第6話 空飛ぶ行商人マギユラ2

 どどんと積み上がっていく荷物と、その分身が軽くなって嬉しいのかキエルは機嫌が良さげに毛繕いをしている。


「キエルは少し待っていてね」


 マギユラはキエルに干し肉を食べさせ、器に水を入れるとリヒトの邸宅の中へと入っていった。シキはキエルが水を飲むのを見届けて、マギユラに続く。

 一足先にリビングでお茶の用意をしていたリヒトは二人をテーブルに導くと、温かいお茶とケーキを切り分けた。


「リヒトさん、いつの間にケーキ作ってたの!?」

「今日の朝にシキが起きてくる前にね。簡単だから今度作り方を教えようね。マギユラはアマルダの果実は食べられる? 熟した実がまだ残ってたからケーキにしてみたんだ」

「アマルダの実!? 高級果実じゃないのリヒトさん!! どこで手に入れたの!?」


 前のめりのマギユラを制してとりあえず落ち着いて、と椅子を勧めたリヒトは先にこくりと一口お茶を飲んだ。商魂を少し収めたマギユラは鞄から目録書を取り出してリヒトに差し出す。


「コホン。とりあえず今回の荷物の一覧だよ。足りないものは無いかな?」

「……うん、大丈夫。不足なしです。あと、お茶の後で大丈夫だから買取品の確認とあと『ファティナの涙』も採れたからそれを確認してほしいな」

「手紙でも見たけど本当に採取してくれるなんて……!! リヒトさんありがとう〜!! あとは相場以上でギルドに売りつけて……」


 ごにょごにょと後半は聞き取れなくなったが、マギユラの顔は悪巧みをする前の顔にしか見えず、リヒトは苦笑しつつ隣に座ってケーキを美味しそうに頬張るシキを見た。


「シキも採取を手伝ってくれたおかげでスムーズに採取できたよ」

「ファティナの花、ぽわ〜っと光っててとてもきれいだった」

「へぇ! やっぱり発光してるんだね……採取後は発光しなくなっちゃうから勿体ないなあ――と、いけないいけない、忘れちゃうところだった! リヒトさん、シキくんの服持ってきたよ!」


 マギユラは鞄から大きな布袋を取り出してきた。

 ずらりと並べられるのはサイズが少しずつ違う冬服が上と下それぞれ並ぶ。


「だいたいの身長は聞いてたけど、今後背が伸びることもあるからサイズ大きめのも少し持ってた方がいいと思うの。こっちは布屋のおばさんに仕立ててもらったばかりだけど、こっち……」


 そう言ってマギユラは更に鞄からまた大きな別の布袋を取り出してきた。

 こちらは先程の服よりももっとサイズ感がまちまちで、服の雰囲気も様々だった。


「こっちはおばさんのところの息子さんが小さいときに着てたやつ! お古になっちゃうけどタダだって。よければ貰って欲しいってさ」

「シキ、お待たせ。ようやくちゃんとした服を着させてあげられそうだよ」


 今朝のシキはというと、またまたリヒトの厚手のシャツの腕を何度も捲りあげ、ボトムはギュッとベルトで絞り上げたものを履いている。

 シキは喜んでいるだろうか、とリヒトはシキの顔を覗き込むと、少し暗い顔をしていた。


「シキ、どうしたんだい?」

「あの、リヒトさん、僕お金持ってない……」


 はくはくと青ざめるシキの様子にリヒトが声をかけようとしたが、正面の席に座るマギユラが声を掛けた。


「シキくん、キミはまだ十歳にも満たない子どもでしょ? 軽く耳に挟んだ程度で申し訳ないけど、ご両親もいなくて、祖父母様にも先立たれていて、尚且つ今はリヒトさんに保護されている身分」

「……はい、」


 ずけずけと正論を並べるマギユラにリヒトは静止の声を掛けようか迷ったが、マギユラは続けた。


「働こうにも生憎シンハ樹海近辺には集落はおろか、人里すら無い。こうして私が大烏を操って荷物を運んでこない限りは物流も滞る場所よ。まだ小さな貴方に、身一つの貴方に何ができるの?」

「……、」


 いつもは弾んで陽気な声のマギユラには珍しい、とつとつと語るような静かな口調だった。その二面性がより一層、物事の深刻さを露呈しているようでリヒトの内心はハラハラと焦るばかりだ。

