第16話 接触

「コキタリス街道の西地区の村から上がった人相書きとも合致する。厳戒態勢をとると逃がす恐れがある、私服巡回を増やして対応してほしい」


 関所警備責任者であるカルムはユーハイト自警団団長と領主城騎士団団長にそれぞれ人相書きの記された用紙を渡す。

 主要メンバー数名の顔の中には、にんまりと柔和な笑みを浮かべる目の細い人物もいた。


「通行証は正規のもので、国の犯罪歴がついているわけでもないから入領を断る訳にもいかなくてな……、改めて入領の際に犯罪の有無が確認できる魔道具導入の必要性を領主には嘆願しておいた。検閲の責任者としてこの場でお詫びする」


 深々と頭を下げるカルムに向き合う男二人は、カルムの頭をあげるように伝え、改めて警備体制の連携を取るための会議を再開させた。


「組織は主に子どもを中心に攫い、他国貴族に奴隷として売り渡している。特に亜人種を中心としているようで、所持が禁止されている『魔封じの魔道具』も使用している模様。彼らの中に魔法を使用する種族は居ないようなので魔道具を流している何者かがバックについている恐れもある」

「魔道具師連盟は何か今回の件について情報は持っていないのか?」


 騎士団団長であるハイデアは豊かな口髭の壮年男性だ。隆々とした筋肉は団服を着ていても明らかである。ハイデアの問いにカルムは頷く。


「領内唯一の魔道具師はレイセルだが、魔封じの魔道具についてはそもそも呪具扱いで、十年前には術式が書き記された書物の流通を取り締まって、焚書にしているそうだ。だから今回の魔封じの魔道具は国外からの流通品の可能性もある。そもそもその実物を確保しないことには、術式や素材などもわからんそうだ」

「そういや、コキタリス街道とユーハイト以外にも同じ連中が絡んだ事件ってあるんスか?」


 水色の髪の毛をかき上げた髪型の快活そうな青年――自警団団長であるバッシュだ。カルムは思い出しながら告げる。


「同じ連中かは確認できていないが、王都でも何件か人攫いは起きているようだ」

「人身売買や魔封じは国で禁じられてしばらく経つっていうのにまだまだ物騒ッスねぇ」


 うちにもチビがいるんで、早く捕まえて国家警備隊に突き出してやらなきゃな。と鼻息荒くまくしたてる。

 そんな会話をしている室内に、戸口を叩いて新たな入室者が現れた。


「少しばかり遅れてしまった、すまないな」


 道着から長着に着替えたヒューマが現れた。さきほど眠りに落ちたシキをリヒトに預けて会合にやってきたのだ。

 会議場所として宛てがわれたのは西の検閲の詰所だ。会議などに使えるよう大きなテーブルと椅子が数脚おかれているだけの簡素な部屋だ。あまり広くは無いその部屋で男三人が顔を突き合わせて話している様子は少しむさ苦しい雰囲気がある。だが、そうも言っていられない状況である。


「連中の目的がただの積荷の補給で寄ったのならええんじゃが、念には念をじゃ。巡回経路と人員配置についてもう一度詰めさせておくれ」


 ヒューマは先程のシキとの稽古で見せていた朗らかな様子から一変しており、その空気だけでたいていの魔獣を追い払うような威圧感を醸し出していた。団長二人とカルムは頷き、会議は本格的に始まった。




