第46話 魚料理

 ユーハイトの領主、ローエンからの手紙を読み終えた後、まだ重なっている手紙を捲ると、同じ封筒にヒューマからの手紙も同封されていたようだった。


 ヒューマからの手紙はこのような内容だった。


『リヒトへ。


 ローエンからの手紙は先に読んでくれたじゃろうか? すまんが対応にちっとばかり時間がかかるでの、樹海で聖獣とのやりとりはお主に頼んだ。


 どうやら乱獲の現場の一つは腐敗した魔獣たちの魔素で溢れて、常人が近づくのは危険な地帯となっておるようじゃ。街道警備隊が到着次第、その地帯を焼いて一旦更地とすることになったようじゃ。

 警備隊が到着したらすぐにその作業にとりかかるようでの、くれぐれも魔素溜りの地帯には近付かぬように。とくにシキは魔素が濃いところは体調を崩してしまうやもしれん。薬草だのなんだの採取とかで興味本位で近づくことの無いよう、頼んだからの。


 ――ヒューマ・サガミ』


 文末のヒューマのサインまで目を通したところで、リヒトは顔を上げた。

 マギユラは不安そうな顔をしており、シキは怪訝そうな顔をしている。


「リヒトさん、魔素溜りってそんなに危険なの?」

「空気中に魔力の元となる原液のようなものが漂ってる認識というか。そこで魔法を使えば強大な威力にも変化すると聞いたことがあるし、魔獣はより凶暴化するとか。ただ、元々魔力を持っている種族からすると、体内の魔力とは性質が異なるものだからその場に居れば居るほど体調が悪くなるみたいで。魔力保有の種族にとっては、有毒ガスみたいなもの、って感じかな」


 有毒ガスという言葉にシキはウッと顔色を悪くした。

 魔素の濃度が高いと霧状に見えるらしく、魔獣の死体の山と毒々しさのある霧が漂う空間を想像して、リヒト自身もぶるりと震えた。


「人族には影響は少ないけど、濃度次第では体調を崩す人もいるかな。マギユラは配達で領都外にも出てるならどこかで見かけたことあるんじゃない?」

「そうね、そもそもキエルが怯えて遠ざかるから……それが魔素溜りだったのかしら」


 人族であるリヒトとマギユラは魔素という言葉を知っていてもいまいち危険度が把握できていなかった。しかし、ヒューマがこれだけ注意を促すということは、亜人種であるシキは絶対に近づけない方がいいということだろう。


「……これだけ明確に書かれているから行かないけどね、でもね、たしかに魔素が濃いところでしか育たない植物はあるんだよね……」

「リヒトさん、ダメって書かれてるよ」

「……うん、わかってるよ……」


 複数種類ほど魔素が影響して成分に影響が出る植物があるが、過去に研究していた植物ではあるので、今回はぐっと我慢することにした。必要であれば商業ギルドに依頼しても採取できるものではあるので、シキを保護している現状ではあえて危険に身を晒すことはしない。断じて。


「約束したからね、大丈夫だよ」

「お願いだからね、リヒトさん」


 信用ならない大人になってしまったようで、シキはもう一度リヒトの目をまっすぐ見つめて懇願した。これは絶対に破れない。


「とりあえずヴィトニル殿に魔素溜りになっている地帯があることと、そこを浄化させに街道の警備隊が来ることを共有しておかないとね」

「私も納品していた薬の回収に回らないといけないから、今日はこれでお暇するね。またゆっくり話しに来るわ」


 そもそも領都の商業ギルド内で起こった問題だったので、帰宅したら帰宅したでマギユラの仕事は多そうだった。街道に数日滞在という事態にもなっていたので、リヒトは作った焼き菓子を包んでマギユラに持たせた。


「これ、道中で休める時間があったら食べて。顔に疲れがでているからね」

「ありがとうリヒトさん、美味しく頂くわ。シキくんもまたね、レグルスも」


 マギユラは最後にレグルスの頭をもふりと撫でると、キエルを伴ってリヒト宅を後にした。


 このままヴィトニルに報告をするために森に向かってもいいが、もうすぐ時刻は昼に差し掛かろうとしていた。昼食を済ませてから向かってもいいだろう。


 リヒトはシキに新芽の葉物をいくつか食べられるだけ採ってきてほしいと伝えた。マギユラが配達してくれた肉類は夜に食べるとして、昼のメインは一つ食べてみたいものがあった。