 何かを伝えようとしているのだろうが、冷静な顔でシキをまっすぐに見つめるマギユラと、マギユラが話を進める度に青く、小さくなっていくシキの二人を見つめながら、リヒトはギュッと手を握り締めた。


「……たしかに、僕は何もできません。リヒトさんへの大恩をどうやって返すかも、決められてません。リヒトさんの薬草採取を手伝ったり、家事を手伝うくらいしか、できません」

「それでいいのよ」

「……え?」


 絞り出すかのようなシキの言葉にマギユラは強ばらせていた空気を霧散させた。

 シキににこりと笑いかける。


「リヒトさんのところへ転がり込んだ子どもが無作法者じゃなくて良かったわ。もし恩も何も感じていないような子どもなら叩き出してやろうと思ってたところよ」

「マギユラ……、君はまたそんなことを」


 はぁ〜と緊張で詰まらせていた息を吐き切ると、リヒトはこめかみを押えた。

 試していたようだ。どうやらこのお嬢さんは、年端も行かない子どものシキのことを。


「リヒトさんはね、本っ当にお人好しなの。最低限生活出来ればまあそれでいっか、みたいな大味な人なのよ。あたしじゃなかったら、きちんとリヒトさんに利益が出るように商売しないわ、たぶん詐欺師にでも笑顔で貴重な霊薬だって差し出す人よ」

「あの、マギユラ……?」


 予想外の方向に飛んだ話にリヒトは思わず声を掛けたが無視された。驚きで声も出ない様子のシキに、ずいっと彼女は迫った。


「シキくん、貴方はリヒトさんを支えるべきよ。そして、ふわふわゆるゆるの木綿みたいなこの人を害悪な存在から守って欲しい。生活必要品とか薬草の納品や換金については私が責任もって売買できるけど、そんなに頻繁にはここに来れないから、誰か一緒に暮らせる人がいないかずーっと探してたの! もういっそのこと、行商なんか畳んで、リヒトさん宅に転がり込んで嫁を名乗ってやろうかと何度思ったことか〜!」

「マギユラ!?」

「まぁ、嫁は言い過ぎたけど、とにかくきっかけはシキくんが拾われたことだったかもしれないけど、もし行く宛てがなくて、リヒトさんのこと嫌いじゃないのならここに居て。そしてこの優男のことを支えた分、色々甘えてしまいなさい」


 マギユラは成人したばかりで、シキとは十も年齢が変わらなかったはずだが、幼い頃から両親の行商の仕事を手伝ってきたことでかなり色々な社会を見てきている。貧困街にも配達に行くことがあるし、様々な孤児たちも見てきたからこそ、シキに掛けられる言葉があるのだろう。

 それでも些かリヒト本人に対して失礼な発言が飛び交ったが、ほんの少しは自覚があるため反論できずに静観するに徹した。

 言葉を投げかけられたシキはマギユラとリヒトを見比べて、本当にここに居ていいの?と小さく呟く。

 リヒトはにこりと笑って告げた。


「シキと居ると、とても物事が新鮮に感じるんだ。君が良ければ、ここに居るといいよ。私は大歓迎だよ」

「リヒトさん……、僕、ここに居たい。リヒトさんと一緒に居て、薬草のこととか、森のこととか学びたい」


 こくりと頷くリヒトにじんわりと涙を浮かべたシキを見て、満足気に腕を組んだマギユラはシキに向かってまた話しかけた。


「いいこと? リヒトさんてば、珍しい薬のこととなると平気で何日もご飯を食べずに研究に没頭しちゃうからシキくんが気にかけてあげて」

「シキが来てからは毎食ちゃんと食べてるよ」

「シキくんが居なくとも毎食ちゃんと食べてよね!?」


 いい大人なリヒトが年下の女の子に叱られている図が面白くてシキは思わず笑ってしまった。

 マギユラも苦笑を零して、シキ用の服が入った袋をどすんどすん、と鞄から出していく。


「シキくん、今回のこの服たちは先行投資よ。君がリヒトさんのお手伝いをして、その結果として資金が得られるようになった時に返してもらうわ」

「マギユラさん……」

「あと、リヒトさんのところの小鳥さんを遣わしてもらえればいつでも飛んでくるわ、三、四日は掛かっちゃうけど、いつでも頼りにしてね」

「ありがとう」




 さっそく着替えてきたら?とマギユラに提案されたシキは、いそいそとシキが寝起きしている居室へと移動すると仕立てられたばかりの冬服を着た。厚手の布で仕立てられた服は柔らかくて肌あたりもよく、シキの今の身長にぴったりと合っていた。


