は子どもがたべやすいものにしておくれ」
「ヒューマ様、かしこまりました。すぐにお持ち致します」
ヒューマと同じような長着に帯を締めた人族の男、ヤツヒサは恭しく一礼して、ヒューマ一行から離れ、奥の間へと歩いて行った。
茶と菓子が台に並べられ、リヒトとシキ、ヒューマはそれぞれ座敷に座った。日差しの降り注ぐ午後とはいえ、寒期に入ったユーハイトもそこそこに肌寒さがある。火鉢が台の近くに置かれ、じんわりとその温かさを感じていた。
「シキや、まずお主に魔法の基礎を教えておかねばならん――」
そう始めたヒューマは四角形の描かれた紙をシキに見えるように台の上に広げた。
その四つの角の頂点にそれぞれ属性が書かれており、用紙の天と地の部分にまたそれらとは異なる属性が書かれている。
「この世界にはの四つの元素となる属性がある。火、風、土、水の基本属性が主軸にある。大半の魔力を持つ種族は、このいずれかの属性を主軸に魔法を扱っておる。そして光と闇。この二つは特殊属性じゃから、今回は説明は省略じゃ、また落ち着いたらこの二つについては話そう」
ヒューマは火から風に矢印を繋げ、風から土、土から水、水から火を繋げた。
「火は風に強く、風は土、土は水、水は火にそれぞれ強い。火属性の魔獣が襲ってきたなら、水属性の魔法で撃退するのが効率的、と言った具合じゃ。……ここまでは理解できたかの?」
シキはこくりと頷いた。
ヒューマはお茶を一口飲み、また話し始めた。
「四元素の基本属性はあくまでも基本じゃ。儂は蜥蜴人族じゃが、種族的には【火】を得意とするが、修練で【風】も使えるようになった。……習得次第で、こうじゃ」
ヒューマは小さな声で何かを唱え、すいすいと手を動かす。すると火鉢の中でくるくると木炭が浮かび上がり、少しだけ火力が増した。火鉢の温かさが高まり、鉢の中にまた静かに木炭が戻っていく。
シキはぱちくりと目を瞬き、ヒューマと火鉢を見比べていた。
「【火】と【風】の力の組み合わせで、ああいうこともできる。何にせよ、基本属性を鍛錬しつつ、自身の適性や魔法の性質を理解すれば大抵のことは何だってできる。ただ、注意せねばならぬのが、自身の魔力量についてじゃ」
「魔力量……?」
「魔法は使いすぎてしまうと、精神力が減ってしまう。過剰使用は精神を蝕み、死に繋がってしまう。自身の魔力量を知ることは、自身を守ることにも繋がるのじゃ」
シキとリヒトははた、と気が付いたことがある。
「ヒューマ殿、シキと出会う前なのですが、彼は盗賊に誘拐されたことがありまして。そのとき、魔封じの道具を付けられたみたいなんです」
「魔封じを持っとる盗賊とはまた厄介な」
「ええ。ただ、シキはそれを『気合い』で破壊したみたいで……だよね?」
「はい、なんとか逃げなくちゃ、って。無我夢中だったのであまり覚えてないけど」
「なんと」
「なので、シキの魔力量って実は相当あるのではないかと思っているのですが……」
「ふむ」
リヒトとシキの話にヒューマは少し考え込むと、失礼、と言って一度立ち上がり、奥の間へと歩いて行った。廊下を歩いて行く足音をシキと顔を見合わせながら聞いて待っていると、暫くの後、ヒューマは何かを手に戻ってきた。
ことり、と台の上にものを置く。
「レイセルの奴が作ってくれた測定器じゃよ。本当は産まれたばかりの亜人種の赤子に使うものなんじゃが、ある程度の目安はわかるじゃろう」
その測定器は本体と思われる部分は四角い箱型をしており、真ん中には目盛りが刻まれており、それを指し示す針が今は左側に傾いた状態で静止している。
本体から手のひらに収まる程度の棒が出ており、どうやらそれを握りこんで魔力量を測定するらしい。
「どれ、とりあえず何も考えずに持ってみなさい」
「はい」
測定器を差し出されたシキは持ち手の部分を握り込み、目盛りの針が動くのかをじっと見つめた、が――。
「これって、どうなんですか?」
うーん?と唸るシキにヒューマは目をぱちくりと瞬かせ、くくく、と笑い声を零した。
測定器の針は右側に振り切れ、量を測定するどころではなくなっていた。
「長生きはするものじゃとは言ったが、ここまでとはのぅ!」
