第15話 魔道具師レイセル
「師匠殿、すみませんが一旦シキのことをお任せしてもいいでしょうか? レイセルのところに挨拶に行ってこようかと」
「なんじゃまだ行っておらんかったのか。シキはあの調子じゃ。しばらくは集中したいじゃろう、その間に行って来るといい」
「お言葉に甘えて。そんなに長くは掛からないかと思いますが、よろしくお願いします」
リヒトはヒューマに挨拶して道場を出た。追加の配達依頼が入ったらしいマギユラは数刻ほど前に足早に去っていった。シキくんにもまた落ち着いた頃に遊ぼうねって伝えてて〜!とリヒトに懇願していたが、ユーハイトはもうすぐ本格的な寒期が訪れるため、その前に様々な日用品や消耗品をまとめ買いする領民のおかげで配達員は大忙しだ。
落ち着いた頃になったとしても、新年のお祝いをする時分は別のことで忙しくなるだろう。大商店の娘ともなれば商会同士の挨拶事や行事が目白押しに違いない。
いつも慌ただしいマギユラとまた落ち着いて食事などをできる機会はいつになるかなあ、とリヒトは思案しながら北区の道を辿った。
北区は住宅地だが、領壁近くになってくると木々の密度が上がってくる。領都の民たちは「北の森」と称するそこは領主の管理する群生林だった。
管理小屋なども数軒建っているが、レイセルの家は街道からは少し離れた場所に建っている。喧騒を嫌う彼だが、彼の魔道具を卸す店は多い。もう少し中心地に住んでくれると助かるんだがなあ、と商工会長にそれとなく言われても断固として断り、北の森に家を建てたのが懐かしい。
材料となる樹木が手に入りやすい点や、河川がすぐ側を流れているので、金属を加工したりするための金床小屋を建てる都合が一番良かったのだ。
彼の家に続く小道に入る。入口のアーチに取り付けられた鈴が鳴る。多分彼の部屋の戸口に付けてある鈴も今のタイミングで鳴ったのだろう。
焦げ茶色のレンガ造りの家の玄関戸をノックする前にガチャリとドアが開いた。
銀色のさらさらとした長い髪が揺れる。普段は降ろしているが、今は作業中だったようで、高い位置で結んでいた。つり上がった切れ長の青色の目がことさら苛立ちに歪んでいる。
機嫌が悪そうだなあと、様子を伺うように「久しぶりだね」と声を掛けると、案の定怒気を孕んだ声音で、
「遅い!」
と、激昂された。
「で? 件の竜人族の子どもとやらは?」
作業部屋とは別の部屋――大きなテーブルと椅子が四脚あり、窓辺には水を張った大きな青銅製の椀が置いてある。必要最低限な家具しか無い当たりが、レイセルの効率を重視した性格を表しているようだ。――に、案内された。
椅子を顎で指されたので大人しく席に着くと、目の前にコトリ、と茶が置かれる。一応は歓迎してもらえたようだ。礼を伝えながらお茶を飲もうとしたら、目の前の席に腰掛けたレイセルから、その一言が放たれる。
「先にヒューマ殿のところに立ち寄ったんだ。元々ユーハイトに来た目的がシキの魔力の件だったからね。ヒューマ殿に稽古を付けてもらうことにしたんだ」
「今は稽古場にいるのか?」
「ああ、君に会いに行くと伝えたらヒューマ殿がシキを見ていてくれると言ってくれたからね、お言葉に甘えてきたのさ」
「……宿屋は中央区か?」
「え? うん、中央区だけど」
レイセルの投げてくる質問が、雑談で交わすような雰囲気ではなく、何かを探るような話し方であった。
「……何かあった?」
「一応お前の耳には入れておこうと思っていたんだが、今日の検閲で例の孤児院の件に関わっていそうな輩が入領したらしい」
「え!?」
びくりとリヒトの肩が跳ねる。頭の片隅には警戒事項として置いていたが、まさかここに来て遭遇の恐れがあるとは思っていなかった。もしも遭遇するなら領都に入るまでの道中だと思っていたからだ。それを警戒して、空路を選択したというのに。
「関所の役人に人相書き送っておいたんだがな、似ている人物だったそうだ。念には念をということで、自警団と連携を取って領内の警備を増やしてくれるみたいだ」
「シキだけのことじゃなくて、他の亜人種の子どもたちも危険だしね……」
シキを攫った連中がいるかもしれない。しかも連中はシキが非常に珍しい竜人族の子どもということも知っているからタチが悪い。
レイセルはリヒトの肩に手を置くと、不安気な顔色の友人を青い瞳でまっすぐに見つめた。
「中央区の宿屋ならまあ大丈夫だとは思うが、念の為シキとやらを一人にはさせるな。可能ならコルテオのところかヒューマのところにでも世話になれ」