 朝に焼いたバゲットは切り分けてフライパンで軽く焦げ目をつけた。そのあとスープ用のベーコンはカリカリになるまで炒める。ベーコンをそのままスープ鍋に入れて、根菜類と合わせると塩と胡椒で味を調えた。ベリルの葉を香りづけに入れてしばらく煮込む。

 一通りメイン以外が整えられてきたころに、外の井戸水できれいに洗ってきてくれたのだろう、新芽の葉物野菜をシキとレグルスが一緒に持ってきてくれた。


「あ、リヒトさんこれって……」


 調理台の上に置かれた瓶を目にしたシキが本日のメイン食材に気付いたようだった。


「魚のオイル漬け。前に領都の漁港で貰ったのが美味しかったからさ、追加でいくつか買ってたのが鞄から出てきたから食べたくなって。シキもそろそろ魚が食べたくなってきたかなって」

「うん! 港でおじさんに貰ったのも美味しかったから、たのしみ」


 シンハ樹海も沢はいくつか流れているので、ロワナ山脈の方にもっと近づけば淡水魚の泳ぐ川はあるはずだ。ただ森の最奥となってくるので、その分魔獣との遭遇リスクもあがってくる。リヒト宅近辺にはモノケロースも居るが、彼らにも都合があるので、おいそれと同行を気軽に頼めない。たとえばユレの実の採取に同行だとか、彼らにも利益が無いといけない。


 しかし今はヴィトニルがいる。場合によっては最奥の探索もできるかもしれないな?と考えたが、シキにもきちんと相談しなければならないとリヒトは思考を止めて一先ず昼食の準備に戻った。


 シキが採取してきてくれた葉物野菜たちを適当に切り分けて、サラダにする。ついでにいくつかベリーもあったので、塩を振ってサラダと和える。

 オイル漬けの瓶は少しだけ湯をかけて蓋を緩めたら、中にはみっちりと小魚とオイルがつまっていた。少しだけスモークの香りがすることから、これは燻されたあとにオイル漬けしたものと分かった。


「なんか、ちょっと、大人の香り……」

「うん。前の時は少しだけ柑橘の香りもして面白かったけど、これはこれで美味しそうだね。よし、テーブルに皿を並べてくれるかい?」


 本日の昼食は、ベーコンと根菜のスープ、バゲット、魚のオイル漬けとベリー入りサラダとなった。

 レグルスには追加納品で届いた肉を蒸しておいた。少しだけオイル漬けの魚も添えてみるが、ふんふんと匂いを嗅いで興味深そうだ。


「あ、そんなに癖がなくて食べやすい」


 ナイフで少し切って単体で口に運んでみるが、生臭さもなく、スモークの香ばしさが程よく口の中に残る。塩気が薄目なので、好みで香辛料を追加してもよさそうだった。麺と和えてもよさそうだし、酸味や甘みのある野菜とグリルにしても存在感のある食材になりそうだった。

 バゲットに乗せて食べても美味い。シキも真似して大きな口を開けて頬張っていた。シキは割と健啖家なので、だいたいなんでも美味しいと言ってくれる。ただ味の濃すぎるものに関しては苦手なようで、少し薄めたり、控えめな量を食べるようにしていた。それ以外はなんでも食べてくれる。


「おいしいね、リヒトさん。またユーハイトに行きたくなっちゃった」

「魚を食べるためだけ?」

「ううん、お師匠様にも会いたいし、ヤツヒサさんにも、それこそレイセルさんにも会いたいよ」

「うん、またいい時期になったら会いにいこうね。でも魚の食べたいんでしょう?」


 うぐ、と膨らんだほっぺが固くなったシキを見てくすりと笑いがこぼれた。


 海水魚はどうしても海域から離れた地域は保存食のみの流通になってしまう。オイル漬けも日持ちするものではあるが、鮮魚の良さはまた格別だった。蒸し料理、焼き料理、寄生虫の処理ができれば生食も美味い。とはいえ、魚の捌き方に関しては自身も素人も同然なので、加熱調理一択ではあるが。


「森の中の安全がわかる範囲であれば、川まで行って釣りをすることもできそうかな。うーん、とりあえず樹海の魔石乱獲が落ち着いてからにはなるだろうけど」

「行ってみたい! 近くの沢は水があんまり流れてないもんね」


 現状の事態の収拾に目途がつくのかは果たして不明であるが、状況が快方に向かうことを祈るばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

樹海暮らしの薬屋リヒト 高崎閏 @juichi612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