「あの、ヒューマ殿、これはどのような状態ですか?」
傑作とばかりに笑うヒューマといまいち状況を理解できないでいるリヒトとシキはおろおろと二人で視線を合わせるばかりだった。
すまぬすまぬ、とヒューマがお茶を一口飲んで落ち着く。
「実際に鍛錬してみねば正確には測り兼ねるが、おそらくシキは亜人種でも先祖返りのようなものだろうな……」
本来、他種族と人族が交わると、魔力は低下する。育ててくれた祖父母は人族、そして母方の両親のため母親は人族だ。ならば父親が竜人族の血を引いていたとしても、能力は低くなるはずだった。
「よく、わからないや……」
シキは困った顔で笑った。
「これまで、魔法がなくても過ごせてきたし……なにより、爺様には人族のように暮らせって、言い聞かせられてたから……別に使えなくても……」
言葉を選ぶように呟くシキの背にリヒトは手を添えた。
「ヒューマ殿、あくまでも私はシキの意思を尊重したいと思っています。ですが、一番気になる点は先程仰っていた、シキの身体の成長に関わる点です。……自身の魔力の制御ができれば、解決できるんでしょうか?」
「魔力が全ての原因かと言われたら、まだ確証は持てぬが、シキ魔力が体内で燻っておるのは確かじゃ。そしてその身に余る魔力をシキ自身が気付かぬうちに圧縮し続けておったのじゃないかと思う」
「圧縮……?」
また新しい説明にリヒトは思わず聞き返してしまった。シキもぴんと来なかったようで、リヒトと同じく疑問符を浮かべてヒューマを窺っている。
「シキの肉体には魔力が充満して、少しばかり溢れておる、と言ったらわかりやすいかの? おそらくこれまでの家庭環境で竜体に変化せぬよう、無意識下で魔法を押さえ込んでおったことで魔力がこんなにも満ちるきっかけになったのじゃろうな。敏感な亜人の子じゃと、シキの側を通っただけで魔力酔いを起こすじゃろうて」
「魔力酔い?」
「そうじゃな、たとえばロコの実はわかるかの?」
「あ、あの臭いやつ!」
「そうじゃ、鼻が曲がるが虫除けには効果的じゃの。虫除け薬を作る時はロコの実を大量に湯掻いて、茹でた汁を薬とするんじゃが、シキはどう思う?」
「うーん、あの木に近づくだけでクラクラしちゃうから、大量に茹でるとなると気絶しちゃうかも」
「そうじゃの。でもシキが鼻栓をすればどうじゃ?」
「大丈夫だと思う」
「魔力がロコの実で、魔法が使えない人族は鼻栓をしておるようなものだと思えばどうじゃろうか」
シキは非常にわかりやすいヒューマの例え話にだんだん顔を青くして、震えた声で呟いた。
「僕、ロコの実みたいな状態ってこと……? 臭い……?」
「安心せい、魔力は匂わん。じゃが、魔力持ちの者に、そなたは非常に危うい存在じゃ。歩いているだけで圧を与えたり、例えばシキの感情が振り切れるようなことがあれば、思わぬ刃となって他者を傷つけてしまうかもしれぬ」
「それは、いやだな……誰にも迷惑をかけたくないし、誰かを傷つけるなんて、絶対にいやだ。だから、僕、ちゃんと教わりたいです、魔法のこと」
ヒューマは目を細め、優しくシキに笑いかけた。
「優しい子じゃ。守りたいものを守るために魔力を使えるようになるべきじゃ。そのために儂が出来ることを教えよう」
「……あの、ヒューマさんは、他の種族ともお話できる人って聞いたんですけど」
「おお、いかにも。対話師としても暮らしておるな」
シキはもじもじとした様子で、少し恥ずかしいようだ。リヒトが見守る中で、シキは続ける。
「リヒトさんが鳥さんとやり取りしているみたいに、僕も鳥さんと仲良くしたいんだ」
「おお、カエルラウェスか。たしかにあの青い鳥は非常に美しいし、何より賢いな。ただ、リヒトは大層長いことあの鳥と付き合ってきたからのう。シキならばもう少し早いかもしれぬが、頑張れるかの?」
「むずかしいですか?」
「リヒト、お主もこれまでどういうことをやって来たか教えてやると良い。シキや、魔法の鍛錬も含めて、まず、お主の魔力量をきちんと見極めたい。この後道場に寄っていきなさい」
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