第22話 リヒトとレイセル
王都から同胞、しかも年齢も近いヤツがやって来ると聞いた時は幼心にわくわくしたのを覚えている。
ただ、実際に会ってみての印象は「なんだコイツは」、だった。
存在感なんて微塵も無いし、いつもびくびくオドオドしてイラついてしまう。声だって何喋ってるか分からないくらい小さい。
しかもアイツ、同胞なのに魔法が使えないらしい。それがより一層アイツをびくびくオドオドするゲンインになってるみたいだって、ヒューマのジジイは言ってた。
王都生まれなのに全然都会っぽく無いし、流行ってるものだって何も知らなかった。
つまんねぇヤツ、と言ったらアイツは父親の後ろに隠れてぶるぶるしてやがる。
今にして思えば、そういう雰囲気にならざるを得なかっただろう事も察しがつくし、当時の自身の対応が少しばかりトゲがあるものだとは分かっていた。
ただ、また一からやり直したとしても同じように接するだろう。
幼いリヒトは、本当につまらないヤツだったのだ。
そのリヒトから手紙が届いときは、催促しなければ送ってこなかったのに珍しいことをするもんだと驚いた。
「子どもを拾った……?」
リヒトから送られてきたのは、子どもを樹海で保護したということ。しかも亜人ということだ。
今度は何の厄介事に首を突っ込んだんだと訝しんだ。
手紙にはコキタリス街道を管理しているユーハイトの方で、街道から領都内に人探しの依頼書や御触書が出ていないかどうかを調べて欲しいと書かれていた。久方ぶりに手紙を送ってきたと思ったら人使いの荒いことだと憤りが湧いてきた。
リヒトが保護した子どもの特徴を持つ人探しの依頼が出ていないか、検問や領主城や商業ギルド、はたまた自警団の人々に尋ねて回っていたその次の日。更に追加の手紙が届いた。
体調不良だった子どもが目覚めたので経緯を確認したが、どうやら人攫いに会っていたようで、逃げ込んだ先がシンハ樹海だったようだ。
人攫いの口上は「孤児院に送る」ということだったので、それが事実かどうか確認してほしい、と書かれていた。
ユーハイトの中に孤児院は三つほど点在している。どこかにその子どもが引き取られる予定があったかどうか、裏を取ってほしい、とのことだった。
また非常に面倒くさいことに巻き込まれてアイツは何をしているんだ、と何度目かになる舌打ちを鳴らし、領都内の孤児院も目的地に加えて聞き込みを続けた。
調べて分かったことを手紙に書いて、カエルラウェスへと託す。
ずっと樹海で一人暮らしを続けていたリヒトのもとに来訪があることは、もしかしたら初めてのことかもしれない。
何に巻き込まれているんだ、と憤りをぶつけようにも、物理的な距離があるため手紙の中でしか苛立ちをぶつけられない。
「勝手なヤツ」
ユーハイトで長年暮らしてきたリヒトが樹海で暮らしたいと相談してきたあの日から随分と時間が経った。
自分から選んで領都を後にしておきながら、こうしてまた頼ってくることも腹立たしい。それでも、アイツがようやく他者を頼ってくるようになったことは、ようやくリヒト自身が歩み始めた証拠ではないかと思う自分もいて、ただただ舌打ちすることでしか感情を表せなかった。
□ □ □
翌朝、朝餉の支度をしているところに自警団の人間がヒューマを訪ねてやって来た。なんでも、警戒対象としていた盗賊が深夜に領外へ出て行ったという報告だった。
「捕まった訳では無いのが非常に残念ですが、一旦脅威は去ったようで何よりですね。今後も大きな事件が起きないように自警団や騎士団の方に引き続き目を光らせて頂きましょう」
「盗賊の人たちは何の用があってユーハイトにやって来たんでしょうね……?」
ヤツヒサと膳を運びながらリヒトは首を傾げていた。今日はシキも準備を手伝ってくれたので、リヒトとヤツヒサの後ろをとことこと、箸を人数分持ちながら着いてきている。
ヤツヒサは全てのことを承知しているが、リヒトとシキには真実は告げず、一緒に思案した様子で「単純に補給だったのでしょうか」と疑問符を付けて返答した。
いつも食事をしている部屋に膳を運ぶと、ヒューマが何やら球体の道具を無言で見つめていた。
「ヒューマ様、お食事をお持ちしました。……あの、そちらは?」
「おお、昨夜遅くにレイセルが寄越したものじゃよ」
「レイセルが来てたんですか? 顔を見せてくれたら良かったのに」
「夜も深かったからの。どうやら魔道具のようじゃ、恐らくこれは手を翳した者の行動歴や犯罪歴が読み取れるようじゃ」
ヒューマが手を翳すと、球体の中に大陸語が浮かび上がり、球の中でくるくると流れていく。
「あとは質疑応答の際の嘘発見器のようじゃの、ヤツヒサ、何か儂に質問してみておくれ」
「では、今日の茶菓子としてお出ししようとしていた戸棚の団子を召し上がったのはヒューマ様ですか」
