第45話 手紙
リヒトはマギユラにこれまでの経緯を話し始めた。
「フラルゴ」の面々と別れて樹海へ帰ってきたら聖獣が待ち構えていたこと。その聖獣から子どもを保護するようにお願いされたこと。そしてその代わりに聖獣ヴィトニルが、魔石の乱獲で樹海を荒らす侵入者をリヒト宅周辺には絶対に近寄らせないように警戒を申し出てくれたこと。
「それでこの子がその、ヴィトニルの……レグルス?」
「きゃうん」
シキが腰かけている椅子の隣におとなしく座っているレグルスがハッハッハッと息をしながら、ご機嫌そうに返事をする。
お座りをしながらも、尻尾をぷりぷりと振っているから、レグルスはマギユラに遊んでもらいたいようだった。
「レグルス、今はだめ。あとで遊ぼうね」
「わふ」
シキがレグルスの背を撫でてたしなめた。主従関係がばっちりできている。ここ数日の習慣となったシキの走り込みも、レグルスとの遊びでもあったようだ。
「賢い子なのね。人語を解する……って聞いたことあったけど、この子はまだ喋れないの?」
「魔力が成熟していないから、らしいけど、おおよそ私たちの話している内容は理解しているみたいだよ。もう少し成長したら話せるようになるんじゃないかな」
「きゃうん!」
リヒトはほらね?と返事をしたレグルスを見つつ、マギユラににこりと笑いかけた。
マギユラは驚きの連続だったようで、先ほどから、はー、とか、へー、というリアクションばかりになっていた。
「あと、ゆくゆくはこの子と親のヴィトニルは王都に保護してもらおうと思っていて、ユーハイトの領主様とヒューマ殿に手紙を送っているところだよ」
「あ、忘れていたことがあったわ。街道のギルド支部でリヒトさん宛の手紙を託されていたの。領都からだから、たぶんお師匠様からの返信じゃないかしら。分厚い手紙だから、カエルラウェスには託せなかったみたい」
マギユラは手荷物から封蝋のついた封筒をリヒトに手渡した。
封蝋の紋章はユーハイトの領主、ローエンのもので間違いないようだった。
リヒトは封筒から手紙を取り出したが、その内容は首をひねるものだった。
「……なんだか、美味しそうなレシピが書かれているんだけど、これ、宛先とか間違っていないよね?」
手紙の書き出しは、「アーテルスースの香草焼き、サンタレア風」と書かれていた。サンタレアは「フラルゴ」のサンドラの故郷だったと記憶している。
アーテルスースの捌き方、肉の熟成の仕方、香草の種類、肉への味付けの仕方などなど、肉料理のレシピとしか思えないものがつらつらと細かく書き込まれていた。
「送り間違いでは無いと思うけど……シンハ樹海の薬屋リヒト様宛って言われて、支部の所長さんに渡されたよ?」
「う、うーん」
丁度、街道の村のエトルークに立ち寄った際にスースを討伐している。その肉の一部を買い取ってはいたので、確かにこの肉料理は再現できる。料理を作らせることが目的なのか、果たしてそうだったとして、その意図とは何だろうか。
むむむ、と唸りながら眉間に皺を寄せるリヒトをじっと見つめたシキは、リヒトの側に寄ると、その手紙を脇から見つめた。
「なんか、お師匠様の魔力の気配がする」
「シキ、わかるのかい?」
「リヒトさん、手紙、少し借りてもいい?」
「どうぞ」
リヒトはシキに手紙を渡した。
かさり、と何枚か用紙を捲ったのち、シキは少し息を吸い込むと、
『解呪せよ』
また、聞き取れない何かを呟いた。
突然のシキの様子に目を奪われていたが、それよりも驚くべきことは、手紙に書かれていたであろう文字たちが空中に浮かび上がっていたことだ。
「し、シキくん、何をしたの!?」
マギユラも驚いて腰を抜かしていた。リヒトもあんぐりと口を開けることしかできない。
用紙から空中に踊るように浮かんだ文字たちは、水中を泳ぐかのように漂っていたかと思うと、次のシキの一言で整列し、手紙に戻っていった。
『具現せよ』
するすると命令されたかのように、空中に浮かんだ文字たちが紙の上に並んでいく。
あっという間に動き回っていた文字たちは、ただの手紙のように元に戻っていった。だが、どうやら先ほどとは内容が違うようだった。
「リヒトさん、はい。たぶんお師匠様が他の人に読まれないように別の内容に変化させていたみたい」
「変化……?」
リヒトはシキから返された手紙を読む。
今度はきちんと宛名から書かれていた。
「『樹海の薬屋、リヒト様
――ヒューマさんに依頼して手紙の内容を暗号化させています。解除はシキくんが出来ると伺っていますが、どうでしょうか?
