第14話 鍛錬開始
リヒトとシキはヒューマ邸宅の奥にある道場にやってきていた。ヒューマは周辺地域の子どもたちに武道を教えたり、自警団に戦闘の稽古をつけたりしているため、自身の邸宅の敷地内に数十人は余裕で稽古ができる道場と、砂地の運動場を持っていた。
魔法、武道、そして他種族との対話。なんでもできる、とは簡単な表現になってしまうがヒューマに対しては誇示でもなく、まさに『なんでもできる』と表せてしまう方だった。
ひんやりとした空気の板の間の広い道場内の真ん中に、ヒューマとシキは対峙していた。リヒトは見学のため、少し離れた場所で見守っている。
「今日は初日じゃからな、先程魔力の流れを感じ取ってもらったじゃろ? あれの続きをやろう」
「はい」
ヒューマはシキの両手を取り、それぞれの手を繋いで輪を作った。シキに力を抜くようにヒューマが指導する。
ふわりとヒューマの身体が白く光り始め、それが指先を通ってシキの方へと流れていく。
「身体の中をめぐる血液を知覚するようなものじゃ、難しくは無い。儂の手から感じるものをお主の身体の中を通して、また儂に返して欲しい」
「は、はい」
そのまましばらくヒューマによるシキへの稽古は続いた。少しだけ暇を持て余したリヒトだったが、道場の入口にひょっこりとマギユラが顔を出てきた。
「あ、リヒトさんこんにちは。配達終わったから様子を見に来たよ! お師匠様は……、うーん、今は邪魔しない方がよさそうね」
道場の中心でシキに指導し続けるヒューマの様子を見たマギユラは、シキにガンバレ〜と小声でエールを送ると、屋敷の方へと向かうようだった。
「ヤツヒサさんにお師匠様への差し入れを渡して、私は一旦帰るね。あ、リヒトさん、もうレイセルさんのところは寄ったの?」
「……あ」
この領都への本命の目的がシキの魔法についてヒューマに掛け合うことだったので、すっかり恩人であるレイセルのことが頭から抜け落ちていた。
怒りを顕に舌打ちを鳴らし、半眼で睨みつけてくるレイセルの顔が浮かぶ。
ぶるりと青ざめながら震えるリヒトに、マギユラはあちゃーと苦笑いを零す。
「シキくんの修練が一段落したら、会いに行くといいよ」
「そうするよ、とりあえず手紙を出しておくか……」
手荷物から出した用紙にペンでさらさらと書き付け、くるくると紐状に細く折る。
リヒトは首に下げている鎖を服から引き出し、その先に付いている筒のようなものを口に咥えると、ふー、と息を吹き込んだ。
カエルラウェスを呼ぶ笛だ。他種族には聴こえず、カエルラウェスだけがその音を感知してくれる。すい、と何処からともなく飛んできた青い羽根の美しい魔鳥がリヒトの差し出した手に停まる。
「何度見てもきれいな鳥さんだね」
「これをレイセルのところに。お願いね」
魔鳥の足首に手紙を結い付ける。リヒトは手荷物の中から小箱を取り出し、その中からそっと一つの小さな鈴を取り出す。
リリン、と小さく鳴るその音を聴いたカエルラウェスは心得た、とばかりにつぶらな瞳をリヒトにじっ、と向けたあと道場の小窓から外へと飛んで行った。
「リヒトさん、まじまじと見るの初めてだったんだけど、それが届け先ごとに違う音色の鈴?」
リヒトの手元の小箱の中は九つに仕切られ、その中にころりと小さな鈴が布に包まれながら収まっている。それぞれ結われているリボンの色が異なり、種類を判別している。見た目はまったく同じ鈴であるが、カエルラウェスにとってはそれぞれ違う音色なのだ。
「そうなんだ。いつもマギユラに届けるときはこの赤いリボンの鈴を鳴らしてるよ。そうすると君に渡している鈴のところに飛んで行ってくれる。かなりの距離が離れていても、ちゃんとね。すごいよね」
「間近で飛んでいく鳥さんを見たの、初めてだったから驚いちゃった。賢いし、とても耳がいいのね」
「本当にね、馬車で数日掛かる距離も平気なのは驚きだよ。これがあるから樹海に住まわせてもらえているというか……、本当に助かっているよ」
この仕組みを提案してくれたのも、レイセルだった。カエルラウェスの特殊な音波を察知する特性から、ペアで同じ音を出す鈴を作り、遠方に居ても彼らが確実にその音の元へたどり着くようにしてくれた。
何度か実験を繰り返し、ようやく日常使いに困らない段階になったときは三つの季節を跨いでいた。
「樹海に住むなら連絡手段は限られるから、って。カエルラウェスならユーハイトの森にも樹海にも暮らしているからね」
「優しいよね、レイセルさん。ちょっとママみたいに小言多いけど」
「それを言ったら怒られるよ?」
「あ、内緒にしてね?」
共通の知人の話で盛り上がっていると、訓練の区切りがついたのか、ヒューマとシキがこちらに歩み寄ってきた。
「あっ、お師匠様、こんにちは。お邪魔しています」
「マギユラ、よく来たの。寒季支度の時分じゃから今は忙しかろう」
「今日も配達てんこ盛りでした、あとこれ、お師匠様に。ヤツヒサさんにあとで渡しておきますね、ハッカ堂のお餅です」
「なんと。ありがとうな、あとで頂くとしよう」
ヒューマの目がきらきらと輝く。甘いものに目がない師匠殿はにっこりとさらにご機嫌な様子であった。
シキはというと、少しだけ疲れた様子であるが、師匠に言われたことを脳内で復習しているのか、何度か手を握ったり開いたりして考え込んでいる。
「調子はどうかな、シキ」
「リヒトさん。うーん、まだよく分からないんだ。たぶん、僕、魔法を使うのが下手だと思う……」
「シキや、本来なら魔力の扱いは生まれた時からするものじゃ。一朝一夕でできるものではないのじゃよ、焦らなくて良い。それに、お主は筋は良いぞ。自身の魔力量をきちんと把握出来れば、扱うことなどすぐに容易くなるであろう」
「わかりました、教わったことを守りながら、もう少しやってみてもいいですか?」
「良かろう。ただ、あと半刻じゃな。身体が重たく感じたら修練はやめ時じゃ。魔力不足も慣れねば分からぬからな」
「はい!」
シキはヒューマとやり取りすると、道場の真ん中まで走って戻っていき、目を閉じて、また淡く体を発光させながら魔力循環を試していた。
「飲み込みが早い子じゃよ。もともと素質もあったのじゃろう。魔力を体内で巡らせることを覚えれば、あの小さい身体も同世代と同じくらいに成長するじゃろう」
「お師匠殿のところに連れてきてよかったです。私は魔法はからきしなので」
「こればかりは仕方あるまい。非魔法族からすれば、体内の血液の流れを感じ取るのと同じような事じゃ。無意識下で行われとるものを感知することが出来ぬように、魔法もまた同じことじゃ、感知出来ぬものを扱うことはできん」
ヒューマの瞳が微笑の形に細まり、リヒトの肩をぽんと叩いた。
「適材適所、じゃ。わしにはあの子に薬の知識は授けられん。気に病むでない」
「はい、そうですよね」
にこり、とリヒトもヒューマに笑い返した。
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