 ヤツヒサに案内され、シキを抱えたリヒトは客間に通されていた。畳の間に布団を敷いてもらい、ぐっすりと眠るシキを横たえる。


「ヤツヒサさん、これからお世話になります」

「私もリヒト様とまたお会いできて嬉しいですよ、薬膳などをまたご教授くださいませ」


 いつも穏やかな顔で微笑んでいるヤツヒサは、以前会ったときよりも目元に少しだけ皺が増えたようだ。

 リヒトはヤツヒサに向き直り、窺うように告げた。


「あの、宿屋の手続きや荷物等を回収して来ようと思うのですが、シキをお任せしてしまっても大丈夫でしょうか……?」

「ああ、それでしたら私が行って参りますよ。買い出しもございますし、中央区の宿屋でしたよね?」

「いえいえそんな! ああ、でもシキの側を今離れるのはあまり良くないんですよね……、ああでもヤツヒサさんの負担が……、ううん、ううん」


 ヤツヒサがくすりと笑う気配にリヒトはハッと顔を上げる。

 悪戯げに笑うヤツヒサは中年の歳の頃だというのに、その顔は少しだけ幼く見えた。


「リヒト様が気になされるようなので、宿屋の用事のついでに買い物もお任せしてしまおうかと思います。その分シキ様も私がきちんと見ておりますので、ご安心ください」

「買い出しは任せて頂けると嬉しいです。シキのことを願い致します」


 安堵した顔を浮かべるリヒトにヤツヒサは買い出しのメモ書きと貨幣を手渡す。承りました、と言ったリヒトはシキを一目見て、ヒューマ邸を後にした。




 時刻は既に辺りを薄闇に包む時間となっていた。午前中に南区へ行ってシキと二人で定食を食べたのがかなり前のことのように感じる。

 ヒューマ邸から宿屋までは少しだけ距離があるため、途中で乗合馬車に乗った。中央区の河川沿いで降りると宿屋はすぐだ。何本か小道に入ると目的の建物が見えてくる。

 道中、自警団の何人かとすれ違う。宿屋近辺も見回りの領主騎士団が二人組で歩いている。リヒトに気づいて顔見知りの何人かは会釈を返してくれたが、領都内に緊張した雰囲気が漂っているのは明らかだった。

 宿屋についたリヒトは急遽予定が変わってしまった旨を伝え、少し多めのチップを支払い宿屋をあとにする。気のいい宿屋の女主人は、あのかわいい子連れてまたおいで、とにこやかに見送ってくれた。

 預けていた荷物を抱えて、次は買い出しだ。二人分の荷物とはいえ、長期滞在を予定としていたのでそこそこの荷物になる。手間ではあるが、ヒューマ邸に一度戻ろうか、と商店が連なる道をゆっくり歩いていたら後ろから声を掛けられた。


「おにーさん、荷物大量だけど、よかったら目的地まで乗せてってあげよっか?」


 荷馬車の御者席から声を掛けてきたのは、柔和な笑みを浮かべる青年だった。

 商人のような装いで、領内ではあまり見かけない刺繍の施されたマントを肩に掛けている。

 御者席の男以外に積荷の幌の中にあと二人ほど男がいるようだ。その二人も御者席の後ろからにこやかにこちらを窺っている。


「いいえ、大丈夫です。このくらいの荷物には慣れているので。ありがとうございます」

「あらら、そうなの? お兄さんも旅の人なのかな? 良い夜になるといいね」

「まあ、そんなようなものです。あなた方も良い夜を」


 リヒトは会釈をしてその場を離れた。しばらく笑顔のままでまっすぐに道を歩き、大通りに出る角のところで曲がると、つめていた息を吐いた。

 一見、ただの親しみやすい雰囲気の商人だった。

 普通にすれ違うだけであれば全く気づかなかっただろう。シキから人相を聞いていたからこそ、気づくことが出来た。


「(普通に接することができただろうか……)」


 盗賊と疑惑のある彼らと接触してしまった。

 彼らが何の目的でユーハイトに立ち寄ったのかはわからない。純粋にただの補給で立ち寄ったのなら、これ以上関わらないように過ごせば良い。

 そうではない、とそこそこ短くは無いこれまで生きてきた経験則が警鐘を鳴らしている。

 領内の警備が厳重になったことを彼らも察したことだろう。何事も起こさず、シキともまた遭遇せず、ユーハイトから去っていってくれないだろうか。

 甘いことを考えている自覚はあるが、そう思わずにはいられなかった。


 リヒトは荷物を抱え直し、一先ず買い出しも済ませてしまおうと、買い出しメモを改めて見返していたので、前方からずかずか歩いてくる影に気が付かなかった。


「おい」

「わっ!?」


 レイセルだった。

 ヒューマ邸でシキと対面させた後にどこかに行ってしまっていたので、すっかり彼の存在を忘れていた。

 相変わらず不機嫌そうにしたまま、リヒトの抱えている荷物を一つ奪っていった。


「ヤツヒサに聞いた、旅荷物抱えたまま買い出しに行ってどうするんだ。少しは頭を働かせろ」

「この時間になるともう乗合馬車は動いてないから一旦荷物を置きに行こうとは考えたさ」

「それだと店が閉まるだろうが」

「まあ、抱えたままでもなんとかなるよ」

「馬鹿野郎」

「なんで機嫌がそんなに悪いの?」


 そんなに叱咤される謂れは無いはずだが、レイセルの機嫌は悪いままだった。


「正直助かったよ。買い出しも付き合ってくれるかい?」

「ふん」


 どうやら肯定の返事らしいので、リヒトは苦笑を零しつつ、ぶっきらぼうな昔馴染みと連れ立って目的の店へと歩き出した。

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