暗号化に至った理由は聖獣の件をお話しするためです。ご承知おきをお願いいたします。
そもそも聖獣誕生の情報は王都でも上層貴族と大神殿の幹部以上しか知らない情報でした。聖獣は希少であり、魔獣界や世界の情報を人族に伝達してくれる大変有難い存在です。「隣人」として丁重に接せなければならない存在の尊厳を、踏みにじるようなことがあってはならないのです。
少なからず王族の皆様、大神殿の皆様、王都の貴族、地方を治める領主貴族一同、同じ考え方なのです。
ですが、その聖獣の希少性を狙って捕獲する存在が居ることも存じております。取り締まりを強化していますが、後を絶たないのが実情です。
聖獣誕生の情報が漏れたのも、諜報員が紛れ込んでいる可能性を示唆されました。
現在、内部組織による調査が行われています。
そして合わせて、リヒトさんからご連絡を頂いたヴィトニルに関しても、王都と大神殿の指示を仰ぐべく、今回の手紙と同じような手法を用いて報告しております。
少し時間を頂くかと思いますが、返答が来るまでお待ちくださいますようお願い致します。
そして樹海へは日々、乱獲を企てる侵入者が後を絶たないことも、街道の警備隊から報告が上がっています。
シンハ樹海も私の治める領地ではありますが、手が及ばないところが多々あり、大変申し訳ございません。
樹海外周につきましては、警備を増員させ、しばらく常駐させることに致します。周辺が騒がしくなるかと思いますが、ご了承のほど、お願いいたします。
そして現在、樹海内部を警戒してくれている聖獣ヴィトニルにも、この旨を共有いただけると大変助かります。
直接お目通りの上お話ができずに、手紙でのご連絡となり申し訳ございません。
またお目にかかれる日を楽しみにしています。
――ローエン・ハイデリヒ・ユーハイト』」
手紙を読み終えたリヒトが顔を上げた。
領主であるローエンからリヒトに宛てた手紙で間違いが無かったようだ。
「諜報員って、どういうことだろう。たしかに聖獣の件は情報漏洩がどうとかって、領都からの道中で耳にしたような」
「ギルド職員も検閲で中身を確認することがあるから、聖獣を守るため? ……それにしても、シキくん、いつの間にあんなすごい魔法習得したの!? 領都でも亜人種の方は何人か知っているけれど、私あんな魔法初めて見たわ!」
おそらくそれは古語魔法だからです……、とはマギユラには伝えられなかった。
古語による詠唱の魔法は、始祖に近い魔法ということで、現代の明確な属性分類に当てはめることができないようだ。
「フラルゴ」のアガルタは明確な火属性や時折、微量の風属性を操っていたが、先ほどのシキの魔法にはそれが当てはまらない。どのように理解して魔法を操っているのか、シキの頭の中を覗いてみたいとリヒトは思った。
シキもシキで、古語の詠唱であることはマギユラには伝えない判断をしたようだ。
ベテラン冒険者であるバルロの言葉がきちんとシキの中で生きていた。
マギユラは信頼できる友人だ。だからといって明け透けにすべてを話す必要はない。伝えないでいることも、彼女を守ることに繋がる。
思考回路は違うかもしれないが、シキがリヒトと同じ判断を下したことに安堵した。
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