「あら、サイズもひとまずは大丈夫そうね。直しが必要になったらまた教えてね」

「長らく不自由な思いをさせてごめん ね、シキ」

「ううん、リヒトさん、ありがとう。僕、たくさんお手伝いするからね」


 ぎゅっと拳を握り締めて決意をあらわにする幼子に、リヒトは微笑んで、それではお願いします、と畏まって礼をした。




「マギユラ、一つお詫びというか、弁償しないといけないものがあって……」


 お茶菓子を食べ終え、一通り落ち着いたところでリヒトはマギユラに切り出した。

 取り出してきたのは、ファティナを採取した瓶たちだ。十本の瓶の内、九本の瓶に白い花弁を開かせ、中央の子房をぷっくりと膨らませたファティナが、時が止められた状態で鎮座している。採取した時点で放光は失われてしまったが、花弁の瑞々しさはそのまま残っている。


「十個中九個も開花したの!? さすがはシンハ樹海……魔力が満ちてるのね」

「違うんだマギユラ、貰った種は全て開花したんだよ」

「え……?」

「残りの一つはこれ」


 そう言ってリヒトは布に包んだ散ってしまい、少し枯れている花弁と子房の目立つ萼から先の部分をマギユラに差し出した。

 このまま乾燥させれば種だけは採取出来るだろうと、魔獣に子房の中の回復液だけ使用したあと、その残りの花を持って帰ってきていたのだ。


 ファティナは育成が難しい奇跡の花だ。植える時期、場所、気候、そして土地に満ちる魔力、全ての条件が合わないと発芽しない。そして満月の一夜に限り、その花を開かせる。花の真ん中の発光する子房の中で薄膜の氷が出来、魔力を熟成させていく。夜が開けると花は散り、萼から先もそのまま落下してしまう。

 岩場の湧き水に宿る魔力や、月明かりの魔力が少なくても発芽しない。初めての育成でこんなにも上手く行ってしまうと、今後も種を譲り受けた時に上手くいくかどうか不安になる。

 リヒトは自分の中の不安は一先ず置いておいて、採取してきた花たちを差し出しつつ経緯を説明した。


「罠? そんな森の深くまで人が入り込めるかしら……」


 設置型の罠の話に疑問を感じたらしいマギユラは思案顔だ。


「まだ新しい罠だったんだよ。まぁそこは一旦置いておいて、怪我した魔獣に一つだけファティナの涙を使ってしまったんだ。この分の費用は私が払うから、そのように計算して処理してほしいんだ」

「わかったわ。でも花が散ったあとでもこれだけ状態のいいものだし、種の抽出ができればいいのだけど」


 いつも商業ギルドにそのまま素材を預けているマギユラは、希少性の高い薬草の種の抽出の難度をよく把握できていない。ごく稀に卸されるファティナの種を見るに、花弁が散った後の胚珠があっても種が生成されていることはどうやら少ないらしい。


「茎や根を残して採取はするけれど、そのまま寒風に晒されているし、恐らくすぐにでも凍てついて枯れてしまうだろうね」

「でもま、なんにせよ、種より開花した花の方が圧倒的に高価なのは間違いのないことよ! 一つの損失くらいはどうってことないわ」

「そう言って貰えて良かったけど、一つ分の代金は払うからね」

「リヒトさんってそういうところ頑固よね、わかったわ」


 マギユラは鞄から革製の財布を取り出すと、そこそこの厚みの貨幣と金貨を積み上げ、種の卸値、運送料、育成費などの詳細が記された目録と共にリヒトへお金を差し出した。

 差し出された貨幣たちを見て、ファティナが如何に高額な薬かという事実を突きつけられるが、あの夜、遭遇した魔物の傷に数滴垂らしただけで、何事も無かったように回復したのだ。原液だけであの効果なら、魔術師が魔力を込めて、他の薬草と調合した上で精製されたものの効果は如何程だろうか。

 リヒトは丁寧にそれらの貨幣を数え、リビングに置いてある小さな金庫へとそれらを仕舞った。

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