「……で、でも襲撃とかもしされたらより一層の迷惑を――」
「テメェがあの子ども庇って怪我したり死んだりしたらより一層迷惑だ、何度も言うがな、こういう時に他者を頼らなくてどうする!」
レイセルがダンっとテーブルを叩く。
からからとテーブルの上の茶器が音を立てる。
「……なんでも一人でやろうとするな、ただでさえ魔力無しのひ弱なやつなんだから」
怒気を孕んでいたレイセルの声音が少しだけ静かになった。まるで諭すようなその口調にリヒトは苦笑した。我に返ったのかレイセルがなんだよ、と口を尖らせる。
「君が父さんに見えて、ね」
「誰がお前の父さんだ。――あー、とにかく、俺が直接ヒューマのジジイに頭下げてやる。戻るぞ」
「レイセル」
「なんだよ」
椅子から立ち上がり、クロークから上着を取り出したレイセルは身支度を整えている。リヒトも椅子から立ち上がって、レイセルに目線を合わせた。
「私のことはもちろんだけど、シキのことも気にかけてくれてありがとう。領都にいる間は迷惑かけるだろうけど、よろしくね」
「……もう既に相当迷惑かけられてるんだよ、今更だ、今更」
ヒューマの邸宅まで戻ると、シキは既に稽古を終えていた。――というより、慣れない魔力の扱いでぐったりと座り込んでいた。
「リヒト、戻ったか。すまない、儂の監督不行きとどきじゃった。魔力不足じゃのうて、魔力制御で疲労させるとはのう」
「シキ自身も初めて魔法を使う訳ですし、こればかりは慣れていくしかないですよね」
道場の隅にある椅子に座らせてもらっているシキは眠たげな目でリヒトを見上げた。
「リヒトさん、僕……めいわくかけて、ごめんなさい……」
「まだ初日だろう? 時間が掛かるのは仕方ないよ、焦らずにやっていこう。眠いだけかい? 気持ち悪さとかは無い?」
「……うん、だいじょうぶ」
リヒトはまどろむシキの頭を撫でると、シキはそのまますやすやと眠りに落ちてしまった。椅子からずり落ちそうになるのを、リヒトが抱えあげることでどうにか防ぐ。
「この身体の大きさなので、時々彼がもう十歳ということを忘れそうになるんですよね」
あどけない寝顔で眠るシキをリヒトはよいしょ、と抱えあげて背中をぽんぽんと叩いた。
「年齢は積み重ねておっても、その身体ではまだしばらくは魔力操作だけでもすぐに疲れてしまうのであろうな。今後の鍛錬はもう少し短くして切り上げるようにするかのう」
「ヒューマ、その件だが少しいいか?」
「なんじゃ、レイセル」
シキとのやり取りを少し後ろの方で黙って見ていたレイセルが口を開く。
「前にこの竜人族の子どもを拐った連中が、どうやら入領してきたようなんだ。……しばらくの間はこいつとリヒトを匿ってやってくれないか」
「なんじゃと。このあと自警団の隊長と会う予定になっとったが、その件かのう。領主はもう知っとるのか?」
「関所の知り合いが知らせてきたから領主にも一報は入っている筈だ。証拠は無いが似たような誘拐事件は何件か上がってるから確証が掴めたら捕縛されるだろう」
ヒューマとレイセルは眼光を鋭くさせつつ、今後のことを思案している。リヒトはぎゅっとシキの背中を抱き寄せた。
「リヒトは宿屋を取っとるんじゃったな? よいよい、儂のとこに来い。今付き人はヤツヒサだけなんじゃ、母屋の部屋は沢山空いておるし、居たいだけここに泊まると良い」
「そんな、ご迷惑では――」
「そんなことは無い、むしろシキがまた悪い輩に捕まって奴隷にでもされようものなら腸が煮えくり返る思いじゃよ。儂の傍なら一先ず守れる。ヤツヒサも人族じゃが、腕っ節は儂が鍛えておるからな、強いぞ」
ヒューマは歯を覗かせてにこりと笑った。リヒトは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ならばせめて御礼に常備薬などを拵えさせてください、あとご厄介中は雑用でもさせて貰えると助かります」
「気にせんでもええが、そなたがそれで心が休まるなら色々頼もうかの」
気にするな、とぽんぽんとリヒトの肩を優しく叩いてくれたヒューマに、リヒトはまた、ありがとうございます、と深々と礼をした。シキを落とさないように、抱え直すと、何も状況を知らないシキはむにゃむにゃと何事か寝言を零していた。
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