「……む、違うぞ」
球体の中が赤くぼんやりと色付いた。
ヤツヒサがにこりと笑う。
「ヒューマ様には今日のお茶菓子は無しということで」
「……むむむ」
質問に対してヒューマは真実とは異なる発言をしたようだった。どうやら嘘をつくと球体の中の色が変わるらしい。細かな魔法が組み込まれて居るようだが、仕組みが一切分からないそれに、リヒトはひたすら感心していた。
「レイセル、検問所で使うための魔道具を作っていたんですね……」
「各検問所から要望は上がっておったんじゃが、なかなか高価過ぎる品物な上、王都でもまだ数は少ないからのう。なかなか地方領地にまでは回って来ておらんかったのじゃ」
領都にやって来たらもう少し何かリヒトに言ってくると思ったレイセルだが、魔道具制作のために作業場に籠っていたらしい。
朝餉を食べながら、シキが少し思案したような顔で汁椀を持ったまま静止していたのに気付いたリヒトが声を掛けた。
「シキ、どうかした?」
「あの、僕、レイセルさんとちゃんとお話したことが無いなと思って。リヒトさんのお友達なんだよね?」
「ああ、ちゃんと説明したことは無かったね。私とレイセルは幼馴染のようなものだよ」
「リヒトさん、あのね――」
朝食の後、リヒトとシキは北の森までやって来ていた。
シキからレイセルと話してみたい、と朝食時にお願いされたリヒトは、何度もシキに、口は悪いけど良い奴だから、とか、見た目は怖いけど中身は優しいと思うから、等、少し言い訳のような諸々を予め伝えておいた。予防線を貼っておけばある程度レイセルが冷たいことを言ったとしてもフォローになるかと思ったからだ。
リヒト自身もレイセルの顔を見るついでに、北の森にて料理屋の女将に渡す軟膏の材料を採取するつもりでいた。手持ちの薬剤では依頼された量に少し足りなかったからだ。
「主材料のマカの実が寒期でも手に入るもので良かった」
「あ、軟膏づくり、僕も見てみたい!」
「帰宅したらお手伝いしてもらおうかな」
「うん!」
他愛ない話をしながら木立の道を進むと、何件かの管理小屋を通り過ぎた先にレイセルの家に辿り着いた。先触れとしてカエルラウェスに文を持たせたが、機嫌は大丈夫だろうか、と少し不安になる。
シキは行かないの?と立ち止まったリヒトを不思議に見上げた。
「よし、行こうか」
「うん」
少し深呼吸の後、呼び鈴を鳴らしたが――レイセルは応じなかった。
「あれ?」
「どうしたの?」
少しだけ嫌な想像をしたリヒトはシキの手を掴んで、家主の応答を貰う前につかつかとエントランスを進んでドアを直接叩いた。
「レイセル、生きてる!? 事後承諾になるけど、入るよ!!」
いつになく声の大きいリヒトにシキは驚くばかりで、勝手知ったるとばかりにレイセルの家の中に容赦なく入っていくリヒトに慌てて声を掛けた。
「リヒトさん、レイセルさんに何かあったの……!?」
「たぶんだけど――」
エントランスの先の廊下を進み、部屋を何室か素通りして作業場として割り振っている部屋へとたどり着く。
うずたかく積まれた書類や古書、数式の書かれた破かれた紙、紙、紙――。恐らく失敗した産物かと思われる破壊された金属の機械仕掛けのような魔道具や割れた魔石の数々。
レイセルの作業場は荒れ果て、足の踏み場も無い様相だった。
「相変わらず集中すると私よりタチが悪い……」
リヒトはため息をつきつつ、足元に散らばる紙類を踏まないように部屋の奥へと進んで行った。恐らく作業台と思われる山の向こう、部屋の突き当たりの窓の前で、家主であるレイセルは寝息を立てていた。
窓が開けられ、カエルラウェスに託した手紙を読んだ後に力尽きたようで、レイセルの手からリヒトの手紙がこぼれ落ちていた。
仕事をこなしてくれた青い小鳥はレイセルの髪の毛を啄んで遊んでいるが、レイセルは全く起きる気配を見せなかった。
「やれやれ……」
どうやらここ数日、徹夜で作業をしていたようだ。ヒューマに託した検問で使う魔道具のために、ずっと。そして、時折リヒトを気にかけては出掛けてきて、声を掛けてくれた。
「……こんなに隈をつくって、やつれて……バカはどっちなんだよ」
「リヒトさん、レイセルさんは大丈夫……!?」
「うん、どうやら寝不足みたい」
シキは部屋の入口で心配げにこちらを窺っていた。乱雑に散らかった室内にびっくりしている。
「この様子だと、ご飯もまともに食べて無さそうだ……家主には後でちゃんと謝ることにして、料理でも作って待ってようか」
リヒトは苦笑しつつ、眠り続けるレイセルに自分が着ていた上着を掛けてあげた。
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